human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

自然(じねん)と他力縁願

河合隼雄の、外国での講演録を息子さんが訳した本を読んでいて、
出典がなんだったか、
町の人々が近々こんな服装を着た高僧?が町にくるという夢(お告げ?)を見て、
実際に来た人は侍だったのだけど町の人がみなその侍を崇めるので、
その侍は実際に高僧になることにした、
といった話(細部の記憶怪しい)があり、

いっぽうで自然(しぜん)と自然(じねん)は違う、
という話が別のところであり、
自然(じねん)に従うには……の方法論が、
曖昧ではあれ書いてあったが内容の記憶はなくそれはさておき、

他力本願という言葉があるけれど、
「本願」がその人自身分かっているかわからなくて、
たぶん自然(じねん)に従って願いが叶うかたちというのは、

「他力縁顔」(たりきえんがん)

とでも表現すればしっくりくるのではないかとふと思った。
人類の願いという言い方も、
夢や無意識を含まればあながち大風呂敷でもなく、
一度この表現が膾炙して道具化すると歯浮きになる。

道具化というのは、道具主義(instrumentalism)的利用ということだけれども。