human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

 -小説的思考

香辛寮の人々 2-11 微々と縷々

前記事からの続きです。 いや、インタールードかな。 久しぶりに、フェンネル氏登場。 対するは、直接は初登場のアニス嬢。 × × ×香辛寮「G&S&B(ジーエスビー)」のリビングにて。 テーブルには一組のコーヒーと、各々その傍らに男女。時は夕暮れ。 建物は…

香辛寮の人々 2-10 存在と意味

「僕にも昔ね、気になる女の子がいたんだよ。小さいんだけど妙に落ち着いていた。女子には珍しく女子同士でグループを作らずにさ、男子たちのノリにたった一人で違和感なく混ざりながら、その表情には妙に惹きつけられる可愛さがあった。 ふつうの女子にはな…

香辛寮の人々 2-9 Can one speak about unspeakable? (5)

フェンネルは向かいの椅子に向かって話しかける。 「すべての言葉は沈黙に通ずる」 テーブルには彼以外だれも座っていない。 「言葉というか、会話だけども。二人で延々と続けていれば、いずれお互いに言うことがなくなる」 もちろん空間は返事をしない。 「…

香辛寮の人々 2-8 (承前)

香辛寮の人々 2-5 「シンゾー・エクリチュール」 - human in book bouquet 香辛寮の人々 2-6 (承前) - human in book bouquet 香辛寮の人々 2-7 他責主義の底に潜むもの(承前) - human in book bouquet * * * 「僕はここ最近ずっと、システムについて考…

香辛寮の人々 2-7 他責主義の底に潜むもの(承前)

cheechoff.hatenadiary.jp cheechoff.hatenadiary.jp * * * ヒハツ・コーヒーが入ったカップ2つを手にして、フェンネルがテーブルに戻ってくる。 「この胡椒自体に燻製のような香りがあってね、ドリップ前に粉に足すとコーヒーに深みが増すんだ」 「ふむ。…

香辛寮の人々 2-6 (承前)

cheechoff.hatenadiary.jp * * * カップのコーヒーは空になっていたが、二人とも特に気にするふうでもない。 「君が居心地が悪いと感じたのは、会話はいちおう論理的に整合性がとれているというだけで、言葉のやりとり以外の面でコミュニケーションが成立し…

香辛寮の人々 2-5 「シンゾー・エクリチュール」

フェンネルは共同の居間で新聞を読んでいる。両肘をテーブルにつけ、片手にコーヒー。居間には彼しかいない。 業だな、と感じる。昨今のウィルス報道のことだ。 報道はニュースをなんでもかんでも伝えるが、その姿勢はマスコミに必然の他力本願だ。その言葉…

香辛寮の人々 2-4 「アニス嬢によろしく」

階段を降りる足音が聞こえたあと、ディルウィードが居間に姿を見せる。 彼はソファでコーヒーを飲むフェンネルに目を留め、笑顔になる。「こんにちは、フェンネルさん。いい香りがすると思ったら」 「やあ。君も飲むかい? さっき淹れたところだよ」 「あり…

香辛寮の人々 2-3 明けない夜に、空けないウィスキー

ティーチャーズを飲むのは今日が初めてだ。 スーパーに置いてあるものでは、シーヴァス・リーガルとジャック・ダニエルが好きだという記憶がある。 ただ、初めてウィスキーを手に取った大学生の頃に飲んだ安酒も、味は覚えている。 今好んで飲む気にはならな…

Can one speak about unspeakable? (3)

→(1) →(2) × × ×「『沈黙に至る雄弁』というものを考えてみたのです」 「ふむ。つい最近どこかで聞いたような表現じゃの」 「……」 「……」「言うことがなくなって黙り込む、ということかな? もうおしまい?」 「いえ、ちょっと一人でデジャビュに浸っており…

Can one speak about unspeakable? (2)

→(1) × × ×「『沈黙に至る雄弁』というものを考えてみたのです」 「ほう。どこかで聞いたことのある表現だな。それは具体的には、どういうものかね?」「前に話していたように、言葉がそこには存在していないはずの沈黙という状態を言葉で表現したい、いや、…

香辛寮の人々 2-2 「他愛のある人、自愛のない人」

フェンネルは居間のソファで寛いで本を読んでいる。廊下がゆっくりと鳴る音が聞こえる。フェヌグリークが姿を見せる。 「ここにいたのね、フェンネル。ちょっといいかしら」 「どうぞ」フェンネルは顔を上げて、向かいのソファを手で示す。フェヌグリークは…

Can one speak about unspeakable? (1)

「沈黙について語る、にはどうすればいいか、考えているんです」 「それは、沈黙すればいいのではないかな? 文字通り」 「……そうですね」 「……」「いえ、その、言葉にしたいのです」 「沈黙を言葉にする? 沈黙を破って?」 「矛盾して、聞こえますかね」 …

香辛寮の人々 2-1 「脳の中の博物館」

時が離散的に流れている。自分の周りを現れては消える事物が、移動ではなく、点滅しているようだ。日の光が、雨の細やかな粒が、チャンネルを切り替えるように明滅する。昼と夜の違いが、左右の違いでしかない。左右とはつまり、決まりごとのことだ。一方で…

ゆくとしくるとし '18→'19 4

今年の抱負の話をしましょう。 仕事用のHPの更新が滞っていますが、これは「とりあえず更新しておこう」というモチベーションが薄くなったからです。 必要ではない、と思うことは書かなくなった。ですが、その更新が今月また復活すると思います。機械設計の…

陸のない地球の話(序)

「陸のない地球の話をしよう」 「面白そうね。どんな話なのかしら?」 「僕らは海で生活をしている。海の中で、または海の上で。生活の具体的な描写は後々考えることにしよう」 「あら、私はそこが知りたいのだけれど。お父さんは船の上で釣りをして、今夜の…

香辛料の国 1-9

ローズマリー画伯の言葉を反芻する。「絵を描く間、時間が不思議な流れ方をする」。このことは「不思議でない時間」、すなわち通常の時間の流れ方をも示唆する。 感じる者によって、そして同じ者でも状況によって、時は不規則に刻まれるだろう。すなわち、そ…

香辛料の国 1-8

神の存在は任意である。誰のためにいるわけでもない、我々に関与しない存在として、神はある。信仰して跪くのも、邪教と罵るのも、我々の都合に過ぎない。祈りは浸透し、呪いは顕現する。形のない思念は、神を透明にする。 かつ、触れれば反力で応え、凭れれ…

香辛料の国 1-7

香を永遠に失った者は、月と縁が切れる。湖は止まり、波立たない理想鏡であるはずの水面に、何も映らない。 色を吸収し尽くし返さない者を、風はすり抜ける。彼の周りで流れは淀み、その一点へ向けて、生死の定かでない薄まりは異世界への扉を思わせる。 消…

香辛料の国 1-6

文字のない本。ページを開けば広がるのは白紙ばかり、ではない。我々は紙の上のそれを、普通の本と同様に読むことができる。ただそれは、文字ではない。たとえば僕が、それを見る。読む。その本のあるページは、すると僕に問いかけてくる。僕はその本に対す…

香辛料の国 1-1

透明の理想。感覚に夾雑物がなく、思考が研ぎ澄まされた状態。圏外から流入する全てを許し、境界の内側から生み出される全てを受け入れる。生きていること以外に興味がなく、すなわち生命の存続に拘りがない。混じり合い、溶解し、呑み込まれ、分解される。…

香辛料の国 1-5

存在するものを共有できる人数は限られている。しかし、存在しないものを共有する人数には、限りがない。これは、その価値や重要性とは関係がない。ただそれが、存在するか、しないかの違いだけだ。 けれど、その「ないもの」を、あるように見せることができ…

香辛料の国 1-4

連想の契機、可能性の感覚。夢は叶うと色褪せるというが、これは夢を現実化する能力や資源に恵まれない者の負け惜しみではない。何かができる、自分は変われると思うのは、今の自分には手が届かないが、霞む視線の先に未知の色を見るからだ。 味や香の組み合…

香辛料の国 1-3

色の混じらない虹がある。五つの各色ははっきりと濃く、境界も明確で、五つの独自の主張となる。相手に見せるのはそのうち1つだけだが、その相手はこのこと、つまり「今目にしているのは五つのうちの1つだけ」であることを知っている。ふつうは2つ、持て…