32日目:雨対応、匙加減と感覚、虚実的多元化 2017.4.1
<32日目>…→大畑旅館 23km
(1)雨の事後処理
翌朝になってゲタの鼻緒がビショ濡れなことに気付く。
あわてて新聞紙を数度に分けて巻くが湿り気がとれず。
出発前に「巻きながら履く」を思いついて実行(短冊状に切った新聞紙を巻きつける)。
歩いてみて意外に冷たくない。
変え[代え]をいくつか持っていれば何とかなる。
でも雨の日の宿到着後の[鼻緒を乾かす]処理は忘れずに!
ゲタにも実は雨具があって、爪掛けといいます。
cheechoff.hatenadiary.jp
ゲタの台座の前部分、足指で踏ん張るいちばん大事なところを濡れから守る。
写真にある通り、鼻緒も前部分しか守られていないし、
というか、小雨ならまだしもザーザーに降っていると、
そもそも水たまりの跳ねや何やらで爪掛けの中もグショグショになる。
全身濡れそぼろの日も道中これまで何度かあったはずで、
多分そんなこと分かってたと思うのですが、
意外に、いや今「あー」と思いましたが、意外にゲタは忘れちゃうんですね。
リュックやら手荷物(あれば)は、宿に着けば全て部屋に上げて、
部屋の中で手入れやら何やらをするわけですが、
ゲタは玄関に置いたままなので、ついつい手入れするのを忘れる。
自然道を歩いた日は台座が土で汚れるので(コケて脱げてりゃそれはもう)、
宿で毎晩ボディ全体を雑巾で拭くぐらいはしていいはずなんですが、
なぜかしら、そういう習慣が根付きませんでした。
宿到着でやれやれ一安心とか、
宿の人の「まーまーゲタなんて履いて!」に続く問答に気を回して、
余裕がなかったのでしょう。
いや、そういえばホントに、
宿着いてからはやることがありすぎて余裕なかったな。
手書きの日記更新は常に滞る傾向にあったし、
どこの宿でも大体やるなって注意書きあるんですがエアコンで洗濯物干しとか、
その前に風呂でどの服をどう洗うとか、
後ろめたいことも含めて思考を巡らせていたので。
ああ、あと風呂に入れる日は「翌朝出発までに何回入るか」とかね(笑)
後々書くと思いますが(もう書いたかな?)、
温泉のある宿坊に泊まった時は、つごう三回入りました。
これはまあ、必要ではなく執念ですね、単なる。
…いや、完全にそうとも言い切れないか。
ボロボロの身体を癒すべく湯船の中でマッサージとかしてましたしね。
(2)雨テンションのツケ
歩き始めは頭が重くてカゼ気味かと思った。
前日あれだけ根性出せばしょうがない…
柏[地名?]からの長い自然道に行くか[遍路道の分岐点で]迷ったが、
標識が呼んでいるのでがんばってみると元気が出てきた。
やはり自然道は[身体に]よい…
チョコを要所で摂取しながら軽快に進んでいたが、
終わりに見えたところで自然道テンションが切れてしまい、
その残りが大変だった。
後半で何度かコケてまた鼻緒がのびたので調節。
手ぬぐいを使う(片方)。
どこかで結び目をほどいてリセットした方がいいかもしれない。
「身体性の賦活」という観点では、
平らな道より凸凹のある道の方が効果が高い。
意識では平坦な道の方が安全だしラクだと思っちゃうんですが、
緊張が切れるとドッと疲れがくるということもあり、
「火事場の馬鹿力」ほどではないにせよ、
身体は張り甲斐のある場面で張ろうとするものなので、
敢えて困難な道を選択する方がプラスに作用することがあります。
ただ「後半でテンションが切れた」とある通り、
自分の体力と相談の、程度問題を軽視すると痛い目に遭う。
が、痛い目に遭うことで「程度問題」の匙加減が掴めてくる。
ここでも、ぐるぐる、ですね。
いやしかし、こう書いていてふと思うのは、
こういうことは大事なんですけど、
これを人から強制されてやると、色々台無しになるのだろうなと。
自分の感覚とか、価値観とか、
自分自身で培うしかないものそれ自体を教育で与えることはできない。
教育は、そのきっかけを与える、それを経験する場を整える、
そういった間接的なことしかできない。
しつけや規則の習得とのトレードオフ事項、
とすらいえる教育現場の葛藤主要項目ですが、
無論どちらも大事なことで、
どちらを優先するかの場合分けと、
その切り替えをつつがなくこなさねばならないが、
それはたぶん教育の(立場という意味での)当事者が多いほどやりやすい。
逆から言えば、両親が全部見るとか、親が学校に丸投げとかいった、
「教育の一元化」が起こる場では往々にして、教育の間接性が犠牲になる。
真っ先に。
いや突然子どもの教育の話になりましたが、
生涯学習(僕は「生涯研鑽」と言っていますが)という観点に広げれば、
そして対人に限らず、自習やら読書やらも含めれば、
誰しも一考の余地あるトピックではないかと思います。
話の脱線続きますが、
「サードプレイス」の機能も、似た所に要点がありますね。
僕は自他共に認める「海士町でいちばん歩く出不精」で、
勤務先の図書館まで片道40分は歩くけどそれ以外はほぼ外出せず、
家で本読んだり本の仕事したり(違いはどこに…)してますが、
「プレイス」の数をいえば、たぶん「たくさん」あるのだと思います。
読書を趣味ではなく「生活」にすれば、
たぶんそういうことにできる、なりうるのだろうと想像します。
まあ、外にある確固とした「プレイス」ではないので、
努力も工夫もいるし、その存在は決して盤石ではないわけですが。
(3)宿にて
夕食はフランス人の親子と並んで。
二人とも朝追い抜かれた[=すれ違った]。
違うテーブルには家族(夫婦と息子・娘各1)。
トビ[鳶]職という父親と主にしゃべる。
肉(ステーキ)とデザート(りんご・オレンジ・いちご)をもらう。
白飯は何杯食ったか…7杯?!
所感:
若干の体調不良にしてはよく頑張れたと思う。
まあどうあっても歩くしかないのだが。
うーーん、何も覚えていませんね。
メモが雑すぎですね。あと即物的すぎ。
もーちょっと後のことを考えてさあ…(ぶつぶつ)