human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

ストイックの倫理

アイン・ランドリバタリアニズムに通ずる記述を見つけました。

現代的な個人主義の理解は、この引用に寄せて書けば、
「倫理的最高価値としての自由」が、
「自己以外の存在の変改や抹消を意味」する、
ということになりますが、ほんとうの(発祥としての)個人主義はそうではない。

そしてこれが、利他主義ではない別の論理から導かれる、
その論理がこの引用には書かれています。


資源の限られた社会における共同体の維持にとって、この倫理は役に立つでしょう。
しかしこの倫理が少数派でしか成り立ち得ないのは、経済原理が先に立つからです。

ただそれは、近代から今に至るまでのことで、
これからどうなるかは(コロナ以前よりさらに)わかりません。

と言いつつ、ニッチの倫理が多数派となることもまた悲劇を呼び込む気もします。
いずれにせよ、価値観の変化は現代社会にとっての希望の一つです。

 ストイックやエピキュリアンが目ざした倫理的最高価値としての自由とは、もちろん、権威、 他人、現実などの、自己以外の存在に自己を犯さしめぬということにあった。しかし、そのことは、ただちに、自己以外の存在の変改や抹消を意味しはしなかった。かれらは現実を現実として認めた。もしかれらに現代流の皮肉をもって報いるならば、かれらは、自己につごうのわるい現実を、むしろ自己の自由を保証し、その昂揚感をうながすための梃子として利用したとさえいえる。倫理の領域においては、つごうのわるいものが、かえって都合よくなるのだ。
 理由ははなはだ物理的である。自己の力量は自己を抑圧するものの力によって測られる。ストイックやエピキュリアンたちの拠った原理は、ただそれだけのことである。外界はできうるかぎり、混乱していたほうがいい。現実はできうるかぎり、ままならぬほうがいい。自己の外にある現実がそういう状態にありながら、しかもそれにすこしも煩されない精神の自律性、かれらはそれを自由と呼んだ。それは逃避の自由ではない。渦中に坐して逃避しない自由である。あらゆる理由づけ、口実、弁解を卻(しりぞ)け、黙して語らぬ自由である。自分が自由であることを、すなわち外界の強力な現実が自己の精神になんらかの痕跡もとどめえぬ自由を、なによりも誇りとし、しかも自分がそれほど自由であることの証左をどこにも示しえぬことに、すこしも不安をおぼえぬ自由である。
 したがって、かれらはつねに現実のなかにあった。今日の自由人は現実に捉えられぬ用心を怠らぬが、かれらは平気で現実のわなのなかにあった。捉えられぬことに心を使うよりは、捉われぬことに心を用いたのである。ふたたび皮肉をいえば、それは「負けるが勝ち」の処世術に道を通じている。ストイシズムは、文化に疎外された田舎者ないしは奴隷の哲学であり、エピキュリアニズムは、力に負けた都会的文化人の哲学である。

福田恆存『人間・この劇的なるもの』中公文庫,1975 p.80-81
下線・太字部は引用者

ちなみに、福田恆存という名前を見てこの古めかしい本を購入したのですが、
前に翻訳者として目にした記憶があります。
もちろん調べればすぐ分かりますが、
たしかコリン・ウィルソンの『アウトサイダー』ではなかったかな…

だとすれば、この思想は「そこ」にも通じているわけです。
 
 
もうひとつちなみに、
「皮肉」という言葉はものすごく多様な場面で使われるので、
その意味を問われると(辞書的な暗記をしていない人なら)詰まるものですが、

この引用を読んで、「皮肉」には多重反射のイメージがあることに気付きました。
つまり、皮肉的視点によって人は状況の外に立つ、ある客観性を獲得できるのですが、
その視点の「皮肉さの質」によっては視点が反転し、
獲得したと思われた客観性が偽りの(少なくとも擬似的な)ものであったことを暴く。
簡単にいえば、皮肉という言葉は常に話者の皮肉性を照射し返す。
だから、皮肉的言辞によって「言い切る」ことがまた皮肉になるわけです。

そう考えると、「科学の反証可能性」とも繋がってきます。
 

そうか、科学は言葉ですね。
 

ポストモダンとはなにか

 
ちょうど選書作業中に見つけたので引いておきます。

これを読むと、思想とは生き方なのだと改めて思います。

そして、「鎖書店」のコンセプトがポストモダン的であることに気付きました。

それで特に驚いたわけでもありませんが。

 ポストモダンとは、モダンの内部において、提示そのものの中から「提示しえないもの」をひきだすような何かのことだろう。不可能なものへのノスタルジアを共有させてくれる趣味のコンセンサスの上にたって良い形式からもたらされるなぐさめを、拒絶するもの。新しいさまざまな提示を、それを楽しむためにではなく、「提示しえないもの」がそこに存在するのだとより強く感じさせるために、たずね求めるもの。ポストモダンのアーティストや作家は、哲学者としての立場にたたされている。彼が書くテクスト、彼が作り上げる作品は、原則として、すでに存在する諸規則によって支配されてはおらず、そのテクスト、その作品に対して既知のカテゴリーを適用することによる、規定的判断によっては、判断されえない。それらの規則やそれらのカテゴリーこそ、その作品あるいはテクストが探し求めているものなのだ。したがって、アーティストならびに作家は、規則をもたないまま、「これからなしとげられてゆくであろうもの、そしてできあがってみてはじめてわかるもの」[フランス語時制の前未来]の諸規則を確立するために、仕事をするわけだ。(…)「ポストモダン」は、未来(post)完了(modo)のパラドクスにしたがって理解されるべきだろう。
 エセー(モンテーニュ)はポストモダンなもの、そしてフラグメント(「アテネーウム 断章」[シュレーゲル])はモダンなものであるように、ぼくには思われる。
 最後に、われわれがなすべきこととは「リアリティを提供すること」ではなく、着想可能であって提示されえないものについての、アリュージョン[暗示]を発明することなのだという点が、明確にされなくてはならない。

J.-F.リオタール『こどもたちに語るポストモダンちくま学芸文庫、1998 p.34-35
太字部は引用者

個人を殺す個人主義の時代

権力/依存、あるいは命令/服従というタイプの関係は、ひとたび作動するとそれだけで自らを強化し、正当化する傾向を持つのである。言うまでもないことだが、かつてジャン・ジャック・ルソーが述べたように、「おのれの力をに、そして服従義務に変えることなく支配しつづけることのできるほど強い人間など存在しない」のだ。だがこの支配の「イデオロジックな」正当化も、力関係に固有の昇華のメカニズムを外部から裏づけているにすぎない。このメカニズムはつぎのように簡潔に要約できる。力関係は、それも絶対的なものであるほど、下位の者の上位の者への愛を、そして上位の者の下位の者への侮蔑を呼びさます、あるいは強化するのだ。

(…)

スチュワート・ミルの省察を引こう。「ギリシャとローマでは、奴隷たちは主人を裏切るよりはあえて拷問死を選ぶのが日常茶飯事であった。ローマの内戦による追放刑のおりには、女たちと奴隷たちが英雄的なまでの忠誠を示した一方で、息子らはしばしば裏切り者となったことが知られている。しかし、多くのローマ人が自分の奴隷をいかに苛酷に扱ったかは周知の事実である。(……)人間に可能なかぎりの最高度の感謝と献身の情が、われわれの生命を抹殺する権力をもちながらそれを行使しないでいる者に対して発揮されるというのは、生のアイロニーのひとつである

グザヴィエル・ルベルト・デ・ヴェントス「意志と表象としての政治」和田ゆりえ訳 p.101-102
今村仁司監修『TRAVERSES/6 世紀末の政治』リブロポート、1992
太字は本文傍点部、下線は引用者

 
引用した部分を読んで、最近日本で起きた官僚の自殺事件を思い起こしました。
そして本記事のタイトルのような言葉が浮かんできました。

 × × ×

事件の当事者としては、「社会事件として真相を明らかにする」あるいは「事件ではなく個人の事情として闇に葬る」といった動機がある。
だから、関係者に取材がなされ、また法廷の場で事の経緯が議論されることに一定の意味はあります。
 
では、事件をニュースで傍聞きするだけの、当事者でも関係者でもない人はどうか。
 
僕らがその報道経過に関心を注ぐのは、政権の生命に関わるという政治問題であるだけでなく、身につまされる話だと、場所を選ばずどこにでも起きうることだと思っているからです。
当事者でない僕らが当事者感覚を持ってこの事件に接することの意味は、「自分がこのような状況に陥らないこと」にあります

この視点からすると、事件の経緯を知ることは「教訓」にはなりません。
それは単に「また起こったか」という、地震や大雨被害などの天変地異のニュースに接した時のような、日本特有の無常観を確認しているだけです。
政治権力のなかで人が死ぬことはもちろん天災ではなく人災で、「政治力学」という言葉があるように、人と人との間の現象でありながら、権力が作動する場は科学的とも言える、ある「メカニズム」を内臓しています(引用した文章にはそのことが書いてあります)。

引用の最後に「アイロニー」という言葉がありますが、権力関係で結ばれた人々に起こる悲劇が逆説的であるのは、それが非論理的に見えるということではなく、当事者は「組織(内の)力学」に呑まれて「組織(という場にはたらく)力学」を見失いがちであるということでしょう。

 × × ×

人が集団生活を営む歴史の古くから起こり続けていることが、同様に現代社会にも起こる。
だとすれば、そういったことが起こるうえで、身分制の廃止や平等観の成立とか、文明の発展とか、生活の豊かさとか、情報取得の自由といったことはあまり関係がない。
社会の総意のようなものを想定すれば、人間社会が組織的活動を必須とする以上は仕方のないことだと言うかもしれない。

でも、古代と現代とで大きく異なる点として、今では(少なくとも先進国に暮らしている)人は所属する組織を選ぶことができるし、一度所属すると決めた組織から離脱する自由もある。
集団における自己の去就の選択肢を有するはずの個人が、致命的な状況において、その選択を適切に行う判断能力を発揮できない。
 
事件はそのように起こる。
その事件の原因を個々の組織の事情や個人の資質に求めたところで、おそらく人々はそれを活かせない(そのような報道を幾度も目にし耳にしながら、同様の事件に人は巻き込まれていくから)。
 
 
以上のことが、個人主義の話とどうつながるのか。
 
僕はアイン・ランドの『水源』を読んでから、自由至上主義リバタリアニズム)に対する印象ががらりと変わり、消費社会との関連で言われる個人主義はそれとはかなり異なるものだと考えるようになりました。
 
後者の個人主義から取り出せる性質に、近視眼的思考があります。
 時間的な近視眼とは、短期的な利益や快楽を追求する発想。
 空間的な近視眼とは、(価値をおく)人間関係の狭さ。
これらの近視眼が個人の幸福をもたらすという筋書きは、消費社会の持続的な経済成長という要請(じつはこの「持続的」も実際は短いスパンに過ぎませんが)に基づいている。
という論理は納得はしていたのですが、『水源」に描かれているとても視野の広い自由至上主義の思想に触れて、この論理がたしかな実質を得た気がしたものでした。
 
閑話休題
 
個人主義の近視眼的な性質、あとポストモダニズムの半端な解釈というのもあるのですが、本記事で書きたかったことは実は一言で済みます。
 
個人が「個人の選択の自由」をあまりに狭く考えるようになると、(引用にある)「力関係に固有の昇華のメカニズム」に簡単に絡め取られてしまう
 
ALS嘱託殺人の事件も最近ありましたが、これは「自殺する権利、個人が死を選択する自由」にも関係しています。
 
 
個人の意思はつねに個人に帰属し、その意思を十全に発揮できることが自由(ひいては幸福)の証だ。
このような考えは、強く生きようとする人には力になるかもしれませんが、状況によっては、自分で自分の首を絞める自由に陶酔することにもなる。
それも本人の自由だし、本人が選択したのなら是とするべきだ、というのが「半端なポストモダニズム」で、「それは本当だろうか?」と疑うこと、「大きな物語」が消失して価値観の基盤を失った現代人は自分の(というか社会の)価値観をつねに問い続けなければならない(それは必然ではないが少なくとも論理の要請である)、というのが自分のポストモダニズムの理解です。
 
話を戻しますと…
 
個人主義的な人間理解は、集団のメカニズムに対する関心の低さと一体になっています。
それはたぶん、メカニズムによる説明は責任の所在を特定個人に帰せないからでしょう。

 
 
スケープゴート(贖罪の羊)、というのがあります。
昔は現にその羊だったり、他の獣や人だったりがいましたが、現代ではメタファーとしてしか存在しません。

いや、ふとこの言葉が去来したのですが、
個人主義時代のスケープゴート」とは、なにかとてつもなくおぞましいものである
ように思えます。

<AR-F03> 期待が生む恐怖

 
社会の皮相が個性に植え付ける、悲愴なまでの皮肉。
鋼鉄の意志は赤錆に蝕まれ、孤独なアイロニと化す。
苦渋を嘗め尽した過去は、あらゆる未来に恐怖する。
再来の予感を打ち消すことに全力を捧げる徒となる。
 

「どうして、所長はそんなことを僕に話しているのですか? そんなことが、所長が僕に言いたいことではないでしょう。所長自身は、そんなことしなかったのに」
「だから俺は言っている! それが俺のしたことではないから言っている! ...ローク、いいか。君に関して言いたいことがひとつある。俺は怖いのだ。君がしている仕事の質のことではない。君が、世間の関心をひきたいだけの、ひばりみたいな離れ業で人と差をつけたいだけの見せびらかし屋ならば、俺は何も言わない。それならば構わないんだ。世間の有象無象に反対してみせて、喜ばせて、余興の入場料を集めるってのは、うまい商売だ。君がそれをするならば、俺も心配しない。しかし、そうじゃないんだ。君は君の仕事を愛している。かわいそうに、君は自分の仕事を愛している! それが困るんだ。それは君の顔を見れば、すぐわかる。顔に描いてあるからな。君は仕事を愛している。で世間の連中にはそれがわかる。連中は君をものにできるとわかるわけだ。そのへんの通りを歩いている連中のことが、君はわかるか? あの連中を怖いと思わないか、君は? 俺は怖い。連中は君を通り過ぎる。帽子をかぶっている。金を持っている。しかし、それがあの連中の実質ではない。あいつらの実質は、仕事を愛する人間への憎しみだ。それこそ、あいつらが憎むただ唯一の種類の人間だからだ。なぜだか俺にはわからん。ローク、君はあいつらひとりひとりの前で、自分をまるまるさらけだしてしまっているぞ」

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』藤森かよこ訳、ビジネス社、2004 p.75-76

15日目(後半):風にあおられ海で歯みがき 2017.3.15

前半はこちら。
cheechoff.hatenadiary.jp

 × × ×

(3)風・・・今日は一日中風が強く、ほとんど向かい風。ゲタ修理中もひっきりなしに吹いてるし、橋では飛ばされそうになるし[室戸]岬[の周辺]では前に進めないくらいでさすがに疲れた。

風は歩き遍路の大敵です。
頭にかぶる菅笠がもろに風を受けてしまうので、あまりに強い時は外してリュックに取り付けるのですが、かぶっていると心が落ち着くので少々の風は我慢したりします。
「橋で飛ばされそうに」という記述にはっきりとした記憶はありませんが、それは数多く起こった同様の出来事のどれがこれに当たるかが判然としない、という意味です。

(4)今日の行程・・・↑とはいえこの天候で鼻緒切れで16:30に宿に着けたのはなかなかのペースでは。6時スタートでコンビニ前で朝食とったあと慌ただしかったが[ママ]、行程を終えてみればなんとかなったといえる。
(5)堤防の上に座って歯みがき・・・これはこれで気持ちいいね。「海の家」での生活をちょっと体感できた気分。

海を目前にしながら歯みがきをした光景は覚えています。

いつもは宿での朝食の後、出発前に宿で歯を磨くのですが、この日は朝がコンビニだったので(なんでだろう?出発が早すぎたからかな)、歯を磨くタイミングを失していたのでした。
たぶんコンビニのトイレとか公衆トイレとかを期待して歩いていたのだと思いますが、行先にT字路があって、直進行き止まりのその向こうに海が開けているのを見た時に「ここで歯みがきしたら気持ちよさそうだ」と思いついた。

胸の高さほどの堤防壁の下でゲタを脱いで堤防に登って胡座をかき、飲料用のペットボトル水をちびちび使って、波の音を聞きながらゆったりと歯を磨く。
堤防壁は車道の側道である歩道(つまりふつうの歩道)に平行にあって、つまり車道も歩道も日常の地元のリズムを刻んで車通り・人通りがあるわけですが、歩き遍路はもちろんそのリズムとは異なる時間感覚でいながら、生活風景に自然と溶け込む。
白衣と菅笠の力でもあり、もちろんそれら遍路装束に力を与えている四国の遍路文化の妙ですね。

(6)行者の人・・・堤防歩道で長々と喋る。半分以上意味不明だったが、毎日歩くのはいいことだそうだ。「若いうちからが大事だよ」。そうですか。霊能力の話、水子供養の話など。
所感:風があって散々な日だったが無事で何より。ヒザは左が傷んでいるが(27)の下りも自然道でおりられたのでこの分ならなんとかなると思われる。平地続きの間はいたわって回復したいところ。******[滲んで判読不能]

「行者の人」は遍路ではなく地元の人で、30分とかそれくらい立ち話をしていたと思います。
頭は坊主で作務衣を着て、懐手に目はギラギラしている。
話の内容は全く覚えていません。
日記の記述からすると、その人の(つまり霊能関係の)仕事上の出来事を話してくれたのでしょうか。
まあ土地柄からいってありふれた(というか「土地柄だしみんな聞いても驚かない」というだけで実際ありふれてないかもしれませんが)話題ではあります。

マトリックスと目鱗

本記事はメモです。

 × × ×

https://twitter.com/three_turner

たしか去年からツイッターで細々と鎖書店の選書メモを発信し続けていて、
けれどフォローを全くしなかったので発信力という意味では弱いなとふと思い、
フォローを始めることにしました。

ただ本アカウントはネット上の情報収集の成果を発信するものではないので、
他のアカウントのリツイートはせず、
また表示もしないことにしました(調べると、ミュート機能があるのですね)。

それで、ツイッターに引用した本の著者名で検索して、
著者ご本人やその著者に関するツイートをしている方々を、
一冊につき一人、唐突にフォローするというルールを決めました。

以上は仕事の話で、かつ経緯で、以下から話はがらりと変わり、

甲野善紀氏のツイートを見ていると光岡英稔氏のリツイートに、
身体運用に関する考察として興味深いものがありました。
ただ、今このことについて掘り下げるタイミングではないので、

そのメモです。

でも思いついたことをちょっとだけ…

マトリックスは観ましたがあまり覚えていませんが、
えー、なんだっけな。

目から鱗が落ちる」という諺があって、
その目鱗は油断しているとどんどん嵩が増えていくもので、
意識してふるい落す習慣(機会をもつ、ということですが)をつくらねばならない、
という記述をなにかの本で読んで、
光岡氏のいう「幾層ものマトリックス」、「剥がした先に身体がある」という、
このマトリックスも目鱗と同じようなものだと思います。

だから、いつでも身体にダイレクトにアクセスできる状態を保つ、
というのは現代社会の日常生活では非常に難しくて、
アクセスの具体的な内容はそれこそ深淵なんですけど、
そもそもその入り口、作業開始の準備自体も大変だと。

それはそうで、
でもその「準備」に手間のかからない生活、生計の立て方もできるはずで、
(それには現代社会に流されない、いや抗う姿勢が必要です)
そういう視点はつねに持っておきたいです。

15日目(前半):食べ放題の刹那的幸福、応急鼻緒の刹那的命脈 2017.3.15

この日は記述が多いので、小分けにコメントしていきます。
ちなみに、<**日目>の行に書いてあるのは、その日にお参りしたお寺、泊まった宿、歩いた距離です。
距離は遍路地図から算出しています。

<15日目>27神峯寺→宿(ビジネスホテル弁長) 23.5km

(1)居酒屋「白牡丹」にて・・・好きなものを好きなだけ食べた。やきめし、白牡丹焼き[何だっけな…]、熱カン「土佐鶴」、鳥の足、串カツ、にんにく唐揚、白飯、ソフトクリーム、…。食べてる間は幸福だが、後の方がキツい(水**[解読不能]をたらふく飲んだ)。翌朝食をいつものように白飯おかわりして食べてみて、自分はこちらの方が(少なくとも旅の間は)合っていると思った。「おいしいものを食べる」より「ものをおいしく食べる」方が自分には合う。酒も別にいいかな、と。

これは宿に到着してからの出来事ですが、話に前段があります。
四国遍路を出発する前は京都市内に住んでいたのですが、ときどき大阪市内にある父の会社の近くの、父のいきつけの食事処へご相伴に預かりに行くことがあって、そのお店のマスターやママさんともよく喋っていたのですが、出発が近くなった頃に遍路に行くよという話をしたら、マスターが「高知にオススメの居酒屋があるから機会があったら寄っていきなよ」と言って紹介してくれたのが、日記にある白牡丹というお店でした。
この日に泊まる予定のBH弁長も、白牡丹のすぐそば(同じ並び)にあるという理由で決めて、行程もそのために調整をしました。

で、まあ特に変哲もない居酒屋ではあって、後日談でマスターも「いや、別に俺も行ったことないんやけどね、ごにょごにょ」とオススメしてくれた理由もよくわからなかったんですが、その時は遠く高知の地から大阪のことを思い、必然的に出発からここまでのことを振り返ることになって、会社帰りの地元のサラリーマンの方々に混じって、一人で感無量の思いでした。
それで調子に乗って、旅中の普段は禁酒&粗食(おかわりできる白飯だけはたらふく食べる)でいたのを、とにかく食べたいと思ったものを食べる、酒も飲む、と決心してバカみたいに注文しまくったのでした(日記のメニュー列記の最後に「…」とあるのは、思い出せないだけでまだ他に頼んだ品があったことを示しています)。そしてやっぱり後悔して、「粗食でいいか…」との納得に至る。そのことを「少なくとも旅の間は」と控えめに書いていますが、まあ今も同じ考えですね。誰かが一緒にいれば別ですが、一人で贅沢をしようという気にはなりません。

(2)鼻緒が切れる・・・翌日の引導を前に突然。(27)[神峯寺のこと]の坂を下りた後でよかった。菅笠の紐が[鼻緒の代わりに]丁度使えそうだったので作業しているとトラックのおじさんが停まって手伝ってくれた。テグス(釣糸)を使えば鼻緒用の穴にラクに通せる(サイホウの糸通しの要領)。おかげで2重で通せたが、堤防歩道を歩いていてまた切れる。今度は手ぬぐいを使うが1kmも歩かぬうちにまた切れる。そこで団体遍路が通りかかって「鼻緒直さんと」などと喋っていると折れかけた心が持ち直したので麻紐で再々修理。結果的に丈夫そうでゆるみがほとんどない。それはいいことだが山道でこけた時の足が心配。新ゲタ[の鼻緒]が切れた時もこれでやるしかないのはないが。

「翌日の引導」とは、次の日の宿に注文した下駄が届く予定のことを言っています。

神峯寺(こうのみねじ。今調べるまで「しんみねじ」と読んでました汗)への遍路道は急坂があったようで、それは覚えていませんが、坂を大体下りて、ちょっとした高台で町が見渡せる、畑のそばで下駄の鼻緒修理をしたことは覚えています。
軽トラックがそばを通り過ぎたと思ったら前方で停まって、出てきたおじさんがこちらを気にかけて作業を見に来て(たぶん手間取っていたのでしょう)、荷台からテグスを取り出して「こうすりゃいいんだよ」とやって見せてくれました。ツールとしてのそのテグスも少々もらいました。

二度目に切れたのは、交通量の多い大通りと海に挟まれた「堤防歩道」だと日記にはあって、その辺りの風景も覚えていますが、修理作業をしたのは、大通りの対向する車道にY字に挟まれた三角州的な空き地(草が生えてて松の木とかもある)ではないかと思います。車の音がうるさくて、排気ガスも目に見えるようだった…と鮮明なのは苦しい記憶が多いですね。

三度目はそのすぐあと、平べったい道路のコンビニの手前でした。コンクリートブロックの上に座ってうつむいて作業をしていて、一日に三度も切れるなんて相当ついてない、と気が滅入っていたのだと思います(そういえば、大学生の時に大阪〜宗谷岬の自転車旅をした時に、一日に三度パンクしたこともありました)。それが、修理中に通りがかりの人や遍路に話しかけられたりなどすると、「鼻緒が切れたからこそ生まれた縁だ」と前向きに考えることができるわけですね。

この考え方は歩き遍路をやっているうちに身体化してきますが、今の自分にもしっかり根付いています。
僕はこれを前向きとかプラス思考だとは思ってなくて、「ある出来事の良否はそう簡単に決まるものではない」、極論を言えば「死ぬ時に『いい人生だった』と思えればすべてプラスだ」ということなんですがそこまではいかずとも、要するに未決の思考、「評価の未決定性」の姿勢が縁を呼び込む、ということです。


この日の三度の修理で、それぞれ使った材料が違っています。鼻緒で切れるのは親指と人差し指の間を通る短い部分で、この部分の材料のことですが、これは遍路出発前に京都で予行演習(というか修行)していた時には修理経験が一度しかなく、修理に確実な手応えのないまま出発してしまったことの顛末で、材料の候補も決定打がなかったので実地でいろいろ試してみた、ということです。

この日はもちろん、旅の間で結局決定打は見つからず、履物屋で締めてくれた元の材料をいかに切らないように履くか、という方針に旅の後半ではシフトしていきました。
というのも、鼻緒の切れやすいこの部分にかかる負担は相当のもので、柔らかい布だとすぐ伸びてしまってぶかぶかになるし(手ぬぐい、菅笠の紐はこちら)、硬い紐だと突然ぷつりと切れてしまう(麻紐はこちら)。この日は応急処置はあくまで応急でしかない、ということを身にしみて感じた日でした。


日記の「山道でこけた時の足が心配」というのが、足の具合のことを指しているように読めますが、文脈からこれはたぶん「こけた時の鼻緒が心配」だと思います。
というのも、鼻緒にかかる負担のことで、ふつうに歩く時もさることながら、つまずく・こける時には大体ろくでもない踏み方をして鼻緒にとんでもない張力がかかる。
つまり、鼻緒が伸びたり切れたりするのはほぼ「こけた時」で、これが意味するのは「応急処置で辛くも命を繋いでいる鼻緒は一回こけると台無しになる」ということです。

それでいて、この天狗下駄遍路は、一日に一度もこけない日はなく、アスファルト道はまだましでありながら(でもマンホールとか排水溝の蓋は非常に滑りやすくデインジャーです)、山道や砂利などの自然道では数え切れないほどこける(というのを京都修行ですでに身に染みて、「いかに転倒しないか」ではなく転倒した時に「いかに怪我しない"こけ方"をするか」を習得してから出発したのでした)、という過酷な旅です。

この文章を読むだけで、「鼻緒の応急処置」の心もとなさ、切なさはお分かりいただけると思います(T-T)

(続く)


p.s.

14日目の記事に載せればよかったんですが、今思い出したのでこちらにリンク。
cheechoff.hatenadiary.jp
僕は大学生の頃からずっとブログを書いてきて、自転車旅でも途中で寄ったり泊まったネットカフェでリアルタイム道中記を書いたものですが、この遍路旅ではそんなことできんな…と思っていたところ、14日目に情報収集のためネットカフェに行った時にふと思いついたらしく、ガラケーからメールでブログの投稿アドレス(たぶん今はない古い機能でしょう)に送ってコンパクトな道中記とすることにしたようです。

というわけで、今後の回想録にもこの道中記をリンクさせていきます。
写真があるので当時の雰囲気も幾分かよみがえります(下駄の写真多そうですけど)。

鎖書店のABOUTページを更新しました

ふと思いついて、鎖書店のコンセプトを書いたページ内容を改訂しました。

3tana.stores.jp

いままでは販売サイトを立ち上げる時に勢いで書いた内容オンリーのごつごつした文章だったんですが、久しぶりに最初から読もうとすると、自分で書いた文章ながら読みづらかったので、読みやすさを重視して修正を施しました。

すると口語調というのか、内田樹氏の本のまえがきのような文体になりました。

内容は変わっていないのですが、コンセプトの主軸が「非消費者的な読書」であることを改めて認識したので、文章の頭にそれを持ってきました。


ここに書いてある論理が購買的な魅力になるのかどうか、
それを「それはあなた次第だ」と言ってしまうのは、
マーケティング的な観点でいえば上手ではないのでしょう。


まあ、それはそうとして、
非消費者的というのは非匿名的でもあって、
それは読書自体も非匿名的になるんですが、
(ということは「匿名的な読書」なんてものもあるわけです)
この観点からの掘り下げがなされていないので、
折りを見てまた考えようと思います。

いま懸命に読解を進めている『生活世界の構造』(アルフレッド・シュッツ)という本に、他者経験の匿名性・非匿名性についての話があったので、この本を引用して思考を進められるかもしれません。

 × × ×
 

14日目:高知市街で一本歯を探すが見つからず 2017.3.14

ロルバーンのリングノートに書いた14日目の日記は以下だけです。
というのも、この日は歩き以外の移動日で、その移動の際に日記を携帯するのを忘れたからです。
(メイン荷物の登山ザックを奈半利駅のロッカーに入れたのだったかな…?)
高知市からの電車の帰りに、歩き遍路必携の遍路地図である「黄色い本」の余白にメモをした、という内容だけ日記に書いてあります。
そしてその黄色い本は最早手元にはありません。
以下、遠い記憶を呼び起こしながら書きます。

<14日目> →奈半利駅高知駅→宿(ホテルなはり) 9km
 ⇒遍路地図のさいごのページ参照

四国遍路を出発してちょうど二週目となったこの日は、高知市街へたどり着く手前で早々に宿を決め、電車で先に高知市に入って履物屋を探しに行きました。
一本歯の下駄の歯がアスファルトですり減り、まともに歩ける状態ではなくなっていたので、歯を替えてもらうか、そうでなくとも下駄本体を買える店を探す必要がありました。
これまでの道中、四国の履物屋事情について地元の人に何度か尋ね、生活感覚とはいえ「高知で下駄履いてる人は見たことない」などと言われて、不安ではありました。


奈半利駅から高知駅へ向かう鉄道はモノレールのように街並みの上を走ります(モノレールなのかな?)。
これから歩いて向かう所へ先に電車で行くのも変な気分ではないかと思えますが、歩くことが日常となった当時の自分は、日常とは完全に分離した「非日常」として、淡々と受け入れていたはずです。

高知市は土地が平坦で、南に大きく開けた印象がありました。
 市内に限りませんが、高知県の海沿いの町はだいたい、広域で標高が低い。
 (六甲や尾道のような、斜面に家屋が連なるような光景は見られません)
 海抜を示す立て札が至るところに立てられ、避難所の案内板も多く見かける。
 ちょっとした小山(神社や祠の敷地程度の)があれば、その上方に備蓄倉庫がある。

高知駅へ着き、旅行案内所で情報を集め(→得られず)、ネットカフェへ行って市内の履物屋について検索することにしました。
自分はガラケーしか持っていなかったからです。
(旅の出発前、本当は携帯すら不携帯にするつもりだったんですが、道中での宿の予約を公衆電話に頼るのは相当にリスキーだというまっとうな認識が勝ちました。徒歩という原始的な移動手段に合わせて文明の利器は然るべく排除する、というようなことを計画時に考えていました)
電話をかけたり、連絡がとれずいくつかの店の地図をメモして実際に足を運びましたが、捗々しい結果は得られませんでした。

仕方なく、神奈川県在住時に自分が初めて天狗下駄を買った、東京の履物屋に電話をして、何日か後に泊まる予定の宿に下駄を送ってもらうことにしました。
そしてもちろん、その宿にも予約を取り、荷物が届くことを伝えて了承してもらいました。
こうなると、下駄を手に入れるまでは、歩く行程を予定通りこなさねばなりません。
元々はその日の進行具合で当日に宿の予約をすることも多かったので、なかなかのプレッシャーとなります。

とはいえ、こうなるだろうとは数日前から予感していたことです。
旅に予定外はつきもので、それを嘆かずに粛々と受け入れるのが旅行との違いであり、さらにはこれも(弘法大師のお計らいによる)縁だと思って有難く思うのが遍路人の心得であります。
本当に自分がそう思っていたかは、知りませんが。


夕方まで市内をあちこち歩き、電車に乗って奈半利に戻ってきた時は日が暮れていました。
宿には、というかホテルですが、最上階に展望露天風呂があったことを覚えています。

甲野善紀氏の simple complexity についての私見

複雑性(コンプレクシティー

確実な計算のための情報が欠けていること。複雑性の下では処方箋を書いても呪文を唱えても効き目がない。ただし、「それ自体として」複雑な対象があるわけではないのであって、ある構造がどれだけ複雑で「ある」かはそれを記述できる形式によって決まってくる。
(…)
人は環境に対して適切に反応できるほど自分自身が複雑であるわけではないから、複雑性の縮減と複雑化の埋め合わせが必要になる。過度の複雑性は、縮減の強制という実践に駆り立てる(そうすれば安心できるかのように思われる)。しかし、複雑性の縮減で問題が片づくわけではない。外部の複雑性の縮減は内部の複雑性の増大をもたらすのである。組織は、外部の複雑性を縮減し外界を見通しの利くものにした分だけ、みずから複雑になる。その結果、コントロールのための分業が不可欠になる。システム自身が複雑になればなるほど、それは命令によって制御しにくいものになるのだ。

「用語解説」p.282 (ノルベルト・ボルツ『意味に餓える社会』)

この「複雑性」についての用語解説は、とても重要な知見を多く含んでいます。
自分の関心に対しては3つくらいリンクがあるのですが、その中の一つについて書きます。

 × × ×

「外部の複雑性の縮減は内部の複雑性の増大をもたらす」

この言明はメタファーとして広く適用できる可能性を持っています。
解説では組織が具体例に挙げられ、個人としての人に対しては抽象的にだけ触れています。
僕の興味は、では個人において複雑性はどのように発現しているのか、です。

その流れで、ふと甲野善紀氏の言葉を連想しました。
「矛盾を矛盾のまま矛盾なく取り扱う」のが氏の武道における基本姿勢だと、
内田樹氏との対談本で発言されていた記憶があります。
その氏が武術研究に身を置くことになったきっかけの考え方について、
手元に本がないのですぐに引用できないのでひとまず記憶の印象で書きますが、
 「人間における自然とは何か
 「人間の運命は必然であると同時に偶然である
といったテーマの探求を生涯の課題とする決意に至られたが、
それによって氏は自分がいかなる状況に陥ろうとこの課題への関心は失わないだろう、
と思われたようです。
つまり、自分の行動、そして自分のまわりで起こる出来事のすべてが、
自分の探求テーマと深い関わりを持つがゆえに熱心に取り組まざるを得ない、
ということだと思います。


先に引用した複雑性に関する言明を、個人について当てはめてみます。

まず、以下のように考えてみる。
 個人における「外部」=個人の外部認識
 個人における「内部」=個人の内的欲求
これを単純に言明に当てはめると、2つの命題が導ける。
 ”外部認識の複雑性の縮減は、内的欲求の複雑性の増大をもたらす”
 ”内的欲求の複雑性の縮減は、外部認識の複雑性の増大をもたらす”

命題の逆は真とは限りませんが、論理学的には対偶は真であり、2つ目が成立します。

さて、命題の逆か対偶かは今の自分にあまり関心がなくて、
それはつまり1つの命題が含む2つの現象の因果関係はどうでもよい。
問題にしたいのは、2つの現象に相関があり、並立していることです。

僕が甲野氏を連想したのは、氏が上記2つの、後者だと直感したからでした。
自己のシンプルな欲求に基づいて、複雑な現象を複雑なまま取り扱える人物。
僕はこの意味で、氏のような(氏が目指す)思想を体得したいと思う者です。


一方で、上記2つの命題の前者。
ちょっと分析してみたいと思ったのは実はこちらのほうです。

具体的に言い直してみます。
世界の成り立ちを単純化して捉える、自分が何をしたいのか分かっていない人物。
こんな人がいるだろうか、と疑問に思う前に、
この類の人における「内的欲求の複雑性」について考えます。

それは例えば、思想の問題、言語運用の問題です。
複雑なものを単純に言い表そうとすれば、切れ味は良くても、取りこぼれが生じる。
言語運用における複雑性の縮減の常用が生み出すのは、
いずれ山となる「微妙なもの」、ニュアンスや行間に潜むものの蓄積です。

言葉に対する正確さを求めなくなる、その怠惰の影響は当然、自己表現にも及ぶ。
端的に表される、自分が欲しいもの、やりたいこと、好きな言葉。
それらが自分自身を表現していると思い込むうちに、ふと兆す不安。
「内的欲求の複雑性」が指すのは、その不安を解きほぐす手段が失われている状態です。


「矛盾を矛盾のまま矛盾なく取り扱う」こと。

この言葉は、単に言葉の限界を表しているだけではありません。
言葉の限界を受け止め、それでも使うしかない言葉によって、その限界を打ち破る。
限界は無限への導きの糸であり、不自由は自由の探求に不可欠な素材です。

これは、設計されたシステムには代替できない、徹底的に個人的な仕事です。

 × × ×

身体を通して時代を読む (木星叢書)

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