human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

最近のアボカド捜索料理

相変わらずアボカドが安いので(メキシコ産。円安のせい?)、
週2くらいでアボカドサラダを食べています。

スーパーで買う野菜は、食べたいものではなく安いものを買うので、
いつも使う、使い勝手の良い野菜の値段が高いと時々へんなのを選んだり、
かといって調理は家にあるものでなんとかしようとするので、
ブリコラージュなんですけど、出来栄えもそれほど興味はなく、
でも学習はする(同じ失敗は繰り返したくない)ので、
実験がいちばん近いですが、
創作というよりは捜索料理。

さて。
つい最近までベーコンのことを、
ひき肉みたいな肉(一度細かくしてから固めた肉)だと思っていて、
まあとんでもない勘違いというか、
どこでそんな発想を持ったのかもはや不明なのですが、
(そしてそういう間違いに驚かなくなってしまった)
そうではなく、また保ちもいいので、
グラム100円で売ってるスーパーを知っていたので買うようになり、
それがアボカドサラダに追加されて、
調理法の縁でサラダの具がさらに増えて、
サラダなのかお前は? という進化を遂げています。

なにはともあれおいしいし、
じぶんでつくればだいたいはおいしい。

ねりにねった納豆を炒め中のチャーハンに投入して、
未確認飛行物体的な固形チャーハンを作ってた学生時代が懐かしいです。
自炊は最初から実験でしたが、
あの頃は味もけっこう失敗してました。
(そしてそういう時に限って友人を呼んでいた)

では、以下のアボカドサラダ。
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(1)この肉は鶏胸肉なんですが、
唐揚げライクなものをグリルで作ろうと考え、
衣にオートミールと白ごまを使ったものです。
肉にも、オートミールにも醤油とかバルサミコ酢を垂らしたりして、
なかなかよい。

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(2)ベーコン登場、本家パワーサラダ。
グラタン皿にベーコンを敷き詰めて、
グリルで表10分、裏返してさらに10分。
焼き過ぎて焦げてます。
調理後のグラタン皿にはベーコン油と熱が残っていて、
卵、オリーブオイル、トマトガーリック、各種ビネガーなどを入れ混ぜて、
香ばしいドレッシングを作れます。

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(3)色がちょっと…まあカメラのせいです。
これはサラダではありません。
長芋(ベーコンの下に隠れて見えない)と大根のステーキ、
(要するにざっくり半月状に切って弱火でジワジワしたやつ)
ピーマンのざっくり丸焼きと厚切りベーコン炒め。
デカい具をひとまとめにフライパンで調理。
ふと思いついて、(フライパン上で)長芋にチーズをのせて、
その上にベーコンをのせて溶かしてくっつけて、
「長芋ベーコン寿司」ができました。
あ、これ創作やん、とその時初めて思った。

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(4)再びベーコンのパワーサラダ。
冷蔵庫に長ネギが余っていたので、
ベーコンと一緒にグリル焼き。
サラダとあったかい具が半々というのも、よいですね。
こたつでアイス食べるみたいな。
ちょっと違うか…

実家の近所のグリル洋食屋で、
アイスクリームにブランデーをかけて点火するとアイスが燃え上がる、
「ベイクドアラスカ」というデザートがあるんですが、
アイスの表面が焦げていてあったかいという、
不思議な…つまり(変化量でいう)高エントロピー料理ですね。
あれもおいしい、あれみたいにおいしい。

何でしょうね、
温度差に美味しさというか、刺激を感じるのは確かにあって、
もちろん常温でも美味しさとか出来立て感のある料理はあり(マリネとか)、
そっちの出来立て感は酸化が関係してるのでしょうけどそれはさておき、
熱い食べ物、冷たい食べ物にそれぞれ刺激を感じ、
その刺激は美味しさそのものではないが美味しさを引き立てる。
そして熱さと冷たさの入り混じった食べ物を口に入れると、
なにかカタルシスがある。
その混合のカタルシスは、熱さ・冷たさの各々だけでは得られない、
のか?

いや、この混合のことはよくわかりませんが、

食物と口の中のあいだで熱のやりとりが(多く)行われること、
おそらくこの現象が、
「食物を身体の一部(つまりエネルギーですが)に変化させること」の、
その変化じたいを体感させる儀式的な役割をもっていること。

これが、
「熱移動の刺激が美味しさを引き立てる」の具体的なところではないか、
などと想像してみました。