human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

ラヴロフとシュレディンガ

 
 スーパーで同じアパートに住むご近所さんを見かける。

「あ、セイちゃんだ。わっほーい。買い物かのー?」
 サキさんがこちらに気付いて、手を大袈裟なほどに振ってくれる。彼女は多動症かと思うほど元気一杯で、ふわりとしたスカートがいつも空気を巻き込んでひらひらと踊っている。一方のアキさんは、こちらもいつも通りデニムジーンズとTシャツという簡素な格好で、脇目も振らず一心に売り場の棚を睨んでいる。眉間に寄ったシワは永久に定着しそうな力強さだ。彼女の華奢な腕はフラットな胸の前で頑丈に組まれていて、白い肌には血管が浮き出ている。あのまま殴られると痛そうだ、と思うと体が震えてくる。サキさんには全く堪えていないようだけど。
「そうなんです。アキさんサキさん、お悩み中ですか」
「うーんとね、ご飯何にしようかなって」
「あーわかります。眼の前に食材がたくさんあると迷いますよね。来る前にメニュー決めてきても、いざ野菜売り場に立つと特売に目が行っちゃって…あれ?」
 私は野菜コーナーから歩いてきたのだけれど、気付けば二人が立っているのは調味料売り場だ。
「うーん、今週は何味のそうめんでいくか。この前は塩だったし、ここらでちょっと趣向を変えて、食卓に彩りを添えるには…」
「カレー粉にしようよ、アキ! 瓶になんかたくさんカタカナ書いてあるし、これ使えばきっと複雑でビュウテッホーな味になるよ! サッとひとふり魔法の粉!! これで料理ダメっ子も失敗知らずだわさ」
「なんだとー! こらサキ、自分が料理できるからって調子に乗んなよ!」

 そうめんカレーかぁ。いや、カレーそうめんなのか。どちらでもいいけど。というか、そうめんは固定? おかずがあるかが心配だなぁ。というかこの二人の「料理できる」基準ってなんなのだろう。「ごちそうするからウチ来なよ!」なんて突然言われた時に、驚かない心の準備をしておかなくちゃ。あ、でも、だから二人とも細くてスタイルいいのかなぁ。お呼ばれしたらダイエットの秘訣なんか分かっちゃったりして。サキさんなんて「そんなの、そうめん効果に決まってるわさ! ツルッと食べればお肌つるつる! 体のラインは唇に吸い込まれる細麺のシナりのごとし!!」とか演説始めて、やっぱそうなんだー! って。いや、いやいや。そんな馬鹿な…いや、馬鹿なのは私か。うーん、なんか馬鹿にしてるなぁ。サキさんごめんなさい。

「あー、セイちゃん何こそこそ笑ってるのぉ。怪しいなぁ。また変な妄想して一人で楽しんでるんでしょう? ちょっと、サキ姉さんにこっそり教えなさいよ。アキには秘密で!」
「え、いや別になにも、…っぎゃー!!」
 不意打ちで腰を両側から掴まれて、つい叫んでしまう。
「あーあー、あんたはもうっ!」
 げしこっ。きゅう。
 アキさんの血管ウキウキ握りこぶしが、サキさんの頭の分け目を狙い澄まして炸裂する。女子の髪ってけっこうクッションになるから、痛いんだよなぁ、これ。殴られる方も、殴る方も。しかし本当、この二人はいつ見てもコントだな。アキさんって男性的だから、二人で恋人同士に見えないこともないけれど、実際近くにいるとどうしても、カップルというよりはコンビなんだよな。羨ましいなぁ…いや、そうでもないか。いやいや、どうだろう。実は案外、なんて。うふふ。

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ふら・ふろ (3) (まんがタイムKRコミックス)

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