human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

Can one speak about unspeakable? (4)

 フェンネルは向かいの椅子に向かって話しかける。
 
「すべての言葉は沈黙に通ずる」
 テーブルには彼以外だれも座っていない。
「言葉というか、会話だけども。二人で延々と続けていれば、いずれお互いに言うことがなくなる」
 もちろん空間は返事をしない。
「言葉はそもそも、会話のためのものなのだから」
 しかしフェンネルは、椅子の上部の空間に何かを感じとっている。
 空間は何かで満たされている。

 
「会話は目的があって始まる場合もあるし、ふとしたきっかけで始まることもある。けれどいったんそれが始まれば、お互いが意思をもってそれを続けようとする。その意思が、最初にはなかった目的を生む」
 フェンネルは考えている。
 自分は椅子の上の空間を占拠しているが、
 同時にここには、空間の欠如がある。

「その意味で、会話は創造的行為であるといえる」
 僕がいるせいで本来あるはずの空間が、その存在を否定されている。
 あるいは、ある〝べき〟はずの空間が。

 
「これまで現実に存在しなかったものを新たに生み出す。形があるわけでなく、発したそばからすぐに消えていくものであれ、彼らを含めこれまで誰も、見たことも聞いたこともないそれが、彼らのあいだでどんどん勢いを得ていく。その勢いは、彼らの意思に関わりなく、独自の生命力をもっているようでもある」
 形の現実的存在は、空間の否定をともなう。
 では、空間の肯定は形の不在なのか?
 当然そう。対偶だ。

「しかし会話は時を経て、その勢いを少しずつ失っていく。また、唐突にこと切れる。二人の協力によって創造されたそれは、遠からず死を迎える。小さな死。ほとんどの場合彼らは、その一時的な死を喜びをもって迎える」
 ではそれは〝そこには何かがある〟ということではないのか?
 
「会話の死によって、そこに沈黙が訪れる。沈黙はまた、新たな会話の開始によって破られるかもしれない。会話と沈黙は互いが勝手に相手を生み出す、永遠機関のようなものかもしれない。けれども永遠は現実にはない。最終の会話は最終の沈黙に呑み込まれる。最後に残るのは沈黙だ」
 空間の肯定……。
「彼らは沈黙を遺した。彼らの存在を証しするものは、彼らが存在する間だけ空間を漂い、彼らが消えていくとともに、その証も霧消した。沈黙は彼らの存在の証ではない。では彼らは何も残さなかったのか?」
 あるべき状態として自分が認める何かが、そこにはある。
 そこに何もないのだとしても。

「……君はずっとそこにいた。そしていない。これからも、ずっと」
 
 フェンネルはコーヒーを淹れるために立ち上がる。
 

小川洋子とイチローと「善意解釈の原理」

 自由市場におけるある種のウソは、人々に犯人をまるで透明人間のように扱わせる。問題はウソそのものにあるわけではない。システムに最低限の信頼が必要なのだ。古代の環境では、ウソの中傷を広めた者は生き残れなかった。
 善意解釈の原理は、相手の発言をあたかも自分の発した言葉であるかのように理解すべきだと説く(訳注2)。善意解釈の原理や、この原理に背くことへの嫌悪感は、リンディ対応だ。たとえば、旧約聖書イザヤ書」29章21節に、「彼らは言葉によって人を罪に定め、町の門でいさめる者をわなにおとしいれ、むなしい言葉をかまえて正しい者をしりぞける」とある。いつの世も、悪者は人を罠にかけるのだ。ウソの中傷は、バビロニアではすでに重罪だった。ウソの告発をした者は、まるで本人がその罪を犯したかのように罰せられた。

訳注2│善意解釈の原理は、思いやりの原理、寛容の原理などともいう。議論をする際、相手の発言をできるだけ筋の通った方法で解釈するべきであるという哲学や修辞学の原理

「第12章│事実は正しいが、ニュースはフェイク」p.316-317
ナシーム・ニコラス・タレブ『身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』ダイヤモンド社,2019


「リンディ対応」とは本書の造語で、歴史という長い時間を耐えて生き残った思想や方法に対してそう呼んでいます。

タレブのこの本は非常に面白くて、日常的に積ん読が多いのでさくっと読了しようと読み始めたのですが、身に染みる分析、警句、逸話がとても多くて、一息で読み終えるのは勿体ないと思い(まあ実際はスタミナの問題ですが)、集中的に読みつつも一日数章ずつ進めています。
 
一時は10冊以上になっていた併読書を最近いちど整理して、併読といいながら手に取る頻度の低い本を本棚に収納したのですが、そうするとサイドテーブルに積み残された併読書の中にまた手に取る頻度の低い本が出てきて、「アリの巣における働きアリ比一定の法則」のようでもありますが、そのように"働きアリだったのに怠けアリになった"一冊である小川洋子氏の短編集を今日久しぶりに続きを読み始めた時に、ふとタレブの「善意解釈の原理」を思い出しました。
 
なぜだろう…と考えるに、小川洋子氏の小説では、心を込められた登場人物(つまり通りすがりでない)はみな「善意解釈の原理」に基づいて生活しているからではないか、とまず思いつきました。
タレブの本の中の説明では「善意解釈の原理」は議論における発言という枠がありますが、もっと広くとらえて相手の行動や態度、つまり他者の自分に対するコミュニケーション要素のすべてを想定対象に含めるとします。

ただ、一般的に小説の内容には不可欠とさえいえる心理描写には、主人公(描写主体)が誰か他人の発言や行動について想像することも当然含まれていて、また推理小説はそういった想像に筋が通ってこそ物語が成立するものでもあり、別に小川洋子氏の小説に特有でもないような…とも考えられる。

それでたとえば森博嗣氏が講談社タイガで発行を続けている(いつの間にか10冊超えてますね)Wシリーズを思い浮かべ、いつも傍にいて一緒に騒動に巻き込まれる秘書氏や自分の命を狙う組織も含めて他者の主観的合理性を問い続けるその根底には「知性への信頼」があるという主人公の元大学教授ハギリ氏などもやはり「善意解釈の原理」にしたがって行動しているのではないか。

と、こうして具体例を出すと違いがはっきりしてくるのが面白いのですが、今読んでいる小川洋子氏の短編集(じゃないな、日記帳の長編小説ですね)は『原稿零枚日記』で、つまりその主人公小説家女史(作中に名前出てたかな…仮にオガワ氏としておきましょう)とハギリ氏の「善意解釈の原理」運用における違いを考えてみるということです。


ぱっと思いつくのは、「見限り」の有無です。
 
ハギリ氏は想定する相手の思考力をまず高めに(自分以上に)見積もります。
Wシリーズには人格を備えたスーパーコンピュータが何人(何体?)も出てきて、ハギリ氏は彼らと「友人」になったりもするのですが、計算能力からすれば人知を遥かに超える彼らの合理性を分析するなら「高め」を見積もらざるを得ません。
けれど、自分には思いつかないようなことを相手は考えるはずだ、という想定と同時に、人工知能だからこそ思いつけない人間的な発想もある、という冷静な分析もする。

つまり、他者の主観的合理性を問う際に、「他者自身の主観の質」の分析を忘れないということです。

その分析からは、ハギリ氏自身の主観性は(もちろんゼロにはできないので)可能な限り除去される、またはその主観性を対象化して分析に繰り込まれる。
事件や状況の推移を慎重に見定め、事件関係者(自分を含む)のそれぞれの合理性を計算するなかで、状況を構成する一部の領域に偶然や非合理を想定すれば全体の筋が通るという結論が導ければ、ある相手の知性を「見限る」。
それは言い方を変えれば、完全な知性は存在しないという認識でもあります。
 

一方のオガワ氏は、日々の生活において、一人でいる時は小説的妄想を自由に膨らませる心の余裕があるが、他人に相対したり、他人と行動を共にする時はいつもオロオロしている。
喋るのは相手ばかりで自分はひたすら口をつぐみ、また必然といっていいほど行動の機先を相手にとられ、その行く末を、飼育されたウサギのようにじっと身を縮めて心細げに見守る。
それでも頭の中はやはり作家的想像に溢れており、他人を前にしての自分の発言や行動が皆無であることと釣り合うかのようである。

もちろんオガワ氏は問われれば答える、会話が始まれば継続の意思を応答によって伝えるが、機先を制される完璧な実例のように、主導権は相手が掌握し、話の展開をハンドリングする主体性は皆無である。
また一人で行動する時はあらかじめの入念な準備を怠りなく、可能な限りの場面想定をリストアップし、いざ実行となれば人目につかぬよう細心の注意を払うが、何かの偶然で誰かと相対すれば体は硬直、顔は赤面、口に出さずとも平身低頭の平謝り的文句が脳内をドーパミンのごとく駆け巡る。

……話を戻しますが、そんなオガワ氏の頭の中における他者は、等身大の域を出ていない。
一緒にいる相手についてのいろいろな想定をするが、それらは相手自身の意図に関係がなく(関係付けようというオガワ氏の意思がなく)、時には当たるが大体は見当はずれで、想定外の相手の反応にオガワ氏は面食らい、またオロオロする。

「等身大の域を出ない」
「関連付ける意思がない」
と言ったのは道理で、言ってしまえばオガワ氏は小説執筆以外のあらゆる生活場面において小説家だからです。

「相手の言葉をあたかも自分の発した言葉であるかのように理解する」、そしてその「自分」はひたすら等身大の自分である。
タレブ氏の引用箇所の記述からすれば、オガワ氏は忠実なる「善意解釈の原理」の実行者といえます。

そこには、相手の知性の不調(つまり「バカ想定」)や不注意、慢心といった「見限り」がない。


ここまで書いてみて、二人の違いとして最初に挙げた「見限り」よりも適切なキーワードがあると気づきました。
そのキーワードとはたぶん「等身大」、身の丈ということです。
そしてそれは、僕が小川洋子氏の小説を読んで心が柔らかくなる理由でもあります。


話は変わりますが、
ディベートという文化、また言論の守護神(なんて言い方あるか知りませんが)としての…大仰ですね、もっと狭めて、政治家の失言を取り締まる現今のジャーナリズム、これらは「善意解釈の原理」とは真逆の思想を持っています。

なんとかの穴をつつくように、論理のアラを探し、また長い発言の一部を切り取ったり他と都合よくつなぎ合わせて発言者の意図と似ても似つかない「趣旨」を生み出す。
ツイッターの炎上案件も同じ思想ですが、こちらはシステムとして、その思想を貫くには好都合にできています(正確な論理を展開するには一文が短いこと、切り貼りしやすいハイパーリンク構造など)。
 
今思いつく限りは、ということですが、
マスコミの被害者先取姿勢が個人主義的価値観として定着したことと、ツイッターSNSなどネットコミュニケーションツールの普及によって、「善意解釈の原理」は損である、相手に無防備を晒すようなものだ、といったマイナスの価値観で捉えられるようになったと思います。
けれどこの原理は、タレブ氏が「リンディ対応」だと言っている通り、人類の長い歴史の風雪に耐えて引き継がれてきたものです。
この原理に従うことが人間的なふるまいである、という直感を持つ人にとって、その歴史は後ろ盾となります。
 
 × × ×
 
前半を書き過ぎてイチローの話を続ける余力がほとんどありませんが、頑張ります。

イチロー 野球っていうのは、一点を守って、一点を取りにいくスポーツです。
 打っても点が取れるとは限らない。いつもいいプレイで点を防げるとは限らない。そう考えると、アタマの中で、いろんな可能性を巡らせるんですよね。
 起こり得るプレイではないかもしれないことまで、考えるんですよ……。
(…)
 ぼくがやってみたいプレイは……ランナーが二塁にいます。ライト前に飛んできました[イチローはもちろんライト守備]。ホームはもう間に合わないし、投げてもアウトにできない。(…)返球のときに、ボールの角度が高いと、[ヒットを打った走者は]ホームまでダイレクトに投げたと思うわけですよね。そうすると、一塁にいる走者は二塁に行こうとするわけです。そこでもし、上空にカーブを投げていたら、途中で落ちてくるんです。そうすると、二塁でアウトにできるわけで……。
糸井 (笑)おもしろい。(…)遠投のカーブですね?
イチロー そうです。カーブですから、コントロールもそんなにむずかしくはない。十分にできるプレイだと思うんです。

「六回裏 変わらないのはおかしい」p.103-105
「キャッチボール」製作委員会『イチロー糸井重里が聞く』朝日文庫,2019

 
引用書はイチローファンの前で糸井重里がインタビュー形式でした対談を収録したものです。
この本もちょうど併読中なのですが、上述の「善意解釈の原理」と小川洋子氏の小説がリンクした時に、なぜかこの一節が連想されました。
もうあまり論理を展開する元気がないのでざっくり書きますが、

小川洋子氏(いや、どちらかといえばオガワ氏)とイチローは同じだ、と思った
 
インタビューの中でイチローは、アメリカ人(大リーガー)は野球のこととなるとすごく考えるしプライドに拘らず貪欲なんだ、と言っていますが、イチロー氏は抜粋のように、起こり得ないプレイも含めて数限りない想定を頭に展開させてグラウンドに立つわけですが、一緒にプレイするチームメイトや相手プレーヤも自分と同じくらい考えているとも思い、だからこそ自分自身の無数の想定が無意味ではないと思っている。

イチロー氏の中では他のプレーヤも、
自分自身も、
プレイに関して妥協しない、
「見限り」がない。


だから、といえばかなり飛躍ですが、
イチロー氏のプレイを見て元気をもらえる、生命力を賦活されるという人ならきっと、
上に書いた、「善意解釈の原理」に従うことが人間的なふるまいであることについて、
同意してもらえるのではないか、と思います。
 
 × × ×

原稿零枚日記 (集英社文庫)

原稿零枚日記 (集英社文庫)

<AR-F05> たとえばそれは杉田水脈氏を「生む機械」

 
 人が他人のために生きるのは、彼への関心がそこに伴うから。
 どんな無意味な作業にも意味が見いだせるのも、そのためだ。
 けれど、社会共生システムの高度化が「無関心」に仕事を割り当てると話は変わる。
 無関心の強制が、人に意味の境界を既成とみなし、無意味を無下に切り捨てさせる。
 

 ロークが会った建築家たちは、それぞれに違っていた。机をはさんで、親切そうにぼんやりとロークを見つめる建築家もいた。実に心打たれるものだ、建築家になろうとするロークの野心は心を打つし、あっぱれではあるが、若者の妄想として魅力的ながら悲しいものだと、言わんばかりの態度である。中には、口角を上げて薄笑いしながらロークに対し、彼がいるのを楽しんでいるかのような建築家もいた。なぜならば、職を求める若者を前にふんぞりかえっていることは、彼らが達成した地位を、彼らに大いに喜ばしく意識させたからである。(…)
 それは悪意ではなかった。それはロークの長所に対して下された判断でもなかった。ロークに価値がないと、彼らが考えていたわけでもなかった。ロークがいいかどうかなど、彼らには単にどうでもよかったのだ。時々、ロークは彼が描いた図面を見せるように言われることもあった。自分の手の筋肉に羞恥心から来る収縮を感じながら、彼は自分の図面を机の上に広げた。それは、衣服を剥ぎ取られるようなものだった。肉体がさらされるから恥ずかしいのではない。無関心な目にさらされるから恥ずかしいのだ。

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』藤森かよこ訳、ビジネス社、2004 p.126

20日目:青龍寺の先達と「なずな」のおかみさん 2017.3.20

<20日目> (36)青龍寺 → 宿(なずな) 16.6km

(1)マメができた
(36)に着いた時に左足の親指内側の鼻緒とこすれるところにマメができていることに気付く。
パッと見で澪えないので出現過程を見落としたか。
鼻緒がきつく指を使えていなかったのでこすれてできた。
2足目がきた時にワッシャでカスタマイズしていればよかったがもう遅い。
3足目はそうするとして、今はこの状態ではきやすいように工夫するしかない。
→宿で手で[鼻緒を]のばした。

要するに、靴擦れですね。
 

青龍寺で先達っぽいおじいさんにマメのケア法を教えてもらう。
痛かったら針でつぶして皮は残してぬり薬をぬっておけばよいと。
靴で誰もが経験していること。
ここからが一つの正念場。

このおじいさんと会った時の情景は覚えています。

青龍寺の参道の途中で、階段を上る手前にちょっとした茶店とベンチがある砂利のところ。
そのベンチに座ってゲタからサンダルに履き替えようという時にマメを発見して、顰め面をしていたところに、そのおじいさんが声をかけてくれたのでした。

マメの痛みは全く覚えていませんが、当時は苦心惨憺だったのでしょう。
 

(2)ゲタの歯の減り
一足目より早い気がする。
鼻緒のせいかも。
3足目は最初からワッシャを使おう。

でも鼻緒にワッシャを噛ませると切れやすいというジレンマ。
たしか使わなかったんじゃなかったかな…いずれわかることですが。
 

(3)宿にて
同宿は1人で、今回別格のみという4回目のおばあさん。
食道切除して食が細い。
夕食はおかずの量がすごくて、いつものようにご飯4杯食べたうえおばあさんから天ぷらを丸ごともらって大変なことに
食後何もできず動けず、ハこうと思ったが遅く、お湯を飲んでじっとするのみ。
というか寝るしかなかった。
寝たらなんとか腹はおさまったが…(今は朝)、体の回復力に感服。

所感:
「体良ければすべて良し」
食べ過ぎは身に染みたが立ち直ってみると何もなかったかのよう。
今日もただ歩こう。

この日に泊まった宿は、道中で「ごはんがおいしい」という評判を聞いていて楽しみにしていました。

たしか、天ぷらに刺身に、おかずもたくさんあって、いつもはおかずの少なさに(一緒に口に入れる白飯をたくさん食べるために)どうちまちまと食べるかを悩んでいたのが、この日は豪快に食べまくりました。
それが、その多いおかずのいちばん油っぽい天ぷらを丸ごと同宿のおばあさんから譲り受けて、厚意をムダにできず、膳の食べ残しも性分が許さず、胃拡張だからと無理やり食べて、食後部屋に戻った時は本当に、一歩も動けずろくに体勢も変えられない状況に陥りました。
旅テンションというのは恐ろしいものですね。
 
「なずな」のおかみさんは思想のしっかりした人で、宿の人に説教されたのはこの日が初めてでした。
というのも、お風呂の時間を聞かれた時に「2回入れますか?」と質問したら、「遍路さんがそんな贅沢したらいかん!」と猛烈に怒られたのでした。
修行の身とはいえお客様気分でいたのは確かで、唐突な怒りにはかなり驚きましたが、言われてみればそうだなあと少し反省しました。

お寺の宿坊やホテルでは、大浴場を使える時間が決まっていて、その時間内であれば何度入っても何の問題もありません。
けれど、個人経営の遍路宿(規模はいろいろで、個人宅の建屋を改装したところもある)では、お風呂は浴場ではなくふつうのお風呂で、夕方から夜中までいつでもOKというわけにはいかない。
結局は経営者の手間の問題だろう、という反抗心もちらりと浮かびはしましたが、「遍路行は何事も縁である」という道理に従えば、悪態をつくよりはしんみりと反省して、それでいてお風呂入り放題の宿に出会えれば(「温泉」が売りの宿坊もけっこうあるのです)シンプルに喜ぶ、のがいいのでしょう。

じっさい、歩き遍路の二大幸福は食事とお風呂なのだから、幸福を味わうべき場面でそれを味わえないのは不幸というものです。
そして、その幸福も縁、その不幸も縁、と。
 
食べ過ぎについては…
なんでしょうね、なにかこう、極端な要素が影響しているような気がしますが、
いずれ考えるとしましょう。
 

19日目:長閑で平凡な日 2017.3.19

<19日目> (33)雪蹊寺〜(35)清瀧寺(BI[ビジネスイン]とさ) 22.1km

(1)ゲタの具合
歯が両足とも右側が大きくすり減る。
左足で顕著。
右足は意識すれば平らになる傾向。
前の[=一足目の]一本歯だと真逆(両足とも左側)だったハズだが…
体が傾いてる?
ずっと意識し続けるのは疲れるが、明日から3日間はキョリが短いので歩き方の調整をしよう。
歯が傾くと、そのままだんだん傾斜がきつくなる気がするので。
歯裏まっすぐを維持し続ければ歯の減りは一番少なくできるハズ。

相変わらず関心の高いゲタ問題。
 
道中歩き遍路さんからも靴裏のすり減りについて同じような話を聞いたことがあります。

道路は平坦に見えて実際は微妙に湾曲していて、極端に言えばカマボコ型をしている。
つまり、道路の左端は左側に傾き、道路の右端は右側に傾いている。
歩行者はだいたい(というかほとんど)、道路の進行方向に対して左側を歩くので、靴裏は右側の方が大きくすり減っていく。

というのが一般論なのですが、「徳島と高知では靴のすり減り方が違う」という意見も。
では僕自身が一足目と二足目で歯のすり減り方が変わったのは、道路整備する県ごとの事情の違いなのか?
あるいは、一足目のすり減りを修正しようという意識のフィードバックが強すぎた結果か?

どうなんでしょうね。
…どうだったかな。
日記の後半で何がしかの結論が出てくるかもしれません。
 

(2)鼻緒と足の具合
昨日2回こけてのびてない方のゲタがきつい。
ずっと履いていると足指裏の感覚がなくなってくるので時々左右を入れかえて履く必要があるが、歯の傾きとの兼ね合いが難しい。
あと足の甲の痛みも続いている。
マッサージをしっかりやるのと、後休憩をこまめにとって締め続けを防ぐのがよいかも。

苦労してますね。

ただ、靴歩きの歩き遍路にも靴擦れのつらさがあります。
出発前にウォーキングで慣らして大丈夫でも、いざ遍路が始まると一日中徒歩が延々と続くわけで、その次元の違いを初体験の人はみんな思い知らされます。
あまりに足が痛くて別の靴を買ったとか、宿に連泊することにしたとか、そういった話は何度も耳にしました。

僕自身は、歩けないほど足が痛んだことはなかったように記憶していますが、まあ麻痺してたのかもしれないし、テンションが上がっててものともしない心境だったのかもしれない(同じか)。

あ、でもずっとゲタを履き続けて、足の指は変形しましたね。
人差し指の甲の、鼻緒とこすれる部分が異常に膨らんでいました。
痛みはなく、腫れたというより「そこの肉が分厚くなった」感じ、でもタコのようにカサカサしているわけでもなく、むしろ骨が出っ張ったような滑らかさがありました。
その膨らみは形状的に、鼻緒の把持力向上に貢献していたと思います。

後天的獲得形質というやつですね(違う)。
 

(3)フェリーを逃す
8:10の便に2分足りず、船がちょうど出て行くのを見送る形となった。
待合所で朝寝していたら今日の算段を立てる間もなく次の便が来た。
波の音と鳥のさえずりに紛れてまどろむ
なかなかよい。

長閑なひととき。
 

(4)自転車遍路のおじいさん
清瀧寺[に至る急な山道]に上る途中でチャリを置いて登り始めたおじいさんと同道。
イカンバンヘルニアで長くは歩けないらしい(2kmまで)。
でも前かがみなら平気。
70歳超だというから、元気なことで。

所感:
出来事としては平凡な一日だった。
明日からは調整日ということで、身体の調子をじっくり見よう。

このおじいさんは参拝後の下りはヒッチハイクをして下りていました。
その駐車場でのやりとりをちらりと見た記憶があります。
 

18日目:二種類の素朴、必然性の伝播、遍路トイレ事情 2017.3.18

<18日目>
(30)善楽寺 〜 (32)禅師峰寺 → 宿(えび庄)
22.5km(+サンダル2km)

(1)初のサンダル[=スポーツサンダル]スタート

身体がぎこちない、フワフワした感じだった。
[サンダルから]ゲタにはきかえるとシャキっとしたような。
出発前の夕方のゲタ歩きのような「ゲタからはきかえると体スイスイ」とは逆になった
身体がゲタ歩きモードに定着したか。
もしかして夜あまり寝れなかったのもこれと関係が…?

下線部は今自分が読んでも意味不明ですが、だいたい以下の内容です。
 
普段の靴歩きに慣れていると、天狗下駄はどうしても歩きづらい。
だから下駄から靴に履き替えた直後は、先の身体運用の不自然さから解放されて軽快に動ける。
それが、旅を始めて(つまり下駄を一日中履き続けて)18日目のこの日に感じたのは、その一般的な感覚とは逆に、歩きやすいはずのスポーツサンダルから一本歯に履き替えると身体が「シャキッとした」、身体性の賦活をまざまざと感じたようだった、ということ。

武道には「身体の動きに制限をかけることで自由を獲得する」という稽古思想がある。
ここでいう自由とは、「身体運用の自由度」を意味します。
身体の特定部分の動きを制限する(例えば、歩く時に腕を振らない)ことで、通常の生活動作では用いられない身体部分(たとえば体幹)を動員し、活性化する。

一本歯歩行はこの意味で、普段使わない身体のいろんな部分を活性化させるのでしょう。
そうして身体全体が動作に動員されていることが、身体にとって快感である。

という論理に力を与えてくれたのがこの経験だったように思います。
 

(2)昨日の話
そういえば(28)に着いた時に坂を登る途中ですれ違った団体歩き遍路の先頭の先達さんに「しっかり修行してはるなあ」と言われた。
通じる人には通じるのだ。

日記には参拝したお寺の記述がほとんどありませんが、このようなお寺での出来事を振り返ると、その場所の情景が浮かんできます。
ただ、それを説明する語力が自分にはありませんが…
風景描写に興味がないわけではなく、小説ではそういう場面を読み込んで頭の中に詳細な絵を思い浮かべるのですが、自分が風景について書くことがほとんどなく、その能力も信じていません。

なぜでしょうね…昔は「自分は理系だから」とか思っていた気もしますが、それは全然関係ないし、今は自分のことを文系(換言すると「右脳優位」)だと思っています。
…ん、もしかしてこれか?

まあ、今ここで考えることでもありませんね。
 

(3)竹林寺にて
中国人観光客の団体に写真をとられる。
座って[休んで]いたところを囲まれ「ゲタはいて」と。
太い神経。

こういうことは道中よくありました。

だいたいは集団でいて、加えて観光目的でいる集団ほど傍若無人である。
自分を客だと思い込めば、自分の周りのものは全て自分に奉仕するためにある、となる。
消費主義の極致にある感覚ですが、悪ではなくて素朴なだけですね。
 
僕は無垢とか素朴という性質が好きなのですが、ではどんな場面でもそうかと言われると、当然そんなことはない。
「システムに毒される」という言い方でもいいのですが、人がある価値観や状況に覆われると、その価値観や状況に無意識に従った結果の振る舞いが無垢や素朴として現れるわけですが、これに対しては、今ここで書いているような思考を経ることでようやく彼の無垢・素朴を「そういうものだ」として受け入れられるものの、その場での直感としてはまず不快になるわけです。

ではその直感は何に基づくのかと言われれば、人間性とか道徳という話に…
少し違うな、「相手が自分を一人の人間として見ているか」ですね。
あるいは、目の前の人間(僕のこと)に対する判断基準を集団(あるいはシステム)に委ねていないか、という。

そうすればもちろん楽だから、そうする人がほとんどですが、それによって何が失われるかというと、「今自分がいる、その場に感じる必然性」です。
場の必然性が薄れると、同時に、その場にいるその人自身がそこにいる必然性も薄れる。
「必然性」は(裏返して言えば「偶然性」は)、そのようにして連なっています。

よく混同しがちですが、これは因果関係とは別の問題です。
 

(4)またコケる
竹林寺の下の歩き遍路道が岩だらけで、[迂回できる舗装道があったが]サボらずに端[←岩同士の隙間]を狙いつつもまともに下りたが(そういえばヒザの調子は鶴林寺太龍寺で痛めてからしばらくの頃よりは回復した。ちびりゲタのせいも多少あったのだろう)、岩の隙間を伝う間に[花粉症用の]目薬をさしてないことを思い出し、あーと思う間に右足を踏み外した。
目では着地先をちゃんと見ていてこうなる。
再度思うが、わかりやすくてよい

日記に何度か出てきますが、個人的にこの手の逸話がいちばん好きです。
というのも、一本歯歩行が無意識のうちに敢行されていることを如実に示すエピソードだからです。
 
岩を踏むと朴の歯が滑って危険なので、岩と岩の間のわずかな土の部分を狙って、一歩一ごとに「狙い踏み」をします。
が、それを一歩一歩、細心の注意を払って慎重にやろうとすると、歩くのがむちゃくちゃ遅くなる。
加えて、神経への負担も甚大である。

旅の序盤の自然道では、ある程度このような慎重さをもって歩いていましたが、どこかの段階で吹っ切れたのだと思います(第一の遍路転がし「燒山寺越え」の後の下りでハデにコケてからじゃないかな…)。
やけくそで始めた無謀さが、適度な(というか異常な)集中と無心の境地をもたらした。
 
旅の後半だったと思いますが、草がボーボーで岩がゴロゴロ転がってる下りの山道(下りは踏み込みに勢いがつくので本当に怖いのです)を軽快かつ豪快に歩いていて、水分補給か何かの理由で立ち止まってから、さあ出発だ、と一歩目を繰り出すために足元(の荒れ放題の地面)を冷静に眺めて、とてつもない恐怖と、無意識的身体運用の神懸かりな精緻さとを同時に感じたものでした。

冗談ではなく、命が懸かっていたからこそ、可能だった芸当なのでしょう。

昔の遍路では、旅のお供の金剛杖が、道中行き倒れた時の墓標代わりになったそうです。
…これ以上は言わないでおきましょう。
 

(5)トイレの有難み
できるとこでしておこうと改めて思う。
竹林寺で面倒がって行かなくてその後ずっとガマンしていた。
トンネル前の会社のトイレを見つけた時は「救世主!」と叫んだ(ウソ)。

実際に叫んではいませんが、叫びたくなったのは本当です。
ちょっと涙ぐんでいたかもしれない。
 
四国遍路の「お接待」の形はいろいろあって、道中でなにか(食べ物など)を頂くとか、休憩所を設ける(日中にボランティアの人が常駐しているところもあります)とか、その休憩所にはっさくが置いてあるとか、まあいろいろあるんですけど、この「トイレ」もその一つです。

人里まばらでトンネルがいくつか続く、普段歩きの歩行者があまりいないような車道の遍路道だったと思いますが、トタン屋根の2階建の事務所の一画に、「お遍路さんお使い下さい」といった看板が掲げられたトイレがありました。
もちろん社員用であって公衆トイレではなく、この近辺の遍路道にトイレがないことを知っている経営者が善意で歩き遍路に開放している、ということです。
 
歩き遍路のトイレ事情は本当に切実で、特に「ちょっとそのへんで」が気軽にはできない女性には深刻な問題です(いや、山道とかの場合ですよ)。
歩き遍路同士の会話では定番のテーマで、あとは類似のものとして「ウォシュレット問題」もあります。
明日泊まるあの宿にはあるか、いや実はないんだ、といった会話が食堂での夕食時に、お互い真剣な表情でもって交わされるわけです。

僕がその話題に混ざったことはありませんが。
 

(6)小学生たち
宿の手前の直線で下校する小学生4人組に囲まれる。
話をしながら下校につき合う。
「大人になったらゲタはいてやる!」と威勢の良い男の子。
これで修験道魂は引き継がれた、か?(ウソ)
一人が「はいてみたい!」と言い、足が小さいと答えると他の子一人が「私は?」と聞いてくる。
素朴さがいい。

港町のような、半島のような地域の一軒家がこまごまと並ぶ、こじんまりとした街の中で細いながらもすらっと延びる道だったのを覚えています。
 
ここの「素朴さ」のことですが、

「子どもには足が小さいからこのゲタは履けない」と一度聞けば、論理的な思考に従えば直接言われなくとも「自分にはムリだ」と周りの子どもは理解するわけです。
ところがそういう思考とは無縁で、「このゲタのおじさんが(私には)『いいよ』と言えば履けるんだ!」、あるいは「あいつにはムリと言ったけど私はまだ聞いてない」、それかまあ単純に奇妙な異邦人と喋ってみたいという好奇心の発露だったのかもしれません。

このちょっとしたやりとりに、人間味のようなもの(むしろ「動物的コミュニケーション」の方が正確か)を感じて、ほっこりしたのでしょう。

同じ日に、団体観光客にサル扱いされてもいるし(そこまでは思いませんでしたが)。
 

(7)宿にて
[この日の]同宿がオーストラリアの老人(歩き遍路4回目)とヨーロッパ(たぶん)の老夫婦(1回目は自転車?[←字が汚くて怪しい]で今回が2回目)、自分以外が外国人という初めての状況。
夕食に英語で会話したため落ち着かず(笑)。
老人は3回目の結婚が2周り年下(27才?[←己の英語力不足起因の疑問符。以下同])の日本人女性で、3年前?に肺ガン?で亡くなったそうな。彼女は日本、彼はタスマニアと別々に住んで、とても上手くいっていたそう。東京には沢山友人がいる。
[その老人とは](32)で会っていたが、下りで彼に抜かされた後彼はショップで買い物をしている間にこちらが先に[宿に]着いたようで、"Amazing speed!" とびっくりしていた。さいご(88)の山[←大窪寺に至る道]は急勾配で岩だらけだがゲタで大丈夫か?と心配された。…その時考えよう。

所感:
今日はいろいろあった。
さいごの「えび庄」が(電話で予約した時に若干心配だったが)いい宿でよかった。
おいしいご飯とおフロで文句なし!
新ゲタの調子もまずまず良いし(左足指が行程終了後はシビれ気味なのはやはり鼻緒の締め付けのせいだろう)、3日後の32km行程も不可能でないかも。

宿の主人が多少無愛想だった、のかな。
あまり覚えていませんが、主人との間の通訳を含めて、同宿の外国人とはいろいろ喋ったようです。
 
やはり遍路を歩く外国人は、日本と何がしかの縁をもっているのですね。

外国人から日本についての話を聞くと、最初は何か誇らしげな気分を味わうものですが(この時点ではまだ内向きな価値観が主となっている)、その経験を重ねるにつれていつの間にか、外から日本を眺める立ち位置にいる。
その経過はつまり、異文化を生活レベルで見聞するようになる、ということですね。

僕自身が外国に行くのは旅行ではなく滞在がいい、と思う理由はここにあります。
まだ日本を出たことはなくて、きっかけなしに行きたいわけではありませんが。
 

書評サイトのこと

 
自分が過去に書いたブログ記事を何かのきっかけでふと読み返した時に、
本について書いてある記事を書評サイトに投稿することが時々あります。

さっき、そのようにして投稿したのが97冊目でした。

www.honzuki.jp

データを見返せば、9年半ほどこの書評サイト「本が好き!」を利用しています。
それはいいのですが…

このサイトには、いくつかの記憶があります。

あるレビュアーの記事を読んだのがきっかけで、保坂和志という小説家を知りました。
この人の小説・エッセイに、僕自身の価値観・人生は少なからぬ影響を受けました。
また大学院時代に(研究から逃避的に)没頭して沈思黙考姿勢の礎となった橋本治について、
お互いに氏の著書の書評を読み合って氏の偉大さを確かめ合ったレビュアーもいました。

今はそのお二方とも、投稿を更新されていません(何の理由か、一人は退会)。
それもいいのですが…


ふと思いついて、今ある書評サイトについて調べてみました。
と言って、以下のサイトを見ただけですが…
quartier-litterature.com

この中で「シミルボン」というサイトがいいなと思いました。

たぶん「沁みる本」なのでしょうけど(変換して最初に出てきました)、
名前を見た瞬間に「クラムボン」を連想しました。
もちろん宮沢賢治ですが、
そうすると(?)こちらは「眩む本」になります。
本「に」なのか、本「で」なのか…、読書経験としては後者が順当ですね。

そんなこんなで、
まあいい機会なので、
「本が好き!」にあと3冊投稿して計100冊になったら、
クラムボン」に引っ越してみようかと思います。

あ、ちゃうわ、「シミルボン」ですね。


また、新たなレビュアー氏との出会いがあるといいですね。
 

『鞄図書館』と「鎖書空間」

 これまで幾冊もの本を取り上げてきた。小説はもちろん、伝記、旅行記、闘病記、日記、童話、詩集、歴史書……等々、ジャンルは多岐に亘る。本の選択は私に任されており、どんなにアンバランスな組合せになっても(例えば『武蔵野夫人』と『不思議の国のアリス』と『ヴァージニア』。またある時は『奥の細道』と『阿呆列車』と『狭き門』)文句を言われる心配はない。一見無節操に並ぶ書棚の本たちが、他人には分からない関係でつながり合っているのと同じく、あらすじもまた隣同士に並んだ途端、互いの秘密を共有し合う。

「一月のある日(木)スカンクのピンバッジをつけて…」p.98
小川洋子『原稿零枚日記』集英社、2010

 
引用したのは、主人公である小説家女史がバイトとして、
公民館のカルチャーセンターで「あらすじ講座」なるものを担当しているという章から。

講座といっても、女史が受講生と円座を組んで淡々とあらすじを語るだけの内容。
その単純さに反して、彼女があらすじに懸ける並々ならぬ熱意に不思議な魅力が宿る。
 
引用した一節はその「あらすじ講座」の概要ですが、
文中のあらすじ鎖書に置き換えればまさに自分の本の仕事の説明のようだと、
終わりまで読まずとも気付きました。


まあそれはそれでと、先を読もうとしたのですが、
いろいろと想像が膨らんで、それをもっと膨らませるのが面白そうだったので、
この短編の途中でしたが一旦本を置きました。
 
 × × ×
 
『鞄図書館』(芳崎せいむ)というマンガがあります。

世界中のあらゆる本が(四次元ポケットの如く)収納されたボストンバッグと、
その鞄を手に世界各地で本を必要とする人々に届ける旅をする司書さんのお話。

僕はまだ1巻しか読んでいませんが、
たしかその後半に「鞄図書館」の内部描写が出てきます。

命綱を腰に巻きつけて司書のおじさんが、革製のその鞄の口から中に入っていく。
図書館の内部は底なしの回廊で、
閉じられた無数のドアがぐるりと並び、際限なく下方に続く。
ドアの一つを開ければ、そこには「場面」がある。
時間が止まっているようで、現実の一部を絵画的に切り取ったようで、
でも紛れもなく、そこが現実であるかのような一つの「場面」。
 
 × × ×
 
僕が営んでいる鎖書店(ネット古書店)では、
いちおう在野の司書を自任して活動しています。

その活動の場を即物的な表現でいえば、
街の商店街の古本屋と大して違わない、
「雑多な本に囲まれた空間」ではあります。
 
それが、
小川洋子氏の「あらすじ講座」の話を読みながら、
芳崎せいむ氏の「鞄図書館」の館内構造を連想することで、
鎖書店のイマジナリーな内部空間に初めて想像が及びました。

もちろん、「こうだ」というのではなく、
「こう考えると面白い」という話ですが、
いや想像上の話というのはみんなそうなのでしょうが……
 
 × × ×
 
その前にちょっと寄り道をします。

鎖書店では情報発信としてインスタグラムとツイッターを利用しています。
前者の方は、新たに追加したラインナップの告知を載せていますが、
(現状は)生活の一部である趣味のボルダリング動画も併せてアップしているため、
そのどちらかにしか興味のない利用者には大変煩雑な状態に見えます。

アカウントを2つに分ければ単純に解決しますが、それはさておき(理由はあります)。

情報の混在状態を少しでも整理しようと、
鎖書のラインナップ告知のほうにハッシュタグをつけることにしました。
「#鎖書」は自分の命名なので既存タグとしてはもちろん存在しませんが、
英語に直訳した「#chainbook(s)」のほうは、既にありました。
 
単数形の方は、中世ヨーロッパの図書館に実在した「鎖で繋がれた本」のこと。
利用者は書架に鎖で繋がれた本を、その場で立ちながら読むことしかできなかった。
本の貸出などとんでもない、利用者の入退館も厳密に管理された時代がありました。

複数形の方は、たぶんですが、意訳すれば「数珠つなぎ読書」を意味しているようです。
一つの本を、フォロワー同士かなにかで繋がった人々が読んで、感想や意見を述べ合う。
あるいは、ある本を読んだ人が別の人に別の本を「お題」として出すのかもしれません。
 
 「一人の個人が連想で複数の本を関係づける」
という意味を与えた「鎖書」とはニュアンスが似ているようで違いますが、
インスタではとりあえず複数形の方を使わせてもらっています。


いや、なぜ寄り道したかといえば、
開店準備中に「鎖書」というネーミングにけっこう悩んだことを思い出したからです。

候補はほかに5つ6つは作って、
例えば語義としてはより適切な「縁書」(何らかの縁で繋がった本)等もありましたが、
最終的には「語呂」、言葉の言いやすさで決めました。

「鎖」といわれれば、ジャラジャラした金属で頑なな接続というイメージもありますが、
実際のところ「想像上の鎖」だから、実物の質感は括弧に入れてよかろう、
といった判断もあり。
 
 × × ×
 
閑話休題

鎖書店のイマジナリーな(想像上の)内部空間、
これを鎖書空間と仮に呼んでおきましょう。

このイメージの外観(内観?)イメージは、「鞄図書館」をそのまま拝借します。


鎖書空間には、無秩序に無数のドアが散らばって存在する。
ドアは閉まっているが、カギはかかっていない。
ノブを回せば、いや引き戸でもけんどん式(おかもちのアレ)でも構いませんが、
簡単に開くし、同時にいくつ開けても構わない。

ただ、ドアを同時に2つ以上開けると、ちょっと大変なことになる。


一つのドアは、一冊の本の入り口です。
(鞄図書館がそうだったかは覚えていません。ちょっと違っていた気がします)
そのドアを開けることで、その本を読む、つまりその本の世界に立ち入ることになる。

たとえば一冊の本をじっくり読むことは、鎖書空間においては、
一つのドアを開けて中に入り、後ろ手にドアを閉めることです。
場合によってはその時にカギをかけたりもする。

また例えば、何冊かの本を併読すると言えば、
一つの本の世界に短時間滞在し、一度そこを出てきちんとドアを閉め、
鎖書空間に戻ってから、また別のドアを開けて入ること。

通常の読書行為においては開くドアは1つだけで、
同時に複数のドアが開けっ放しになることはない。


ところが、鎖書の選書(僕の仕事の中核部分)は、読書とイコールではありません。

文脈からお分かりと思いますが、通常の読書と決定的に異なる点は、
鎖書空間に散在する幾つものドアを「開けっ放しにする」ことです。
 一冊の本の世界に浸り切ってその場を味わうのではなく、
 その世界を別の(基本的に関係が希薄な)世界と繋げる。
これが鎖書店主の使命なのだから、「それ」は当然の状況です。


そして、先に「大変なこと」と布石を打った理由についてですが、

一つのドアを開ければ、鎖書空間には、そのドアの内部世界の「空気」が吹き込みます。
もともと真空でなければ無味乾燥でもない、謎めいた雑多な雰囲気を醸す鎖書空間が、
その世界内ではそれなりに整然とした一冊の本からの「空気」の流入によって、
その謎も、そしてその雑味もまた、複雑化の途に着く。

ドアを2つ開けていれば、異種の「空気」達が不思議空間において渦を巻くことになる。
同時に開いたドアが増えるほど、鎖書空間はその「収拾つかなさ」をより強靭にする。


鎖書店の司書の仕事は、その空間に身を置き、しかし(シンプルな想定を裏切って)、
カオティックな状況に「収拾をつける」ことではありません。

混沌に満ちた状況を整理し、破綻や矛盾を除去することで失われるエネルギー、
その躍動的ともいえるエネルギーの逸失を可能な限り抑えながら、
なお何らかの「秩序」をその場に打ち立てる。

それは、傍目にはカオスでしかなくとも3つの世界を経巡る後に体感できるような秩序。
(「3つの」というのは、鎖書店では主に3冊で1セットを組んでいるからです)
 
 × × ×
 
…こう書いてきて、
「鎖書空間というのは結局、頭の中の比喩ではないか?」
と思われたでしょうか。

たしかにそう考えると分かりやすい、イメージがしやすい。
複数のドアを開け放てば「空気」が混ざり、世界が混ざるというのだから。

ですが、僕は「否」と答えておきます。
 
鎖書空間に(命綱つきで)降り立ち、ドアを開けて中に入るのは僕の全体、僕自身です。
この空間は、イマジナリーという意味で僕の脳内に展開されてありながら、
あくまで僕の外部にあり、僕を包み込む存在です。
 
鎖書空間に佇み、複数の開いたドアから流れ込む「空気」にもみくちゃにされながら、
そのもみくちゃ経験が一冊の本に対するスタティックな読書にはない独特なものであり、
その入り口(すなわち上述の「秩序」)を拵える活動を通じて、この経験を世に広める。


鎖書店のコンセプトを、このように表現してもよいかと思います。
 
 × × ×

鞄図書館1

鞄図書館1

原稿零枚日記 (集英社文庫)

原稿零枚日記 (集英社文庫)

<AR-F04> Innocence Mirror

 
 言葉は常に両義的で、言い放つ瞬間に反転することがある。
 その身に余る言葉は、純粋な鏡の前で無慈悲に己を裏切る。

 行動の目的に拘る男は目的意識に囚われているのではない。
 目的の存在理由は行動に必然がないという観察ゆえのこと。
 

キーティングは、自分がいちかばちか賭けてみるなどということはすべきでないし、何も言わず帰るべきだとわかっていた。なのに、名状しがたい何かが、いっさいの実際的な考慮を超えて、キーティングをつき動かしていた。彼は、不注意にも言ってしまった。
君は、生涯に一度でも人間的にはなれないのか?
「何だって?」
「人間的。単純で、自然な」
「だって、僕はそうだけど」
リラックスできないのか、君は?
 ロークは小さく笑う。なぜならば、彼は窓の下枠に腰かけ、壁にのんびりともたれ、長い両脚をだらりとぶらさげながら、タバコを指の間に気楽にはさんでいたから。
「そういう意味じゃないんだよ! なんで、君は僕と外に出て飲むこともできない?」と、キーティングは言う。
「何のために?」
君は、いつも目的がなければいけないのかい? 君は、いつもいつも、そんなに馬鹿馬鹿しく真剣でなければならないのかい? 理屈抜きで何かするってことは君にはできないのか? ほかのみんなみたいにさ。君は、やたら真剣で老成している。あらゆることが、君には重要なことなんだ。あらゆることが、どういうわけか、偉大なことであり意義あることなんだな。いつでも、君がじっとしているときでさえだ。君は、心地よく気楽に......つまり、ささいでつまらないけど気楽にしていられないのか?」
「していられない」
「英雄的でいるのって疲れないか?」
「僕のどこが英雄的?」
「そんなところは全くないんだよ。だけど、すべてそうなんだよ。わからんよ、僕には。君がしていることがそうなんじゃない。君が回りの人間に感じさせることが、そうなんだ

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』藤森かよこ訳、ビジネス社、2004 p.111-112

身体性の賦活による無意識へのアクセス経路構築

毎日新聞日曜版に連載している梨木香歩氏の「炉辺の風おと」のなかに、
興味深い二冊の本の紹介がありました(7/26日版)。

 マイケル・D・ガーション『セカンドブレイン』
 傳田(でんだ)光洋『第三の脳』

紹介によれば、タイトルにある「第二の脳」「第三の脳」は、それぞれ腸と皮膚だということです。
前者について、一部を記事から抜粋します。

アメリカの研究者、マイケル・D・ガーション博士は著書『セカンドブレイン』で、腸は脳とは別に、「感じ、判断し行動する指示を出す」独自の神経系を持つ、第二の脳であるとしている。

「毎日くらぶ」(毎日新聞日曜版) 7/26

梨木氏が、認知症になった氏の友人とのふれあいのなかで、論理的な言葉のやりとりができなくなり、共通の記憶の参照ができなくなっても、表情やしぐさや昔からの習性(くせ)によって、友人が「その人」であることをまざまざと感じられると書く。
「個性(らしさ)は消えない」というタイトルの小連載、その5番目の本記事はそのような文脈で、個性を醸成する器官は脳だけではない、という確信を力強く支えてくれる学説として、この二冊が挙げられています。

 × × ×

僕はこの新聞記事にプラグマティックな関心を刺激されました。

腸と皮膚がそれぞれ第二の脳、第三の脳と呼ばれるからには、脳の機能を完全に代替するとまでいかなくとも、少なくとも一部は脳と似た振る舞いを示す(というか脳が身体に与える影響と類似の影響を腸や皮膚が与えることができる)、または腸や皮膚が脳の機能に直接・間接に影響を与えていることは確かなのでしょう。

その科学的知見を実地的表現になおせば、腸の状態(何を食べたか、または満腹か空腹か)や皮膚の状態(どんな服を(皮膚との接触面に)着ているか、乾燥や湿潤や日焼けの具合、感度の差)によって、脳の機能、すなわち意識状態が変わってくる、といえる。

この意識状態が指すのはおそらく、「頭でそうしようとする局面」ではなく、「頭でそうしようとするがなんだかその通りにいかない局面」である、つまり無意識が(主に?)作用する局面だと思われます。

という思考の筋道によって、
身体の感度を上げることで無意識の作用性(意識作用のメタ構造)に接近できるのではないか、
つまり本記事のタイトルのようなことを考えたわけです。


脳と身体は二律背反である、とは養老孟司先生が著書でよく言われていますが、
無意識は身体が(100%でないにしても)主導している、
とシンプルに考えられないことはない。

まあ、経験的にはそう突飛な話でもありませんね。

 × × ×

第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界

第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界

  • 作者:傳田光洋
  • 発売日: 2007/07/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)