human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

責任の孤独

「どうしたんです?」院長はいった。
「いや」わたしはうろたえていった。
「なにか話したいことがあると思ったんですが。よく考えたら、話すことは別にありませんでした」
 それから、また、わたしは黙った。院長もだ。いやはや。たまりかねて、わたしはいった。
「無理です」
「なにが?」
「こんな『仕事』、わたしにできるわけがない」
「じゃあ、誰がやるんです?」
 そして、また、わたしは黙った。肝心な時に、なにもしゃべれないなんてな。わたしは、この世でいちばん愚かな人間になったような気がした。

「星降る夜に」(高橋源一郎さよならクリストファー・ロビン』)

 
胸に手をあて、その鼓動を身に帯びる。
 
 無意識を、意識する。
 見えないものが、見えてくる。
 語る前に、語り終えてしまう。
 その口は、開く機会を失う。

 無意識を、意識する。
 動くものが、止まって見える。
 街の喧騒が、静謐の原子に分解される。
 その調和は、彼岸を此処に引き寄せる。

 無意識を、意識する。
 一陣の風が、生死を吹き抜ける。
 一葉の水脈が、秩序の理を開示する。
 その国は、破れずして山河たる。

 無意識を、意識する。
 君の目が、僕の目を見る。
 僕が、君の目を見つめる。
 その光は、減衰を超越する。

責任の孤独は、その証明を請け負う。
 
 × × ×

さよならクリストファー・ロビン

さよならクリストファー・ロビン