human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

『鞄図書館』と「鎖書空間」

 これまで幾冊もの本を取り上げてきた。小説はもちろん、伝記、旅行記、闘病記、日記、童話、詩集、歴史書……等々、ジャンルは多岐に亘る。本の選択は私に任されており、どんなにアンバランスな組合せになっても(例えば『武蔵野夫人』と『不思議の国のアリス』と『ヴァージニア』。またある時は『奥の細道』と『阿呆列車』と『狭き門』)文句を言われる心配はない。一見無節操に並ぶ書棚の本たちが、他人には分からない関係でつながり合っているのと同じく、あらすじもまた隣同士に並んだ途端、互いの秘密を共有し合う。

「一月のある日(木)スカンクのピンバッジをつけて…」p.98
小川洋子『原稿零枚日記』集英社、2010

 
引用したのは、主人公である小説家女史がバイトとして、
公民館のカルチャーセンターで「あらすじ講座」なるものを担当しているという章から。

講座といっても、女史が受講生と円座を組んで淡々とあらすじを語るだけの内容。
その単純さに反して、彼女があらすじに懸ける並々ならぬ熱意に不思議な魅力が宿る。
 
引用した一節はその「あらすじ講座」の概要ですが、
文中のあらすじ鎖書に置き換えればまさに自分の本の仕事の説明のようだと、
終わりまで読まずとも気付きました。


まあそれはそれでと、先を読もうとしたのですが、
いろいろと想像が膨らんで、それをもっと膨らませるのが面白そうだったので、
この短編の途中でしたが一旦本を置きました。
 
 × × ×
 
『鞄図書館』(芳崎せいむ)というマンガがあります。

世界中のあらゆる本が(四次元ポケットの如く)収納されたボストンバッグと、
その鞄を手に世界各地で本を必要とする人々に届ける旅をする司書さんのお話。

僕はまだ1巻しか読んでいませんが、
たしかその後半に「鞄図書館」の内部描写が出てきます。

命綱を腰に巻きつけて司書のおじさんが、革製のその鞄の口から中に入っていく。
図書館の内部は底なしの回廊で、
閉じられた無数のドアがぐるりと並び、際限なく下方に続く。
ドアの一つを開ければ、そこには「場面」がある。
時間が止まっているようで、現実の一部を絵画的に切り取ったようで、
でも紛れもなく、そこが現実であるかのような一つの「場面」。
 
 × × ×
 
僕が営んでいる鎖書店(ネット古書店)では、
いちおう在野の司書を自任して活動しています。

その活動の場を即物的な表現でいえば、
街の商店街の古本屋と大して違わない、
「雑多な本に囲まれた空間」ではあります。
 
それが、
小川洋子氏の「あらすじ講座」の話を読みながら、
芳崎せいむ氏の「鞄図書館」の館内構造を連想することで、
鎖書店のイマジナリーな内部空間に初めて想像が及びました。

もちろん、「こうだ」というのではなく、
「こう考えると面白い」という話ですが、
いや想像上の話というのはみんなそうなのでしょうが……
 
 × × ×
 
その前にちょっと寄り道をします。

鎖書店では情報発信としてインスタグラムとツイッターを利用しています。
前者の方は、新たに追加したラインナップの告知を載せていますが、
(現状は)生活の一部である趣味のボルダリング動画も併せてアップしているため、
そのどちらかにしか興味のない利用者には大変煩雑な状態に見えます。

アカウントを2つに分ければ単純に解決しますが、それはさておき(理由はあります)。

情報の混在状態を少しでも整理しようと、
鎖書のラインナップ告知のほうにハッシュタグをつけることにしました。
「#鎖書」は自分の命名なので既存タグとしてはもちろん存在しませんが、
英語に直訳した「#chainbook(s)」のほうは、既にありました。
 
単数形の方は、中世ヨーロッパの図書館に実在した「鎖で繋がれた本」のこと。
利用者は書架に鎖で繋がれた本を、その場で立ちながら読むことしかできなかった。
本の貸出などとんでもない、利用者の入退館も厳密に管理された時代がありました。

複数形の方は、たぶんですが、意訳すれば「数珠つなぎ読書」を意味しているようです。
一つの本を、フォロワー同士かなにかで繋がった人々が読んで、感想や意見を述べ合う。
あるいは、ある本を読んだ人が別の人に別の本を「お題」として出すのかもしれません。
 
 「一人の個人が連想で複数の本を関係づける」
という意味を与えた「鎖書」とはニュアンスが似ているようで違いますが、
インスタではとりあえず複数形の方を使わせてもらっています。


いや、なぜ寄り道したかといえば、
開店準備中に「鎖書」というネーミングにけっこう悩んだことを思い出したからです。

候補はほかに5つ6つは作って、
例えば語義としてはより適切な「縁書」(何らかの縁で繋がった本)等もありましたが、
最終的には「語呂」、言葉の言いやすさで決めました。

「鎖」といわれれば、ジャラジャラした金属で頑なな接続というイメージもありますが、
実際のところ「想像上の鎖」だから、実物の質感は括弧に入れてよかろう、
といった判断もあり。
 
 × × ×
 
閑話休題

鎖書店のイマジナリーな(想像上の)内部空間、
これを鎖書空間と仮に呼んでおきましょう。

このイメージの外観(内観?)イメージは、「鞄図書館」をそのまま拝借します。


鎖書空間には、無秩序に無数のドアが散らばって存在する。
ドアは閉まっているが、カギはかかっていない。
ノブを回せば、いや引き戸でもけんどん式(おかもちのアレ)でも構いませんが、
簡単に開くし、同時にいくつ開けても構わない。

ただ、ドアを同時に2つ以上開けると、ちょっと大変なことになる。


一つのドアは、一冊の本の入り口です。
(鞄図書館がそうだったかは覚えていません。ちょっと違っていた気がします)
そのドアを開けることで、その本を読む、つまりその本の世界に立ち入ることになる。

たとえば一冊の本をじっくり読むことは、鎖書空間においては、
一つのドアを開けて中に入り、後ろ手にドアを閉めることです。
場合によってはその時にカギをかけたりもする。

また例えば、何冊かの本を併読すると言えば、
一つの本の世界に短時間滞在し、一度そこを出てきちんとドアを閉め、
鎖書空間に戻ってから、また別のドアを開けて入ること。

通常の読書行為においては開くドアは1つだけで、
同時に複数のドアが開けっ放しになることはない。


ところが、鎖書の選書(僕の仕事の中核部分)は、読書とイコールではありません。

文脈からお分かりと思いますが、通常の読書と決定的に異なる点は、
鎖書空間に散在する幾つものドアを「開けっ放しにする」ことです。
 一冊の本の世界に浸り切ってその場を味わうのではなく、
 その世界を別の(基本的に関係が希薄な)世界と繋げる。
これが鎖書店主の使命なのだから、「それ」は当然の状況です。


そして、先に「大変なこと」と布石を打った理由についてですが、

一つのドアを開ければ、鎖書空間には、そのドアの内部世界の「空気」が吹き込みます。
もともと真空でなければ無味乾燥でもない、謎めいた雑多な雰囲気を醸す鎖書空間が、
その世界内ではそれなりに整然とした一冊の本からの「空気」の流入によって、
その謎も、そしてその雑味もまた、複雑化の途に着く。

ドアを2つ開けていれば、異種の「空気」達が不思議空間において渦を巻くことになる。
同時に開いたドアが増えるほど、鎖書空間はその「収拾つかなさ」をより強靭にする。


鎖書店の司書の仕事は、その空間に身を置き、しかし(シンプルな想定を裏切って)、
カオティックな状況に「収拾をつける」ことではありません。

混沌に満ちた状況を整理し、破綻や矛盾を除去することで失われるエネルギー、
その躍動的ともいえるエネルギーの逸失を可能な限り抑えながら、
なお何らかの「秩序」をその場に打ち立てる。

それは、傍目にはカオスでしかなくとも3つの世界を経巡る後に体感できるような秩序。
(「3つの」というのは、鎖書店では主に3冊で1セットを組んでいるからです)
 
 × × ×
 
…こう書いてきて、
「鎖書空間というのは結局、頭の中の比喩ではないか?」
と思われたでしょうか。

たしかにそう考えると分かりやすい、イメージがしやすい。
複数のドアを開け放てば「空気」が混ざり、世界が混ざるというのだから。

ですが、僕は「否」と答えておきます。
 
鎖書空間に(命綱つきで)降り立ち、ドアを開けて中に入るのは僕の全体、僕自身です。
この空間は、イマジナリーという意味で僕の脳内に展開されてありながら、
あくまで僕の外部にあり、僕を包み込む存在です。
 
鎖書空間に佇み、複数の開いたドアから流れ込む「空気」にもみくちゃにされながら、
そのもみくちゃ経験が一冊の本に対するスタティックな読書にはない独特なものであり、
その入り口(すなわち上述の「秩序」)を拵える活動を通じて、この経験を世に広める。


鎖書店のコンセプトを、このように表現してもよいかと思います。
 
 × × ×

鞄図書館1

鞄図書館1

原稿零枚日記 (集英社文庫)

原稿零枚日記 (集英社文庫)

<AR-F04> Innocence Mirror

 
 言葉は常に両義的で、言い放つ瞬間に反転することがある。
 その身に余る言葉は、純粋な鏡の前で無慈悲に己を裏切る。

 行動の目的に拘る男は目的意識に囚われているのではない。
 目的の存在理由は行動に必然がないという観察ゆえのこと。
 

キーティングは、自分がいちかばちか賭けてみるなどということはすべきでないし、何も言わず帰るべきだとわかっていた。なのに、名状しがたい何かが、いっさいの実際的な考慮を超えて、キーティングをつき動かしていた。彼は、不注意にも言ってしまった。
君は、生涯に一度でも人間的にはなれないのか?
「何だって?」
「人間的。単純で、自然な」
「だって、僕はそうだけど」
リラックスできないのか、君は?
 ロークは小さく笑う。なぜならば、彼は窓の下枠に腰かけ、壁にのんびりともたれ、長い両脚をだらりとぶらさげながら、タバコを指の間に気楽にはさんでいたから。
「そういう意味じゃないんだよ! なんで、君は僕と外に出て飲むこともできない?」と、キーティングは言う。
「何のために?」
君は、いつも目的がなければいけないのかい? 君は、いつもいつも、そんなに馬鹿馬鹿しく真剣でなければならないのかい? 理屈抜きで何かするってことは君にはできないのか? ほかのみんなみたいにさ。君は、やたら真剣で老成している。あらゆることが、君には重要なことなんだ。あらゆることが、どういうわけか、偉大なことであり意義あることなんだな。いつでも、君がじっとしているときでさえだ。君は、心地よく気楽に......つまり、ささいでつまらないけど気楽にしていられないのか?」
「していられない」
「英雄的でいるのって疲れないか?」
「僕のどこが英雄的?」
「そんなところは全くないんだよ。だけど、すべてそうなんだよ。わからんよ、僕には。君がしていることがそうなんじゃない。君が回りの人間に感じさせることが、そうなんだ

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』藤森かよこ訳、ビジネス社、2004 p.111-112

身体性の賦活による無意識へのアクセス経路構築

毎日新聞日曜版に連載している梨木香歩氏の「炉辺の風おと」のなかに、
興味深い二冊の本の紹介がありました(7/26日版)。

 マイケル・D・ガーション『セカンドブレイン』
 傳田(でんだ)光洋『第三の脳』

紹介によれば、タイトルにある「第二の脳」「第三の脳」は、それぞれ腸と皮膚だということです。
前者について、一部を記事から抜粋します。

アメリカの研究者、マイケル・D・ガーション博士は著書『セカンドブレイン』で、腸は脳とは別に、「感じ、判断し行動する指示を出す」独自の神経系を持つ、第二の脳であるとしている。

「毎日くらぶ」(毎日新聞日曜版) 7/26

梨木氏が、認知症になった氏の友人とのふれあいのなかで、論理的な言葉のやりとりができなくなり、共通の記憶の参照ができなくなっても、表情やしぐさや昔からの習性(くせ)によって、友人が「その人」であることをまざまざと感じられると書く。
「個性(らしさ)は消えない」というタイトルの小連載、その5番目の本記事はそのような文脈で、個性を醸成する器官は脳だけではない、という確信を力強く支えてくれる学説として、この二冊が挙げられています。

 × × ×

僕はこの新聞記事にプラグマティックな関心を刺激されました。

腸と皮膚がそれぞれ第二の脳、第三の脳と呼ばれるからには、脳の機能を完全に代替するとまでいかなくとも、少なくとも一部は脳と似た振る舞いを示す(というか脳が身体に与える影響と類似の影響を腸や皮膚が与えることができる)、または腸や皮膚が脳の機能に直接・間接に影響を与えていることは確かなのでしょう。

その科学的知見を実地的表現になおせば、腸の状態(何を食べたか、または満腹か空腹か)や皮膚の状態(どんな服を(皮膚との接触面に)着ているか、乾燥や湿潤や日焼けの具合、感度の差)によって、脳の機能、すなわち意識状態が変わってくる、といえる。

この意識状態が指すのはおそらく、「頭でそうしようとする局面」ではなく、「頭でそうしようとするがなんだかその通りにいかない局面」である、つまり無意識が(主に?)作用する局面だと思われます。

という思考の筋道によって、
身体の感度を上げることで無意識の作用性(意識作用のメタ構造)に接近できるのではないか、
つまり本記事のタイトルのようなことを考えたわけです。


脳と身体は二律背反である、とは養老孟司先生が著書でよく言われていますが、
無意識は身体が(100%でないにしても)主導している、
とシンプルに考えられないことはない。

まあ、経験的にはそう突飛な話でもありませんね。

 × × ×

第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界

第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界

  • 作者:傳田光洋
  • 発売日: 2007/07/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

17日目:武道的歩行探求、下駄歯摩耗問題 2017.3.17

 

<17日目> (28)大日寺→(29)国分寺→宿(南国ビジネスホテル) 20.8km(+サンダル2km)

(1)新ゲタ
歩くうちに慣れてきて、踏み込み方も変えて調子はまずまず良い。
鼻緒の締め付けは前より強いが指が痛むほどではない(→慣れる? か伸び待ちか)。
最初歩き始めると歯の外側が先に着地して、外側がすり減って[歯底が水平に対して]斜めになっていったので(前と同じ傾向)、親指に力を入れて踏み込んで改善を図る。
一度左右[に履いていたゲタ]を[互いに]入れ換えてから効果てきめん。
歯の内側の方が削れている状態を維持できた。
イメージは「歯の内側へ向けて餅つきぺったん」。
地面に平らに接地できるよう「粘り気」を出す。
この歩き方で一日歩いてみて、足の甲(足指と足首の間)が痛くなったかな。

 
1行目の「サンダル2km」というのは、この日泊まる予定のホテルが遍路道からわりと外れたところにあって、ホテルに向かって遍路道から逸れる地点でスポーツサンダルに履き替えたことを示しています。
普段の(歩き遍路中はこちらが「普段」なわけですが)ゲタの歩みが遅々としていたので、サンダルに履き替えると何か外部動力による推進力を得たかのようにグイグイ歩けたという感覚を鮮明に記憶しています。
あるいは足が地上から数センチくらい浮き上がっているような。
あるいは、足首に仕込まれたスプリングの弾性力が地を蹴るたびに付加されているような。

ふと、「一部の身体部位の可動域を意図的に制限して、その中で動作の自由度を獲得する」という武道の修行観を連想しました。
普段の身体所作を、その動作に普段使用する部位を使わないでやろうとすることで、普段は使わない身体部位が使われる、活性化する。
たとえば、腕を振らないで歩けば、歩行動作に体幹が導入される。
一本歯下駄は地面を蹴る際に足指のバネが使えない(わかりやすくいえば「背伸び」ができない)ために、その不自由を補完するように足首や股関節が歩行に(積極的に)参加するのかなと今思いつきました。
 
ちなみに、サンダルで歩く間ゲタはどうしていたかというと、一対を麻紐で束ねてリュックのベルトに取り付けていました。
積載容量を減らさずにゲタを積載できる、かつ着脱が容易である、という仕様を満たすリュック(というか登山用ザック)を、旅の前に選んで買っていました。
その準備期間に書いた記事と写真を載せておきます。

サンダルで歩く際はゲタをリュックの「お尻」に(写真参照)、またゲタで歩く際はリュックの「背中」に、それぞれベルト部に挟み込んで収納します。
cheechoff.hatenadiary.jp
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「ゲタの歯摩耗問題」は、旅のあいだじゅう、懸念事項としてつきまとい続けました。

歯が「非水平」に削れていく、というのは、ふつうの靴で歩いていても踵の削れが内側か外側に偏ることから想像はつくと思いますが、その現象が与える影響は靴よりもはるかに大きい。
なにしろ、歯底が左右に傾いていれば、まっすぐ着地したつもりでもゲタの台座がその傾きに忠実に斜めになるのです。

歯が斜めに削れる要因は、主には歩き方と道路状態の2種に大別されます。
が、それを頭で理解して、経験と結果から方針の修正(つまり、歩き方を変える、道路の歩く位置を変える)を図っても、決して想定通りにはならない。
そのトライアンドエラーをこの旅の間ずっと続けていました。

のちに、この問題は幾度も日記に顔を出すことになります。

思えば、晴れなら今は草履で外を歩いていますが(季節柄、というわけでもなく、冬でも五本指ソックスとともに履いています)、普段歩きがそのまま「歩く作法」の探求(これにおける「到達(完成)」や「飽き」というものの気配は微塵も感じません)になっている、また理由さえあれば(なければ適当にでっちあげて)いくらでも歩ける、といった少々偏執狂的な性質は、この歩き遍路時代(たった2ヶ月ですけど、「時代」と呼べるほどの濃密さがありました)を通しての「危急の要請」に応え続けて身体化したものでしょう。
 

(2)いわや宿[前日泊まった宿]にて
夕方の受付のおじいさんはガイドで、定年前に[以前いた会社を]辞めて高知に来た人。
仕事は[必要以上に?]もうけない、毎晩飲んで近所付き合いして...の悠々自適の生活を語っていた。
高知は収入が沖縄に負けて日本一低いが、それだけ物価も安い。
3万あれば一軒家を借りられるし、彼の戸建ても180万。
ポジティブな町(高知が)で、居酒屋多い。

 
もちろんこれは全部、このおじいさんから聞いた話。
統計データは、今もそうなっているのでしょうか。
 

(3)テンションの高い女性
香南市役所付近の駐車場で呼びとめられ、「ゲタの人探してたんです」と言われる。
こちらの話が通じず言いたい事を一方的に喋られた感じだが、ゲタ遍路(一本歯かどうか不明)や竹馬遍路というのが実際にいたらしい。
そういう発想は持つべき人は持つ。

 
この「べき」はもちろん当為ではなく、必然とか、宿命とか、そういうもの。
 

所感:
国分寺でジャック(仏)[←フランス人]と再会した。
薬王寺で[最初に]見かけてからこれで四度目(あとは鯖大師[同宿]、徳増への道中)。
歩くペースが同じということだが、[己の]ペースが遅くて他にいないだけに驚いた。
「あなたみたいな人には滅多に会えない」と言ってくれたが気の利いた返事ができなかった(So you're very lucky! くらい言ってもよかった)。
一期一会、と思っていたらそうでもないこともあるのだ。

 
自分は道中で同じ歩き遍路からは追い抜かれてばかりで、その日会った人と同じ宿に泊まるとか、同宿が二日続くことは時々ありましたが、何度も会う人はそう多くありませんでした。
歩くスピードが同程度の歩き遍路同士なら、それこそ毎日どこかで顔を合わせたり、同道するようなこともあるでしょうが、やはりゲタはふつうより遅い。

この日、出発から通算四度目に会ったジャックは、左右二輪の荷車に荷物を載せて、台車の持ち手を腰に固定させて(両手には歩行用ステッキを持って)歩くという珍しいスタイルでした。
たしかリュックも背負っていたので荷車に何を載せていたのか不思議ですが(キャンプ用品かな?)、なかなか重そうだったそれを引きながら歩くために、たまたま僕と同程度のスピードで旅をしていたのだと思います。

どちらも英語が苦手で、再会した驚きの大きさを表情でしか伝えられないもどかしさを、いつも感じたものでした(この後も、何度も再会することになります)。

ジャックに限りませんが、道中で海外から来た人と会うたびに(いや本当に沢山いました。Japanese Henro は、スペインの巡礼道サンティアゴ・デ・コンポステーラに興味を持つ世界中の人々にとって有名です)、英語をもっと話せるようになっておいたらよかったと思いました。

まあ、その時だけですけどね。
外国語の習得に切実さが宿ることは、日常的にそれを喋る機会に迫られるほかありません。

16日目:宿に新しい一本歯が届いた日 2017.3.16

引き続き、当時の日記を抜粋しながら振り返ります。
 

<16日目> →宿(サイクリングセンターいわや宿) 15km

(1)遅めの出発
[歩く予定の]キョリが少なかったので明日以降の予定を朝に立てる。
上限25kmだと宿選びが難しい...ゲタを替えて歩行キョリが延びればやりやすいが。

 
四国遍路の道程にある遍路宿は、遍路が一日歩いてたどり着ける間隔に点在しています(もちろん結果として、だと思いますが)。
普通の人なら3km/h、健脚なら4km/hで、一日10h歩くとすれば30-40kmが、歩き遍路の一日の行程の上限。
一本歯だと普通の人よりスピードは遅くて、しかもこの日は歯が削れて極端に短くなっていたので、前数日の結果から現状の歩行速度は2.5km/hと算出したようです。
 

(2)ゆるい行程のおじいさんと喋る
安芸市バス待合所前にて。
大阪で奥さんと待合せ。
この人も停年[ママ]退職後に歩き始めて2回目。
10回目くらいから「飽き」がくるらしい。
だがそれとは関係なく、歩き続ける。

 
「この人"も"」というのは、遍路は圧倒的に年配者が多く、その大半の方が定年退職ののちに始めるからです。

私見ですが、年配者の比率は歩き遍路より外部動力遍路(バス、車)の方が高い。
ちなみに自転車遍路は若者が多いはずで、それはたぶん自転車遍路文化じたいが最近のものだからでしょう。

また「らしい」とあるのは、この人の体験談ではなく道中出会った先達さんの話なのだと思います。
 

(3)高知市内から歩きに来ているおばあさん
東野[←誤字の可能性あり]休憩所〜琴ヶ浜間の往復8キロを毎日?歩いている。
前に日本2周&四国2周で1万キロ歩くおじいさんと喋ったことあるそうな。
あとは百名山を登りながら日本一周している有名人?とか。
色んな鉄人がいますね。
なまりがほとんどなくて会話がまともに成立した。

 
たぶん休憩所の世話役のおばあさんのことだと思います。

「鉄人」の話は、遍路中で出会う歩き遍路や宿の人から数多く聞くことができます。
言い方を変えれば、彼らはみなアウトサイダーです。

誰もしないこと、しようと思わないことをする。
ある目的をもって、または傍目に何の目的もなく。

アウトサイダーの一員として自分が思うのは、四国遍路自体はもちろん長く引き継がれてきた文化なのですが、個人のスケールでいえば歩き遍路にとっての歩く理由はかりそめのものです。
軽重の問題ではなくて、歩く理由はその機能として「きっかけ」であると。

己の行為に孤独がつきまとうのがアウトサイダーの宿命ですが、遍路文化はその孤独をとても広いところから柔らかく包み込んでくれます。

どんな境遇であれ人生のどこかのシーンで人は孤独に陥る、しかし孤独であるからこそ、その孤独を癒す存在に胸打たれる。
四国遍路が人生の縮図、あるいは「第二の人生」だというのは(いうのかな?)、そのようなフラクタル的な相似があるからで、だからこそ一度歩いた人は、発見を通じて元の人生に帰りもするし、心機一転別の人生を切り開きもするし、「第二の人生」に居場所を置き換えもするのでしょう。
 

(4)鼻緒
麻紐3重ver.が切れたのでシンプル手ぬぐいver.で修理。
どうもワッシャーの輪っかの角が立っている部分でこすれて切れ[てい]るような気がする。
新しいゲタもあまりワッシャーを使わない方がいいかもしれない。
手ぬぐい鼻緒も一度穴(車止めの柵or棒を抜いた状態のもの)に落ちて回避動作をした時に一部(というか大部分)裂けたので再度調整した。
昨日から思っていたが、鼻緒調整時に(だんだん伸びるのを防ごうとして)思いきりひっぱるのはやめよう。
麻紐や手ぬぐいの仮留め時もそれで切れてしまったのだから。
仮留めはあくまで「つなぎ」、のびたらその都度対応。

 
鼻緒というのは、下駄の板にあけた3つの穴に紐(つまり鼻緒の布材)を通して結び目をつくることで、板上面における紐の張りを出しています。

本物の鼻緒は履物職人さんがクジリや槌を使ってズレや伸びが最小限となるように結び目を作って穴に埋め込むわけですが、素人作業ではそうもいきません。
結び目の締めがゆるいと、履きながら結び目が締まっていって鼻緒の実効長さが伸びてしまう。
一方で、その伸びを嫌って結び目をきつく締めすぎると、素材が傷んで、使い始めた早々に切れてしまう。

穴での紐の固定に結び目だけではなく、紐をワッシャーに括り付けてワッシャーを穴止めに使うという技は、遍路の出発前にネットで調べて、何度か試し歩きをして大丈夫そうな感触を得ていました。
それが、まあ素材が悪いせいもあるが道中で立て続けに短時間で紐が切れる自体を反省して、ワッシャー起因を思いついた。

平べったいドーナツ形の金属部品であるワッシャーは、その外縁・内縁にフィレット(面取り)が施されてはいますが、やはりそれなりに鋭利ではある。
ワッシャーで穴止めした下駄で歩いている時に紐の固定部で起こっていることは、喩えれば、強く張った紐にペーパーナイフの刃を当てて前後に動かすようなものです。

そらまあ切れますわな、というお話。
 

(5)料理おいしい
宿で肉が出た(ローストチキン)。
ほかもご飯に合うおかずばかりで、[白飯が茶碗]4杯。
満腹感がコワれているかも。
そしてこれを書いてる今[←たぶん同日の宿で寝る前]は空腹なような...
おいしく食べれればそれでいいか。

 
高知では宿の食事につねに「かつおのたたき」が出てきた印象が残っています。
だから殊更「肉」に喜んだのでしょうか。
 

所感
待ちに待った[下駄の]新品が届く。
ここ2,3日のちびたゲタでの苦行がどういう結果につながるか...
歩き方を考えないといけないハズなので最初は調整ペースでゆっくり行こう。
今日も忍耐の一日でした。
鼻緒の心配をしながら歩くのは精神・体力ともに消耗が大きいので、仮留めもしっかりするべし。
海辺の同じような景色続きは明日から一度変わる、のかな?
歩きに余裕があれば何でもいい気も。
あと歩き方変更に伴って足の痛む部分も変わるはずなので要チェック!

ゲタが届いた時の写真は当時リアルタイムで上げてあります↓。
16日間歩いたゲタの凄まじい削れ具合がわかります。
だいたいがアスファルトの上を歩く仕様じゃないですからね。

cheechoff.hatenadiary.jp

京都で修行していた時期は、ゲタの歯に保護用のゴム材をつけるかどうか迷いました。

履物屋にそれ用のゴム材があって、耐久性もなかなか、凹凸がついて滑り止めにもなると、使用すればいいことづくめなのは実際にそれで試し歩きしたので分かっています。
それでもいざ本番で保護材を使わなかったのは、地面の感触が朴歯から直接伝わる「足裏感覚」を大事にしようと思ったからです。

歯底のゴムによって、安定感は増し滑りにくくなっても、「この瞬間に足が何を踏んでいるか」がわかりにくくなる。
そのことは、身体がバランスを崩した瞬間に「こける態勢」をとりながらこける、という一本歯歩行の危機回避術にとって、致命的なマイナスとなる。
山道で落ち葉に隠れた石ころを踏んづけたら、滑り止めもクソもありません。

…というのが現実的な理由。

もう一つの理由は、「地面の感触が鋭敏なほうが歩いていて楽しいから」。
いわば、芝生の上を裸足で歩くか靴で歩くか、と同じこと。

実際のところ、とことん歩くために歩く歩き遍路にとっては、後者の理由の方が重要だったと思います。
 

ストイックの倫理

アイン・ランドリバタリアニズムに通ずる記述を見つけました。

現代的な個人主義の理解は、この引用に寄せて書けば、
「倫理的最高価値としての自由」が、
「自己以外の存在の変改や抹消を意味」する、
ということになりますが、ほんとうの(発祥としての)個人主義はそうではない。

そしてこれが、利他主義ではない別の論理から導かれる、
その論理がこの引用には書かれています。


資源の限られた社会における共同体の維持にとって、この倫理は役に立つでしょう。
しかしこの倫理が少数派でしか成り立ち得ないのは、経済原理が先に立つからです。

ただそれは、近代から今に至るまでのことで、
これからどうなるかは(コロナ以前よりさらに)わかりません。

と言いつつ、ニッチの倫理が多数派となることもまた悲劇を呼び込む気もします。
いずれにせよ、価値観の変化は現代社会にとっての希望の一つです。

 ストイックやエピキュリアンが目ざした倫理的最高価値としての自由とは、もちろん、権威、 他人、現実などの、自己以外の存在に自己を犯さしめぬということにあった。しかし、そのことは、ただちに、自己以外の存在の変改や抹消を意味しはしなかった。かれらは現実を現実として認めた。もしかれらに現代流の皮肉をもって報いるならば、かれらは、自己につごうのわるい現実を、むしろ自己の自由を保証し、その昂揚感をうながすための梃子として利用したとさえいえる。倫理の領域においては、つごうのわるいものが、かえって都合よくなるのだ。
 理由ははなはだ物理的である。自己の力量は自己を抑圧するものの力によって測られる。ストイックやエピキュリアンたちの拠った原理は、ただそれだけのことである。外界はできうるかぎり、混乱していたほうがいい。現実はできうるかぎり、ままならぬほうがいい。自己の外にある現実がそういう状態にありながら、しかもそれにすこしも煩されない精神の自律性、かれらはそれを自由と呼んだ。それは逃避の自由ではない。渦中に坐して逃避しない自由である。あらゆる理由づけ、口実、弁解を卻(しりぞ)け、黙して語らぬ自由である。自分が自由であることを、すなわち外界の強力な現実が自己の精神になんらかの痕跡もとどめえぬ自由を、なによりも誇りとし、しかも自分がそれほど自由であることの証左をどこにも示しえぬことに、すこしも不安をおぼえぬ自由である。
 したがって、かれらはつねに現実のなかにあった。今日の自由人は現実に捉えられぬ用心を怠らぬが、かれらは平気で現実のわなのなかにあった。捉えられぬことに心を使うよりは、捉われぬことに心を用いたのである。ふたたび皮肉をいえば、それは「負けるが勝ち」の処世術に道を通じている。ストイシズムは、文化に疎外された田舎者ないしは奴隷の哲学であり、エピキュリアニズムは、力に負けた都会的文化人の哲学である。

福田恆存『人間・この劇的なるもの』中公文庫,1975 p.80-81
下線・太字部は引用者

ちなみに、福田恆存という名前を見てこの古めかしい本を購入したのですが、
前に翻訳者として目にした記憶があります。
もちろん調べればすぐ分かりますが、
たしかコリン・ウィルソンの『アウトサイダー』ではなかったかな…

だとすれば、この思想は「そこ」にも通じているわけです。
 
 
もうひとつちなみに、
「皮肉」という言葉はものすごく多様な場面で使われるので、
その意味を問われると(辞書的な暗記をしていない人なら)詰まるものですが、

この引用を読んで、「皮肉」には多重反射のイメージがあることに気付きました。
つまり、皮肉的視点によって人は状況の外に立つ、ある客観性を獲得できるのですが、
その視点の「皮肉さの質」によっては視点が反転し、
獲得したと思われた客観性が偽りの(少なくとも擬似的な)ものであったことを暴く。
簡単にいえば、皮肉という言葉は常に話者の皮肉性を照射し返す。
だから、皮肉的言辞によって「言い切る」ことがまた皮肉になるわけです。

そう考えると、「科学の反証可能性」とも繋がってきます。
 

そうか、科学は言葉ですね。
 

ポストモダンとはなにか

 
ちょうど選書作業中に見つけたので引いておきます。

これを読むと、思想とは生き方なのだと改めて思います。

そして、「鎖書店」のコンセプトがポストモダン的であることに気付きました。

それで特に驚いたわけでもありませんが。

 ポストモダンとは、モダンの内部において、提示そのものの中から「提示しえないもの」をひきだすような何かのことだろう。不可能なものへのノスタルジアを共有させてくれる趣味のコンセンサスの上にたって良い形式からもたらされるなぐさめを、拒絶するもの。新しいさまざまな提示を、それを楽しむためにではなく、「提示しえないもの」がそこに存在するのだとより強く感じさせるために、たずね求めるもの。ポストモダンのアーティストや作家は、哲学者としての立場にたたされている。彼が書くテクスト、彼が作り上げる作品は、原則として、すでに存在する諸規則によって支配されてはおらず、そのテクスト、その作品に対して既知のカテゴリーを適用することによる、規定的判断によっては、判断されえない。それらの規則やそれらのカテゴリーこそ、その作品あるいはテクストが探し求めているものなのだ。したがって、アーティストならびに作家は、規則をもたないまま、「これからなしとげられてゆくであろうもの、そしてできあがってみてはじめてわかるもの」[フランス語時制の前未来]の諸規則を確立するために、仕事をするわけだ。(…)「ポストモダン」は、未来(post)完了(modo)のパラドクスにしたがって理解されるべきだろう。
 エセー(モンテーニュ)はポストモダンなもの、そしてフラグメント(「アテネーウム 断章」[シュレーゲル])はモダンなものであるように、ぼくには思われる。
 最後に、われわれがなすべきこととは「リアリティを提供すること」ではなく、着想可能であって提示されえないものについての、アリュージョン[暗示]を発明することなのだという点が、明確にされなくてはならない。

J.-F.リオタール『こどもたちに語るポストモダンちくま学芸文庫、1998 p.34-35
太字部は引用者

個人を殺す個人主義の時代

権力/依存、あるいは命令/服従というタイプの関係は、ひとたび作動するとそれだけで自らを強化し、正当化する傾向を持つのである。言うまでもないことだが、かつてジャン・ジャック・ルソーが述べたように、「おのれの力をに、そして服従義務に変えることなく支配しつづけることのできるほど強い人間など存在しない」のだ。だがこの支配の「イデオロジックな」正当化も、力関係に固有の昇華のメカニズムを外部から裏づけているにすぎない。このメカニズムはつぎのように簡潔に要約できる。力関係は、それも絶対的なものであるほど、下位の者の上位の者への愛を、そして上位の者の下位の者への侮蔑を呼びさます、あるいは強化するのだ。

(…)

スチュワート・ミルの省察を引こう。「ギリシャとローマでは、奴隷たちは主人を裏切るよりはあえて拷問死を選ぶのが日常茶飯事であった。ローマの内戦による追放刑のおりには、女たちと奴隷たちが英雄的なまでの忠誠を示した一方で、息子らはしばしば裏切り者となったことが知られている。しかし、多くのローマ人が自分の奴隷をいかに苛酷に扱ったかは周知の事実である。(……)人間に可能なかぎりの最高度の感謝と献身の情が、われわれの生命を抹殺する権力をもちながらそれを行使しないでいる者に対して発揮されるというのは、生のアイロニーのひとつである

グザヴィエル・ルベルト・デ・ヴェントス「意志と表象としての政治」和田ゆりえ訳 p.101-102
今村仁司監修『TRAVERSES/6 世紀末の政治』リブロポート、1992
太字は本文傍点部、下線は引用者

 
引用した部分を読んで、最近日本で起きた官僚の自殺事件を思い起こしました。
そして本記事のタイトルのような言葉が浮かんできました。

 × × ×

事件の当事者としては、「社会事件として真相を明らかにする」あるいは「事件ではなく個人の事情として闇に葬る」といった動機がある。
だから、関係者に取材がなされ、また法廷の場で事の経緯が議論されることに一定の意味はあります。
 
では、事件をニュースで傍聞きするだけの、当事者でも関係者でもない人はどうか。
 
僕らがその報道経過に関心を注ぐのは、政権の生命に関わるという政治問題であるだけでなく、身につまされる話だと、場所を選ばずどこにでも起きうることだと思っているからです。
当事者でない僕らが当事者感覚を持ってこの事件に接することの意味は、「自分がこのような状況に陥らないこと」にあります

この視点からすると、事件の経緯を知ることは「教訓」にはなりません。
それは単に「また起こったか」という、地震や大雨被害などの天変地異のニュースに接した時のような、日本特有の無常観を確認しているだけです。
政治権力のなかで人が死ぬことはもちろん天災ではなく人災で、「政治力学」という言葉があるように、人と人との間の現象でありながら、権力が作動する場は科学的とも言える、ある「メカニズム」を内臓しています(引用した文章にはそのことが書いてあります)。

引用の最後に「アイロニー」という言葉がありますが、権力関係で結ばれた人々に起こる悲劇が逆説的であるのは、それが非論理的に見えるということではなく、当事者は「組織(内の)力学」に呑まれて「組織(という場にはたらく)力学」を見失いがちであるということでしょう。

 × × ×

人が集団生活を営む歴史の古くから起こり続けていることが、同様に現代社会にも起こる。
だとすれば、そういったことが起こるうえで、身分制の廃止や平等観の成立とか、文明の発展とか、生活の豊かさとか、情報取得の自由といったことはあまり関係がない。
社会の総意のようなものを想定すれば、人間社会が組織的活動を必須とする以上は仕方のないことだと言うかもしれない。

でも、古代と現代とで大きく異なる点として、今では(少なくとも先進国に暮らしている)人は所属する組織を選ぶことができるし、一度所属すると決めた組織から離脱する自由もある。
集団における自己の去就の選択肢を有するはずの個人が、致命的な状況において、その選択を適切に行う判断能力を発揮できない。
 
事件はそのように起こる。
その事件の原因を個々の組織の事情や個人の資質に求めたところで、おそらく人々はそれを活かせない(そのような報道を幾度も目にし耳にしながら、同様の事件に人は巻き込まれていくから)。
 
 
以上のことが、個人主義の話とどうつながるのか。
 
僕はアイン・ランドの『水源』を読んでから、自由至上主義リバタリアニズム)に対する印象ががらりと変わり、消費社会との関連で言われる個人主義はそれとはかなり異なるものだと考えるようになりました。
 
後者の個人主義から取り出せる性質に、近視眼的思考があります。
 時間的な近視眼とは、短期的な利益や快楽を追求する発想。
 空間的な近視眼とは、(価値をおく)人間関係の狭さ。
これらの近視眼が個人の幸福をもたらすという筋書きは、消費社会の持続的な経済成長という要請(じつはこの「持続的」も実際は短いスパンに過ぎませんが)に基づいている。
という論理は納得はしていたのですが、『水源」に描かれているとても視野の広い自由至上主義の思想に触れて、この論理がたしかな実質を得た気がしたものでした。
 
閑話休題
 
個人主義の近視眼的な性質、あとポストモダニズムの半端な解釈というのもあるのですが、本記事で書きたかったことは実は一言で済みます。
 
個人が「個人の選択の自由」をあまりに狭く考えるようになると、(引用にある)「力関係に固有の昇華のメカニズム」に簡単に絡め取られてしまう
 
ALS嘱託殺人の事件も最近ありましたが、これは「自殺する権利、個人が死を選択する自由」にも関係しています。
 
 
個人の意思はつねに個人に帰属し、その意思を十全に発揮できることが自由(ひいては幸福)の証だ。
このような考えは、強く生きようとする人には力になるかもしれませんが、状況によっては、自分で自分の首を絞める自由に陶酔することにもなる。
それも本人の自由だし、本人が選択したのなら是とするべきだ、というのが「半端なポストモダニズム」で、「それは本当だろうか?」と疑うこと、「大きな物語」が消失して価値観の基盤を失った現代人は自分の(というか社会の)価値観をつねに問い続けなければならない(それは必然ではないが少なくとも論理の要請である)、というのが自分のポストモダニズムの理解です。
 
話を戻しますと…
 
個人主義的な人間理解は、集団のメカニズムに対する関心の低さと一体になっています。
それはたぶん、メカニズムによる説明は責任の所在を特定個人に帰せないからでしょう。

 
 
スケープゴート(贖罪の羊)、というのがあります。
昔は現にその羊だったり、他の獣や人だったりがいましたが、現代ではメタファーとしてしか存在しません。

いや、ふとこの言葉が去来したのですが、
個人主義時代のスケープゴート」とは、なにかとてつもなくおぞましいものである
ように思えます。

<AR-F03> 期待が生む恐怖

 
社会の皮相が個性に植え付ける、悲愴なまでの皮肉。
鋼鉄の意志は赤錆に蝕まれ、孤独なアイロニと化す。
苦渋を嘗め尽した過去は、あらゆる未来に恐怖する。
再来の予感を打ち消すことに全力を捧げる徒となる。
 

「どうして、所長はそんなことを僕に話しているのですか? そんなことが、所長が僕に言いたいことではないでしょう。所長自身は、そんなことしなかったのに」
「だから俺は言っている! それが俺のしたことではないから言っている! ...ローク、いいか。君に関して言いたいことがひとつある。俺は怖いのだ。君がしている仕事の質のことではない。君が、世間の関心をひきたいだけの、ひばりみたいな離れ業で人と差をつけたいだけの見せびらかし屋ならば、俺は何も言わない。それならば構わないんだ。世間の有象無象に反対してみせて、喜ばせて、余興の入場料を集めるってのは、うまい商売だ。君がそれをするならば、俺も心配しない。しかし、そうじゃないんだ。君は君の仕事を愛している。かわいそうに、君は自分の仕事を愛している! それが困るんだ。それは君の顔を見れば、すぐわかる。顔に描いてあるからな。君は仕事を愛している。で世間の連中にはそれがわかる。連中は君をものにできるとわかるわけだ。そのへんの通りを歩いている連中のことが、君はわかるか? あの連中を怖いと思わないか、君は? 俺は怖い。連中は君を通り過ぎる。帽子をかぶっている。金を持っている。しかし、それがあの連中の実質ではない。あいつらの実質は、仕事を愛する人間への憎しみだ。それこそ、あいつらが憎むただ唯一の種類の人間だからだ。なぜだか俺にはわからん。ローク、君はあいつらひとりひとりの前で、自分をまるまるさらけだしてしまっているぞ」

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』藤森かよこ訳、ビジネス社、2004 p.75-76

15日目(後半):風にあおられ海で歯みがき 2017.3.15

前半はこちら。
cheechoff.hatenadiary.jp

 × × ×

(3)風・・・今日は一日中風が強く、ほとんど向かい風。ゲタ修理中もひっきりなしに吹いてるし、橋では飛ばされそうになるし[室戸]岬[の周辺]では前に進めないくらいでさすがに疲れた。

風は歩き遍路の大敵です。
頭にかぶる菅笠がもろに風を受けてしまうので、あまりに強い時は外してリュックに取り付けるのですが、かぶっていると心が落ち着くので少々の風は我慢したりします。
「橋で飛ばされそうに」という記述にはっきりとした記憶はありませんが、それは数多く起こった同様の出来事のどれがこれに当たるかが判然としない、という意味です。

(4)今日の行程・・・↑とはいえこの天候で鼻緒切れで16:30に宿に着けたのはなかなかのペースでは。6時スタートでコンビニ前で朝食とったあと慌ただしかったが[ママ]、行程を終えてみればなんとかなったといえる。
(5)堤防の上に座って歯みがき・・・これはこれで気持ちいいね。「海の家」での生活をちょっと体感できた気分。

海を目前にしながら歯みがきをした光景は覚えています。

いつもは宿での朝食の後、出発前に宿で歯を磨くのですが、この日は朝がコンビニだったので(なんでだろう?出発が早すぎたからかな)、歯を磨くタイミングを失していたのでした。
たぶんコンビニのトイレとか公衆トイレとかを期待して歩いていたのだと思いますが、行先にT字路があって、直進行き止まりのその向こうに海が開けているのを見た時に「ここで歯みがきしたら気持ちよさそうだ」と思いついた。

胸の高さほどの堤防壁の下でゲタを脱いで堤防に登って胡座をかき、飲料用のペットボトル水をちびちび使って、波の音を聞きながらゆったりと歯を磨く。
堤防壁は車道の側道である歩道(つまりふつうの歩道)に平行にあって、つまり車道も歩道も日常の地元のリズムを刻んで車通り・人通りがあるわけですが、歩き遍路はもちろんそのリズムとは異なる時間感覚でいながら、生活風景に自然と溶け込む。
白衣と菅笠の力でもあり、もちろんそれら遍路装束に力を与えている四国の遍路文化の妙ですね。

(6)行者の人・・・堤防歩道で長々と喋る。半分以上意味不明だったが、毎日歩くのはいいことだそうだ。「若いうちからが大事だよ」。そうですか。霊能力の話、水子供養の話など。
所感:風があって散々な日だったが無事で何より。ヒザは左が傷んでいるが(27)の下りも自然道でおりられたのでこの分ならなんとかなると思われる。平地続きの間はいたわって回復したいところ。******[滲んで判読不能]

「行者の人」は遍路ではなく地元の人で、30分とかそれくらい立ち話をしていたと思います。
頭は坊主で作務衣を着て、懐手に目はギラギラしている。
話の内容は全く覚えていません。
日記の記述からすると、その人の(つまり霊能関係の)仕事上の出来事を話してくれたのでしょうか。
まあ土地柄からいってありふれた(というか「土地柄だしみんな聞いても驚かない」というだけで実際ありふれてないかもしれませんが)話題ではあります。