human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

人間の定義、幽霊の希望

「君はいつだって、どこへだって行ける。でも……、ここへ来た目的は?」
「人間じゃない生きものを見たかった」
ロイディは生きものじゃないよ」
「生きていないの?」目を見開いて、クロウ・スホはロイディを凝視した。「でも、話ができるし、歩いているわ」
「それは、生きていることとは別のことだよ。彼は機械なんだ。メカニズムなんだ」
「メカニズム?」
「そう……」

森博嗣女王の百年密室

その定義は、とてもシンプルだ。
少女にだって、わかる。
いや、きっと大人は忘れてしまうのだ。
具体的な物や言葉に囲まれて、純粋な抽象思考を忘れてしまうように。

「ミチルは人間?」彼女はこちらを向いた。
「どう思う?」僕は尋ねた。
「人間だと思う。お話がとても面白いわ」
ロイディ、聞いたかい?」僕は振り返った。「よく覚えておくんだよ」
「了解」ロイディが答えた。
「私、図書館へ行くわ」クロウ・スホは立ち上がった。「ありがとう。サエバ・ミチル」
「何が?」
「お話をしたこと」
「人間らしく、できた?」
「できたわ」クロウは悪戯っぽく唇を噛んだ。「あなたは人間よ」

同上

でないと、人は人を殺せない。
だからこそ、人は人を殺せる。
そしてこの定義は、自分に撥ね返る。
確信を持ち、行動指針とした者の姿を、淀みのない鏡となって映す。

 お金を破り捨てた 人間のように
 人間(いのち)を破り捨てた人間は‥‥
 愛を口にする 資格すら 失うのかも しれない

 思うことも 感じることも
 人間の所業とするのなら
 その根幹たる人間を 否定してしまった 存在は‥‥
 人間の世では 誰とも疎通 できなくなる

 それはもう 幽霊(ゲシュペンスト)だ‥‥

岩永亮太郎パンプキン・シザーズ11』

幽霊には己が幽霊である自覚がなく、従って苦しみはない。
最早戻れない世界を羨まないのは、まだ自分がそこにいると信じて疑わないから。
けれど、幽霊と人間のハーフとなった者は、生きるそのことが苦しみとなる。
自分の所業の一つひとつを、確信を持って否定し続ける人生。

それでも生きたいと思える希望、noblesse oblige.

 ☓ ☓ ☓

女王の百年密室―GOD SAVE THE QUEEN (新潮文庫)

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