連想の契機、四次元の意識空間
『博士、質問があります!』(森博嗣)に、SFのテーマで4次元の解説があって、
その中に「厚さ方向にだんだんと表情を変える金太郎飴」という例があります。
二次元空間にいる人(たとえば紙に描かれた人)が、
空間を通過するその金太郎飴を見ると、
たとえば「笑顔からだんだん怒った表情になる顔」に見える。
金太郎飴は三次元なので、この例は二次元と三次元の交わりにおける認識を示す。
あるいはその紙のどこかに(三次元にいる人が)指を置いたとすると、
二次元にいる人には「ある場所に突然円が発生した」ように見える。
ここから三次元空間にいる現実の人が四次元をどう認識するかを類推できる。
たとえば部屋の中に突然光る球が浮かんだとすれば、
その球(別に光っている必要はない)は四次元空間からの賜物ということになる。
という話を思い出したのは、前↓の最後に書いた「"〜でない"の集積による表現」の関連です。
cheechoff.hatenadiary.jp
言葉とものの対応を領域のメタファで考えることを集合論の利用は前提しますが、
集合論における閉空間はふつう二次元を想定します。
が、それは「せまい」かなと、さっき『特性のない男』を読んでいて思いつきました。
この本では主人公のウルリヒが友人との会話から「特性のない男」と呼ばれるようになり、
長い物語の中で「特性のない男の"特性"」について小出しに触れられていきます。
考えてみれば、特性が「ない」と言ってるので"〜でない"の典型で、
その特性の説明が非限定的言明で構成されるのも当然ですがそれはさておき、
あるものについて"それはAでない"と言ったとき、
上記の二次元閉空間で考えれば、Aという閉集合が一つ生じ、
「あるものは閉集合Aに含まれないものである」ということを意味します。
が、そも言葉とものの対応において「その二次元閉空間とは何なのか?」という疑問があって、
(この疑問は今出てきただけなのですばやく棚上げしますが、)
"それはAでない"と言ったときに「Aを含む別の二次元閉空間が発生する」と考えてもよい。
これを絵で描こうとするとたぶん面倒です。
概念で考えるとわかりやすくて、
あるものに対して"Aでない"と言ったときに、
あるものとAが異なるジャンルに属する(容易に結びつかない概念同士である)場合には、
あるものをAが属するジャンルに即して思考する契機が発生するということです。
でも特性のない男は非音楽的だったのかしら?
適切な答えが思いつかなかったので、この考えをそのままにして、彼女は先に進んだ。
だがしばらくして、思いついた──ウルリヒは特性のない男だ。じゃあやっぱり、特性のない男は音楽的ではありえない。でも、非音楽的でもありえないのではなかろうか?
「第97章 クラリセの神秘的な力とその使命」p.231(ムージル『特性のない男Ⅱ』)
だがクラリセはこの力を、特性のない男で立証してみたいと、しばらく前から考えていた。それがいつからかは、彼女には正確にいえなかろうが、そう考えたのは、ヴァルターが言い出し、ウルリヒが同意した「特性のない男」というこの名前と関連していた。(…)だが「特性のない男」というこの言葉は、例えばピアノの演奏を想起させた。つまり、それは本物の情熱ではないにせよ、演奏中にすごい早さで横切ってゆくあの憂愁、歓喜のほとばしり、怒りの爆発などのことを。
同上 p.242
「特性のない男」が、音楽的かどうか?
それを「音楽的でも非音楽的でもありえない」と言って、何を言ったことにもならない。
とりたてて何も意味しないこの疑問と答えが、しかし「ピアノの演奏を想起させた」。
× × ×
「意味の空間」あるいは「言葉とものとが対応する空間」。
これと「意識(思考)の空間」とを、それらがあるものとして比べたとき、
まったくべつものかもしれないし、似たようなものかもしれません。
が、似たようなものとして考えたほうが便法的にわかりやすく、
そうだとしてここで「意識の空間」というものを考えようとします。
というのも、冒頭に書いた「突然光る球が浮かぶ」というメタファが、
意識の流れについても親和するからで、
そうすると「意識の空間」は少なくとも四次元以上ということになります。
もちろんこれには、"人が想定できるうえで"という前提がつきます。
意識というものは奔放でとらえどころがなく、制御できながらし切れない部分があり、
行動が伴えばはっきりもするし、ただ空想をもてあそべば曖昧にもなります。
それは行動の原動力にもなり、恐怖で身をすくませる麻痺剤にもなり、
従ってそれに全幅の信頼を寄せることも、悪魔のごとく忌み嫌うこともあります。
そういった様々な両面性があって、
しかし終生まで身近に付き合っていくことだけは確かなことであって、
その意識の「とらえどころのなさをとらえようとする」アプローチは、
互いにうまくやっていく上でなんらかの助けになると思われます。
× × ×
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 講談社
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