human in book bouquet

大阪市内で工業デザインの仕事を始めました。ボルダリングも続けます。

愚かさと愛、ねじれ、ちいさな問題

『戦中派不戦日記』(山田風太郎)を読了。
橋本治氏の解説から2つ抜粋しておく。
太字は本文中傍点部。

 昭和十七年の春は、こうして軍需工場で働きながら医学校進学を目指すことになる。受験勉強は全くしていない。医者になるということは、一人で飛び出して来てしまった、自分自身の面子、プライドの問題であるという側面が強い。孤児である自分。愛情に飢えている自分。しかしそれを素直に言い出せない自分。そして、言い出したとてそれは決して理解されないのだということを知っている自分──深い認識の裏には必ず、それに見合うだけの、そしてその認識を役立たずにしてしまうだけの孤独がある

”日本は亡国として存在す。われもまたほとんど虚脱せる魂を抱きたるまま年を送らんとす。いまだすべてを信ぜず”──そう終えられるこの四十年前の記録は、”いまだ”の一語で四十年後の現在[昭和六十年]に直結しているように思われる。四十年の時間を超えて、暗い空から真っ白な雪が吹きこんで来るような気がする。愛せると思えたものが、実は同時に愚かでしかないものであるということが分かってしまった──そのことが今も続いているのなら。
 分りうるということを知ってしまった人間は、それ故にこそ分ろうとしない愚かしさを憎むものだ
(…)
『戦中派不戦日記』の読み取り方は色々あるだろう、しかし私にとってそれは一つである。山田誠也青年はただただ、愚かしさだけを呪っている、と。愛しうるものが、何故こんなにも愚かでなければならないのか、と。

 × × ×

『さようなら、ゴジラたち』(加藤典洋)も少し前に読了。
同じく抜粋。
返却日が今日で思考する時間足りず。

 ずいぶん昔のこと、カナダに三年ほどいた頃、親しくなったアメリカ人の友だちから、こんな話を聞いた。たとえば、待ち合わせをすることになって、渋谷のハチ公前で会おう、という時、先に来たほうが、そのハチ公前には立たないで、そのハチ公前が見える別の場所に位置して、相手がハチ公前にくるのを待つ、ということがある。ハチ公前で待っていると、いつどの方向から相手がくるだろう、いまいかいまか、というので疲れる。そんなところから、こういう待ち方が生まれたのだろうが、そのもう一つの待ち場所のことを、英語では”shooting spot”というのである。つまり、シューティング・スポット(狙撃地点)とは、自分からは相手が見えて、相手からは自分が見えない場所のことを言う。これと同じことが思想についても言える。ものを考える上で大切なのは、むしろ自分を狙撃される位置、ハチ公の位置に立たせることだ。そうでないと、その「考えること」は、結局その人自身の身にならないだろう──

p.47-48 「戦後を戦後以後、考える」

これは前に抜粋した「思想のオーソドクシー」と関係が深い。
いや、同じ話だと思う。

「ねじれ」を生きるとは、面倒なことではない。「ねじれ」をいかなる意味でも回避しないこと、つまりふつうの場所から、そこだけを信じるべき思想研磨の場所として考えていくことをそれは意味している。そのふつうの場所が「ねじれ」ている場合、それは、その「ねじれ」を映すにすぎない。その背景にあるのはつねに思想のオーソドクシーに従うという原理なのである。

p.143 「戦後から遠く離れて」

この太字は引用者。
そこは「ふつうの場所」。
それは、「思想」もしくは思想(が見出される)状態だと思われる。

今の自分に「ふつうの場所」はありません。
今いる場所は「仮の場所」とでもいうべきところ。
明日、この「ふつうの場所」を定めに出掛けてきます。
これについてはおいおい書くはずです。

 一九七九年、村上春樹という若い小説家がある文芸雑誌の新人賞を受賞する。そこで彼は戦後の左翼文化に一つのさよならの挨拶をする。その小説『風の歌を聴け』で、村上は、『気分が良くて何が悪い?』という好きな小説家のエッセイ集を愛読する主人公が、「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ。」という比較的金持ちの家に育った、いわば六〇年代(左翼)風の感性を持つ友人が没落していくのを、深い哀惜のまなざしで見送る物語を書いた。「気分が良くて何が悪い?」しかし飢えた子供たちがいる世界の中で「気分が良い」ことは、それまでなら、「悪い」とはいわないまでも、「後ろめたい」ことだった。それはまともな人間なら、ほんの少しは、良心の呵責をおぼえろよ、といわれるようなことだったのだ。
 しかし、ムイシュキン公爵がイッポリートに「私たちの幸福を見逃してください」といったように、私たちは、よその世界に飢えた子供たちがいることを知ってはいるが、「気分が良い」ことを恥じないようにしないと、ものごとをもっと堅固には考えられないのではないだろうか。私たちのすぐ隣りで、「気分が良い」ことをしている人々を、私たちは、そのもっと遠いところでは人々が飢えているのを知っているとしても、その「気分の良さ」に対しては、祝福したほうがよいのではないだろうか
 なぜなら、そのように「気分が良いこと」、幸せであることを、求め、めざして、いま飢えている人を含め、広くすべての人は、生きているのだからである
 私にこの村上の直観は、左翼性から離れても、人が他人のことを思いやり、社会のことを考え、まともに生きられる、そんな考え方のみちすじを作らなければ、これからやってくる社会には対応できない、という予言として受けとられる。

p.230-231 「六文銭のゆくえ」

この一節に自分は強く心を動かされました。
また時間のある時にゆっくり考えて書きたいと思います。
ちなみにこの「左翼性」については『貧乏は正しい!』(橋本治)に分かりやすく書かれています。
これも関連させて、また。

 × × ×

『小商いのすすめ』(平川克美)から。
上の加藤氏の引用と、同時に読んでいたからか共鳴する部分を引いておきます。
引用中「大きい問題」と「ちいさい問題」が何度も出てきます。
「大きい」方は、経済問題やら社会問題など。
「ちいさい」方は、ヒューマン・スケールの小商い、日常生活など。
とりあえずそうとらえておいて差し支えありません。
本旨は引用部だけでは分りませんが、僕の意図はその紹介ではありません。

 何度も繰り返しているように、問題のスケールが「大きい」か「ちいさい」かということは、どちらがより重要かということを意味しません。では、何が違うのかといえば、語り手である「わたし」の位置取りが違うということなのです。
「大きい」問題では、「わたし」はただ背景のひとつとして視野のどこかに現れるにすぎません。そこでは「わたし」の願望や、意思というものはほとんど問題にはなりません。いや、「大きい」問題を処理する場合には「わたし」は、問題を考える思考にバイアスをあたえてしまうだけの躓きの石なのです。「大きい」問題では、個々人の意思や願望がなぜ、そのまま実現されずに、思わぬ結果となって招来するのかという理路を理解することが重要なことだとわたしは考えています。
 しかし、「ちいさい」問題を取り扱う場合には、必ず「わたし」がその問題を引き受け、どのように行動し、どこまで責任を負うのかということが重要になります。
大きい問題」と「ちいさな問題」では、その中に含まれる不合理性の処理の仕方が違うのです

p.131 「第四章 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ──東日本大震災以後」

平川氏のいう「不合理性」と、加藤氏の「ねじれ」とが、僕の中で共鳴したのでした。

思想は、「大きい問題」か、「ちいさな問題」か?
僕は「ちいさな問題」だと思っています。
そう思わなければ、それを常識に登録しなければと思います。

あるいは本を通じてその実践が仕事としてできれば、喜ばしいことかもしれません。