human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

<AR-F03> 期待が生む恐怖

 
社会の皮相が個性に植え付ける、悲愴なまでの皮肉。
鋼鉄の意志は赤錆に蝕まれ、孤独なアイロニと化す。
苦渋を嘗め尽した過去は、あらゆる未来に恐怖する。
再来の予感を打ち消すことに全力を捧げる徒となる。
 

「どうして、所長はそんなことを僕に話しているのですか? そんなことが、所長が僕に言いたいことではないでしょう。所長自身は、そんなことしなかったのに」
「だから俺は言っている! それが俺のしたことではないから言っている! ...ローク、いいか。君に関して言いたいことがひとつある。俺は怖いのだ。君がしている仕事の質のことではない。君が、世間の関心をひきたいだけの、ひばりみたいな離れ業で人と差をつけたいだけの見せびらかし屋ならば、俺は何も言わない。それならば構わないんだ。世間の有象無象に反対してみせて、喜ばせて、余興の入場料を集めるってのは、うまい商売だ。君がそれをするならば、俺も心配しない。しかし、そうじゃないんだ。君は君の仕事を愛している。かわいそうに、君は自分の仕事を愛している! それが困るんだ。それは君の顔を見れば、すぐわかる。顔に描いてあるからな。君は仕事を愛している。で世間の連中にはそれがわかる。連中は君をものにできるとわかるわけだ。そのへんの通りを歩いている連中のことが、君はわかるか? あの連中を怖いと思わないか、君は? 俺は怖い。連中は君を通り過ぎる。帽子をかぶっている。金を持っている。しかし、それがあの連中の実質ではない。あいつらの実質は、仕事を愛する人間への憎しみだ。それこそ、あいつらが憎むただ唯一の種類の人間だからだ。なぜだか俺にはわからん。ローク、君はあいつらひとりひとりの前で、自分をまるまるさらけだしてしまっているぞ」

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』藤森かよこ訳、ビジネス社、2004 p.75-76