30日目:転倒談義、風流について、人との出会いはナマモノだということ 2017.3.30
<30日目>39延光寺→宿(秋沢ホテル) 22.8km
(1)地蔵峠
上りは車道で楽々だったが下りが大変。
下り斜面は傾斜がゆるいのスピードを出していたらゆるい土壌に足をとられ、
しかも落ち葉に隠れてその辺一帯がゆるかったので危険回避の二歩目も捕まり、
よく覚えていないが激しくコケた。
左足首をヒネりかけたが(山の右側を歩いていたので一歩目に捕まるのは大体右足)、
それはなんとか防げたものの鼻緒がのびた。
そののびたまま休憩小屋までふんばって下り、小屋で調整し直した。
鼻緒の結び目作りの紐が長かったので布を使わずに間隙を縮めることができた。
早咲きの桜とホトトギスを堪能しながらクジリ作業、風流でした(ハエがうるさかった)。
下線は、たぶん旅を終えた数ヶ月後に読み返してつけたもので、
ハイライトの意味合いがあるのだと思います。
本日記は「転倒談義」に花が咲くことが多く、この日もご多分に洩れずですが、
「危機回避の二歩目」については今でも解説できます。
天狗下駄は基本的に、平らでないもの・滑る所を踏むとコケます。
踏み先が見えていれば心の準備・警戒ができますが、
見えなければ、例えば落ち葉の下の石ころを踏もうものなら、100%コケる。
いや、正確にはコケる前動作として「躓(つまず)く」のですが、
山道を歩く時はもう、ヤバいものを踏まない、ではなく「踏んじゃう前提」で、
踏んでからの反射動作で怪我を回避する、という手順を踏みます。
その基本は、ヤバいのを踏んだ瞬間に、その足にかけてた体重を抜いて、
同じ足で別の場所への着地を図る、というものです。
(なので前に振った足が着地安定するまで軸足(蹴り足)は地面を離せません。
爪先は浮かせますが、蹴り足と着地の運用は「すり足」のようになります)
この日記で言っているのは、多分こんな感じでしょう。
最初に右足でユルユルの土に足をとられ、
咄嗟に右足を抜いて別の場所に置きにいった(=二歩目)がそこもユルかった、
二歩目の時点で全身のバランスはかなり崩れていたので、そこから盛大にコケた。
ホントこんなんでよく怪我せんな…と今の自分は完全に他人事。
下線部もう一つは、恐らく、読み返した時に気付きがあったのですね。
昔の俳句・和歌でも、近現代の田舎や自然只中のエッセイでも、
風流な描写の中にハエ的なものは出てこない。
出てこないが、実は、風流を感じられる自然の勢いがある場所ほど、
ハエやら蚊柱やら、風流を台無しにする側面の自然も顕在化する。
その場にいて、それを無視できてこその風流、ということではなくて、
都会からその場を「回想」して、それを「省略」(捨象)してこその風流なのだと。
風流とは自然との一体化ではなく、「一体化への憧れ」で、
自然を対象化しないと出てこない発想であると。
それは、自然を離れた生活にいる人が、自然を感じるための道具立てであると。
なんというか、都会語に翻訳された田舎の魅力は、
当の田舎の人にはどうもピンとこない、という話でしょうか。
海士町に住んでいると、身につまされるトピックではあります。
(2)今日会った人
延光寺で「くもも」[宿の名前]で一緒だった女性と再会。
宿毛商店街で服屋のおじいさんと長話(一方的な)。
原者[?解読不能]と弁護士には気をつけろ、
もやしは抜け毛にいい、
松尾峠から九州が見える、等々。
所感:
峠でコケたのは過去一番の激しさ。
やはり歯が長いと不安定。
明日も峠越えなので落ち着いて歩こう。
一般的な旅行記では、いや遍路記ならなおさら、
人との出会いについて詳しく書かれてこそ読み応えがあるもので、
なぜ僕の日記ではこの方面の記述が薄いのかというと、
やはり人とのやりとりは印象も内容も濃密で、
しかしそれを一日歩いてヘトヘト状態で書き起こす気力がなく、
(だいたい宿での夕食後、寝るまでにその日を振り返るようにしていました)
トピック(会ったのはどんな人か)だけメモしておけば、
そのメモから後々(旅が終わってすぐとか)復元できるだろう、
という見立てがあったからです。
その考え自体は間違っておらず、
旅のすぐ後で書かれた序盤の回想記はなかなか内容豊富なんですが、
日常生活にかまけて筆を放り出す期間がこれほど延びることは、
当時の僕の想定外だったことです。
さすがにここまで日が経ってしまうと、
沢山あった出会いの多くが記憶の彼方で、
今思い出そうとして全く出てこないのは勿体ないことだとも思いますが、
いずれ必要が来ればその時にひょっこり出てくることへの信頼はあって、
いやここに書くことではなかったですが、
ぜんぶ言い訳です。
いやしかし、延光寺の記憶も全く…
ハハ、本当に言葉通り、歩くために歩いた、ようですね。