human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

Can one speak about unspeakable? (4)

フェンネルは向かいの椅子に向かって話しかける。 「すべての言葉は沈黙に通ずる」 テーブルには彼以外だれも座っていない。 「言葉というか、会話だけども。二人で延々と続けていれば、いずれお互いに言うことがなくなる」 もちろん空間は返事をしない。 「…

小川洋子とイチローと「善意解釈の原理」

自由市場におけるある種のウソは、人々に犯人をまるで透明人間のように扱わせる。問題はウソそのものにあるわけではない。システムに最低限の信頼が必要なのだ。古代の環境では、ウソの中傷を広めた者は生き残れなかった。 善意解釈の原理は、相手の発言をあ…

<AR-F05> たとえばそれは杉田水脈氏を「生む機械」

人が他人のために生きるのは、彼への関心がそこに伴うから。 どんな無意味な作業にも意味が見いだせるのも、そのためだ。 けれど、社会共生システムの高度化が「無関心」に仕事を割り当てると話は変わる。 無関心の強制が、人に意味の境界を既成とみなし、無…

20日目:青龍寺の先達と「なずな」のおかみさん 2017.3.20

20日目> (36)青龍寺 → 宿(なずな) 16.6km (1)マメができた (36)に着いた時に左足の親指内側の鼻緒とこすれるところにマメができていることに気付く。 パッと見で澪えないので出現過程を見落としたか。 鼻緒がきつく指を使えていなかったのでこすれてできた…

19日目:長閑で平凡な日 2017.3.19

(33)雪蹊寺〜(35)清瀧寺(BI[ビジネスイン]とさ) 22.1km (1)ゲタの具合 歯が両足とも右側が大きくすり減る。 左足で顕著。 右足は意識すれば平らになる傾向。 前の[=一足目の]一本歯だと真逆(両足とも左側)だったハズだが… 体が傾いてる? ずっと意識し続…

18日目:二種類の素朴、必然性の伝播、遍路トイレ事情 2017.3.18

(30)善楽寺 〜 (32)禅師峰寺 → 宿(えび庄) 22.5km(+サンダル2km) (1)初のサンダル[=スポーツサンダル]スタート身体がぎこちない、フワフワした感じだった。 [サンダルから]ゲタにはきかえるとシャキっとしたような。 出発前の夕方のゲタ歩きのような「ゲ…

書評サイトのこと

自分が過去に書いたブログ記事を何かのきっかけでふと読み返した時に、 本について書いてある記事を書評サイトに投稿することが時々あります。さっき、そのようにして投稿したのが97冊目でした。www.honzuki.jpデータを見返せば、9年半ほどこの書評サイト「…

『鞄図書館』と「鎖書空間」

これまで幾冊もの本を取り上げてきた。小説はもちろん、伝記、旅行記、闘病記、日記、童話、詩集、歴史書……等々、ジャンルは多岐に亘る。本の選択は私に任されており、どんなにアンバランスな組合せになっても(例えば『武蔵野夫人』と『不思議の国のアリス…

<AR-F04> Innocence Mirror

言葉は常に両義的で、言い放つ瞬間に反転することがある。 その身に余る言葉は、純粋な鏡の前で無慈悲に己を裏切る。 行動の目的に拘る男は目的意識に囚われているのではない。 目的の存在理由は行動に必然がないという観察ゆえのこと。 キーティングは、自…

身体性の賦活による無意識へのアクセス経路構築

毎日新聞日曜版に連載している梨木香歩氏の「炉辺の風おと」のなかに、 興味深い二冊の本の紹介がありました(7/26日版)。 マイケル・D・ガーション『セカンドブレイン』 傳田(でんだ)光洋『第三の脳』紹介によれば、タイトルにある「第二の脳」「第三の脳…

17日目:武道的歩行探求、下駄歯摩耗問題 2017.3.17

(28)大日寺→(29)国分寺→宿(南国ビジネスホテル) 20.8km(+サンダル2km) (1)新ゲタ 歩くうちに慣れてきて、踏み込み方も変えて調子はまずまず良い。 鼻緒の締め付けは前より強いが指が痛むほどではない(→慣れる? か伸び待ちか)。 最初歩き始めると歯の外…

16日目:宿に新しい一本歯が届いた日 2017.3.16

引き続き、当時の日記を抜粋しながら振り返ります。 →宿(サイクリングセンターいわや宿) 15km (1)遅めの出発 [歩く予定の]キョリが少なかったので明日以降の予定を朝に立てる。 上限25kmだと宿選びが難しい...ゲタを替えて歩行キョリが延びればやりやすい…

ストイックの倫理

アイン・ランドのリバタリアニズムに通ずる記述を見つけました。現代的な個人主義の理解は、この引用に寄せて書けば、 「倫理的最高価値としての自由」が、 「自己以外の存在の変改や抹消を意味」する、 ということになりますが、ほんとうの(発祥としての)…

ポストモダンとはなにか

ちょうど選書作業中に見つけたので引いておきます。これを読むと、思想とは生き方なのだと改めて思います。そして、「鎖書店」のコンセプトがポストモダン的であることに気付きました。それで特に驚いたわけでもありませんが。 ポストモダンとは、モダンの内…

個人を殺す個人主義の時代

権力/依存、あるいは命令/服従というタイプの関係は、ひとたび作動するとそれだけで自らを強化し、正当化する傾向を持つのである。言うまでもないことだが、かつてジャン・ジャック・ルソーが述べたように、「おのれの力を法に、そして服従を義務に変える…

<AR-F03> 期待が生む恐怖

社会の皮相が個性に植え付ける、悲愴なまでの皮肉。 鋼鉄の意志は赤錆に蝕まれ、孤独なアイロニと化す。 苦渋を嘗め尽した過去は、あらゆる未来に恐怖する。 再来の予感を打ち消すことに全力を捧げる徒となる。 「どうして、所長はそんなことを僕に話してい…

15日目(後半):風にあおられ海で歯みがき 2017.3.15

前半はこちら。 cheechoff.hatenadiary.jp × × × (3)風・・・今日は一日中風が強く、ほとんど向かい風。ゲタ修理中もひっきりなしに吹いてるし、橋では飛ばされそうになるし[室戸]岬[の周辺]では前に進めないくらいでさすがに疲れた。 風は歩き遍路の大敵で…

マトリックスと目鱗

本記事はメモです。 × × ×https://twitter.com/three_turnerたしか去年からツイッターで細々と鎖書店の選書メモを発信し続けていて、 けれどフォローを全くしなかったので発信力という意味では弱いなとふと思い、 フォローを始めることにしました。ただ本ア…

15日目(前半):食べ放題の刹那的幸福、応急鼻緒の刹那的命脈 2017.3.15

この日は記述が多いので、小分けにコメントしていきます。 ちなみに、の行に書いてあるのは、その日にお参りしたお寺、泊まった宿、歩いた距離です。 距離は遍路地図から算出しています。 27神峯寺→宿(ビジネスホテル弁長) 23.5km(1)居酒屋「白牡丹」にて…

鎖書店のABOUTページを更新しました

ふと思いついて、鎖書店のコンセプトを書いたページ内容を改訂しました。3tana.stores.jpいままでは販売サイトを立ち上げる時に勢いで書いた内容オンリーのごつごつした文章だったんですが、久しぶりに最初から読もうとすると、自分で書いた文章ながら読みづ…

14日目:高知市街で一本歯を探すが見つからず 2017.3.14

ロルバーンのリングノートに書いた14日目の日記は以下だけです。 というのも、この日は歩き以外の移動日で、その移動の際に日記を携帯するのを忘れたからです。 (メイン荷物の登山ザックを奈半利駅のロッカーに入れたのだったかな…?) 高知市からの電車の…

甲野善紀氏の simple complexity についての私見

複雑性(コンプレクシティー) 確実な計算のための情報が欠けていること。複雑性の下では処方箋を書いても呪文を唱えても効き目がない。ただし、「それ自体として」複雑な対象があるわけではないのであって、ある構造がどれだけ複雑で「ある」かはそれを記述…

「いいんだよ」

「パパ」 「なんだい?」 「パパって、ほんとに、パパ?」 「たぶん」 「ぜったい、っていって!」 「なんで?」 「こわいから。パパ」 「なんだい?」 「ぼくって、ほんとに、ぼく?」 「そうだよ」 「えええっ! なんで? パパは、パパじゃないかもしれな…

不死身(富士見)の伝統芸能「純粋暗箱形式主義」

それ以来、人々はポスト・イストワール的に硬直した世界に動きをもたらす「情念(パトス)の型」を求めてきた。失われた「生の緊張」を、改めて純形式的に、生活世界に注ぎ込もうというのである。これが、コジェーヴが分析した魅惑的現象、すなわち純形式的…

<AR-F02> ある表情

表情に自然法則を適用することはできない。 物体ではある人の顔の、それは意味だから。 表情のない顔と向き合うことを人は恐れる。 しかし稀に、人を内省に誘う無表情がある。 彼の顔から笑いが消えている。自分の回りの大地に気づいて目を凝らしているから…

現実へのリンクとしての「自己包摂性」

自己包摂性(アウトローギッシュ) 自己包摂的な概念とは、その概念自体を定義のなかで用いることによってのみ定義できるような概念である。そうした概念は、その概念自体に適用することが可能であり、必要でもある(そうしても無意味にはならない)。たとえ…

現実のふり、の現実、のふり、の…

だいたい、パパがお話をしてくれるのは、寝る前だ。パパはこんな具合に始める。 「さて、もう寝る時間だ。その前に、ひとつ、お話をしよう。ききたいかい?」パパはいった。 パパは、ぼくにお話してくれる前に、かならず「ききたいかい?」という。「どうし…

三島由紀夫と上野千鶴子

連想でオフィスの書庫の本を繋げてセット販売する、「鎖書店」というネット古書店を運営しています。 書庫には多様なテーマの本が並んでいて、作成するセットの分野はいろいろです。 が、やはり連想という自分の無意識に頼ると、僕自身の興味の度合いがセッ…

13日目:遍路宿「蔵空間」にて、行程先取りのこと 2017.3.13

ふと思いついて、「一本歯遍路」回想記の続きです。日記を見返すたびに当時の記憶が薄れていることを感じるのですが、 記憶は「なくなった」のではなく「底に沈んでいる」だけなのだと、 毎日新聞の人生相談欄にあった高橋源一郎氏の言葉で気付いたので。引…

鶴見俊輔の「菌糸眼的思考」

自分が生きてゆくにつれて視野がひらける。そういう遠近法を捨てることはできない。しかし、そういうふうにしてひらけてくる景色には、自分にとって見えない部分がふくまれる。この自分にとって見えない部分を見るというのは、できないことだが、見えないも…