human in book bouquet

図書館司書を念頭に、ボルダリングと読書の生活。

冷凍トイレ、転ばぬ先の葛根湯、「必然」の健康観

昨日からしばし寒さが落ち着いています。
最近書いていなかった主な理由は寒いからです。
暖房をかけ続けると空気が濁ってくるので時々しか点けず、
すると長時間テーブルに座って何かをすることができない。

起床時にトイレの水が止まったことがこれまで二度あって、
水抜きしていたのにの関わらず凍ったのならそれは室内で、
学習してトイレに常備しているヒーターをつけておくと、
10分かそこらで水の流れが復旧します。

(水抜き栓を戻す時に水道管に水が充填される音が聞こえるのですが、
 上記の水が止まった時にもその充填音が聞こえていたので、
 これも凍ったのでは外ではなく中だというヒントになります。
 換気している風呂場の蛇口付近の水もよく凍ることがあります)

が、今季いちばん厳しく冷えた一昨日の夜にトイレの水抜きを忘れました。
予報で最低気温マイナス10℃の日で、案の定水抜き栓に全く応答しない。
室内ではヒーターをかけつつ、外では「それらしき所」に熱湯をかけました。
遠隔式水抜き栓↓の先が埋まっている周辺の、水道管が通っていそうな辺り。

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写真はそれより前、初めてどっさり積もった時に撮ったものです。
初雪かきだったので通り道のほかにいろいろ掘り起こしていたのですが、
昨日気付いたのは、たぶん水道管直上の地面に雪は残した方がよいこと。
畑の野菜に雪を積もらせて冷害を防ぐのと同じことだと思います。

 × × ×

しばしば葛根湯を飲むようになりました。
大きな風邪を引いたのは昨年暮れの一度だけ(2週間続いた)でしたが、
風邪の予感は何度かあって、そのたびに予感段階で漢方を頼っています。
漢方(的思想)の紹介本↓を読んで、生活にいろいろと影響を与えています。

丁先生、漢方って、おもしろいです。

丁先生、漢方って、おもしろいです。

漢方薬には「上品・中品・下品」というグレードがあって、
その基準は効能の大きさではなく「副作用がいかに小さいか」だそうです。
そして「同じ薬が下痢にも便秘にも効く」という漢方薬の例もあって、
漢方の目指すところは病原の除去よりは中庸状態の回復促進にある。

「促進」は助太刀の立ち位置で、つまり本人の現状復帰力がメインとなる。
そして服用して病の気が消えることもあり、何も起こらないと感じることがある。
後者が望ましいことの理由は、良い漢方薬が「上品」であることにあります。
副作用もなく自然と治ったと思えるなら、体の状態が良いという証拠です。


漢方はどうも、武道と通じるところがあります。
外力(特に局所的な効力をもつもの)に依存せず、身体全体の潜在力を活かす。
連想するに、身体教育研究所長・野口裕之氏の健康観とも通じます。
健康は良きを目指すのでなく、個々の身体にあるべき健康状態がある、という。

京都にいた時、氏の公開講話に一度だけ行ったことがあります。
その時に聞いた話か、『朴歯の下駄』に書いてあったかだと思います。
数学者・秋山仁ニヒリズムにどっぷりと深浸けしたような風貌を今思い出します。
講話の内容は他言無用と言われたので、講話の日にさわりだけ↓書きました。

cheechoff.hatenadiary.jp

身体性の賦活と、健康であり続けることはイコールではありません。
身体が丈夫でも体調を崩す時は崩します。
その時に、不調をものともせずに普段通りに動き回れるよりも、
不調を敏感に受け止めて「不調に適った動き」ができる方を目指す。

これは壮年期の人にとって「老いと向き合う」ことと同じでしょう。
けれど事は、老いを身に感じ始めた人だけの問題ではない。
たとえば、経済成長を諦める縮小社会のメタファーでもありえます。
個々の身体ではなく社会の問題と見れば、それは全成員に関わってきます。

「弱さ」を言祝げれば、新しい時代の地平でその朝日を拝めることでしょう。

「人間と共に、黄昏の時代を生きていきます」とセルムに決意を語ったナウシカのように。

風の谷のナウシカ 6 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 6 (アニメージュコミックスワイド判)

ゆくとしくるとし('17→'18)

2017年も年の瀬です。

今年は未だかつてないほど世間と隔絶した生活をしていました。
曜日感覚と季節感を除いて、時を刻む音を耳にしませんでした。
ともあれ、毎年恒例ということで少しばかり振り返ってみることにします。
去年までと違い、今年はこのブログに「ゆくくる」本文を書きます。

例年通り、BGMは不始末さんのこちら。毎度お世話になります。

 × × ×

あとで触れますが、今年は岩手で年を越します。
初詣は近所にある鼬幣(いたちべい)稲荷神社へ行くつもりです。
当たり前の雪景色で、数日前に積もった雪で道路は凍っています。
寒さにも慣れたので、距離も近いし歩いてみようと思います。

今日は夕方から、ここ2年分の「ゆくくる」を読み返していました。
読み終えてから今年分を書こうと思い、その量の多さに驚きました。
お腹が空いてきたので書く前に夕食を作り始めましたが、
ご飯を炊いていないことに気付き、途中で止めて先に書き始めています。

 × × ×

内田樹氏に倣い、今年の個人的十大ニュース(時系列順)。

 1. 夜の京都の街(鴨川沿い)を一本歯下駄で闊歩
 2. その勢いで四国遍路を一本歯下駄で踏破
 3. 京都市左京区から岩手県花巻市へ高飛び
 4. 積年の興味対象だったボルダリングを始める
 5. 東北の涼夏を感じつつ7年ぶりに大学へ通う
 6. 2ヶ月半の短期講習を終えて「図書館司書」資格を取得
 7. 終始流れに身を任せて「短期集中恋愛飯事」を行う
 8. 東北3県9ヶ所の公立図書館ツアーを敢行
 9. 村上春樹小説に端を発する待望の「雪かき」を実地体験
 10. 司書のモチベーションを維持しつつ「読書と登壁」生活

10個もないと思ってましたが、書いてみると、あるものですね。
項目の所々をひろって、かるく解説しておきます。
まずは別途参照のものから。

(2)は帰還後所感記、気まぐれリアルタイム道中記、更新途絶中の回想記などに任せます*1
(4)は「登ること」のタグがついた記事群にいろいろ書いています。
(7)は「ある関係の始終」と題する数記事に「非常に抽象的に」書かれています。
一言だけ具体的なことを言い添えると、相手は「年下バツイチ子有り彼氏持ち」でした。
(8)は具体的に見学した図書館についてここに列挙しました。

…ご飯が炊けたので先に夕食を食べようと思います。

玄米ですが、こういう事態は何度かあり、「白米早炊き」で炊きます。
水分が粒の中まで浸透しませんが、まあ仕方ありません。
「くえるだけでもありがたや はらにはいればみなおなじ」
とは、『忍玉乱太郎』の忍術学園臨時教師、黒影半蔵もとい「黒コゲパン蔵」の言葉。

いや、不味いほどではありませんが。 ** : **

 × × ×

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というわけで今年最後の晩ご飯。

最近「薄味」生活を始めています。
漬け物は雪菜(宮城産)とにんじんの浅漬け、わさび風味。
味噌汁は同じく雪菜とメークイン、味噌は岩手の田舎味噌。
木綿豆腐の上には京都の白味噌がのっけてあります。

これで玄米ご飯を茶碗にもう1杯食べて、腹八分目。

 × × ×

先の十大ニュースの続き。

(9)、(10)が進行形で、(10)が今の生活を端的に表しています。
仕事は求職中で、とにかくまずは図書館で働くつもりです。
花巻で働くのか、あるいはまた別天地で見つけるのかは縁次第です。
岩手にはとりあえずひと冬を越すまではいると思います。

「司書のモチベーション」は、これまたどういう経緯か、力添えを頂いています。
司書講習の同期の方で、人生経験豊富で僕より一回り半ほど年上の「ラテン系姐御」。
その人M女史は地元T市で子ども図書館のフルタイム職を得たようで、
「週報」と題してT市の図書館事情をはじめ色々な情報を送ってくれています。

この場を借りてお礼申し上げ、司書職が叶った暁には「週報返し」をする所存です。

 × × ×

上で触れた「2年分のゆくくる」ですが、自分で書いたのですが読んで驚きました。
文章量もさることながら、2つの強い意思をまざまざと感じました。
ひとつは、頭の回転のなすがままに、という奔放さに従う強さ。
いまひとつは、可能な限り緻密に論理的に言葉にしてやろうという強さ。

今の自分が読んでもとても面白いのは、興味関心がほぼそのままだからです。
それでも感心までしてしまうのは、今はこうは書けないと思うからです。
さっき読んでみて、保坂和志森博嗣(の文体)の影響をはっきり感じました。
内容として今の生活と関わるところがいくつかあったので、抜粋しておきます。

<去年>
 1. ゆくとしくるとし('16→'17) : 深爪エリマキトカゲ
<おととし>
 2. 生活だけがあった年 : 深爪エリマキトカゲ
 3. ゆくとしくるとし(´15→´16)1 : 深爪エリマキトカゲ
 4. interlude -京都和歩と憑依想像遊戯- : 深爪エリマキトカゲ
 5. ゆくとしくるとし('15→'16)2 : 深爪エリマキトカゲ

会社を辞めて田舎暮らしをしたいのかというと、まだよくわかりません。
感受性を下げる要因が少ない、むしろ感度を高める喜びすらある(というのは実際を知らない僕の想像ですが)という意味では田舎暮らしは魅力的ですが、今のところ魅力を感じるのはその点のみです。
人が少ないのも自分向きのような気はしますがこれは現状と比較してのことで、本格的に人口の少ない街や村で暮らしたことがないので人の少なさが自分にどういう心境の変化をもたらすかについては、好悪は不明でただ興味だけがあります。
田舎でする仕事などはなおさら何も想像していなくて、むしろ一度仕事を辞めたら「何も仕事をしない生活」を数年くらいは続けてみたいと思っているくらいで、これは明らかに保坂和志のエッセイや小説の影響を受けています。...(3)

これは2年前、まだ会社を辞める前に書かれたものです。
この抜粋の全体として、今はだいたいこの通りになっています。
花巻はここで考えられているほどの田舎ではありませんが。
「何も仕事をしない生活」を始めて1年と3月になりますが、さて今後はどうなるか。

僕は「専門家にはなりたくない」という漠然とした認識を持っていて、でもこれをちゃんと言えば「視野が狭くなって他の専門分野に興味を持たず、他者の思考を尊重しない専門家にはなりたくない」であって、そうならない道として昔は「(狭く深く、ではなく)浅く広く」しかないと思い込んでいたのですが、(…)「浅く広く」もやり方次第では「一つの専門」になりうると思います。たとえば「雑学クイズ王」みたいなものかもしれません。僕の今の興味からすれば「生活の専門家」と表現すれば言いたいことが言えていることになるのですが、実際的な面と同時に思想的な面もフォローするには「生活」という言葉は実際側に傾きすぎているように思えます(鶴見俊輔氏の「限界芸術」にならって「限界生活」とかどうでしょうか…なんか限界集落みたいな響きがしますね。ふと「電波少年」の”なすびの懸賞生活”を思い出しました)。

『風土』の話から逸れて何が言いたかったのかというと、昔は興味を持てなかった本に興味がもてるようになったこと(を認識したこと)から、『喜嶋先生~』にあった「専門の深化がたどり着ける普遍」を連想し、そこから、僕自身が距離をおいていると思っていた何かしらの「専門性」を僕が持ちつつあるのではないか、ということも考えてみたのでした。
このことは連想しただけで、それを今掘り下げてみようと思いませんが(なんとなく、今「生活」としてやっていることが「仕事」に結びつきそうな気がするのです。これもまた今の僕が避けようとしている認識です)、とても大事なテーマだとも思うので、今書いているこの文章を読み返す未来の自分に期待するとしましょう。...(4)

この抜粋太字部を読んで、「未来の自分」とはまさに今の自分ではないのかと思いました。
というのも、最近の記事でも触れましたが、ちょうど甲野氏のこの本を読んでいたからです。
今日読了したそのタイトルは、まさに『今までにない職業をつくる』。
過去の自分に期待されてるからには、発奮せずにはいられない…かもしれません。

司書講習中は、同期I氏と「司書サービス付き野菜スープスパゲティ屋」構想を練っていました。
これは8割方冗談でしたが、休みの日に調理メニューの研究をしたりもしました。
また上記M女史には「司書よりブックカフェ店主の方が似合うんじゃない?」と言われました。
その時彼女は、コスタリカにいくつかあるというブックカフェの話をしてくれました。

敢えて今これを考えるなら、列挙できるキーワードは決まっています。
「本(読書)」「非集団」「司書」「生活(思想)」「身体性」「武道(ボルダリング)」。
最後がおかしいですが、自分の興味を並べればこんなところです。
これ以上は掘り下げませんが、このキーワードも、未来の自分への縁としておきましょう。

 × × ×

夜になって、ふと玄関から外を見ると雪が降っていました。
その前にトイレに行った時に感じた静けさで、それは分かっていました。
雪が降ると、そして積もっているとさらに、とても静かになります。
この静けさは、経験した最初から、とても好きです。

「余計なことをしない」というストイックさが、ここでは自然と身につきます。
ちゃんと環境を整えずに気を緩めることを、厳しい寒さは許してくれません。
この行動の制限は、必然性という結晶となって僕の一部となります。
逆から言えば、不自由という側面が必然性のなさを除去してくれるように感じます。


仕事をせずに、一日家で読書をするか、登壁ジムを車で往復するだけの現状では、
雪国生活はとても自分の性質に合っている気がします。
好きではなかった車も、生活上の必要が身に染みて、当たり前に乗るようになりました。
実際の仕事事情、それとあとは豪雪と極寒の経験次第では、定住の可能性もなくはない。

とはいえ、それを決めるのも、僕自身ではないという予感があります。
ここ何年かの「ゆくくる」に書いた通り、縁に従って仕事を見つけ、そこで生活をする。
司書資格をとろうと思った経緯はもう忘れましたが、自分で決めた印象はあまり残っていない。
今の生活も、現在を充実させることの中に、生きる間口を広げることがあります。


音が途絶え外界が雪で閉ざされた場所での独り生活が、危険だと考えたことがありました。
東北では自殺者が多いという情報を、それ単体で真に受けていたのだと思います。
いっぽう、人の多い都会なら寂しくないし、いざとなれば近くに頼れる人がいる。
…今はその当時(おそらく神奈川で働いていた頃)と、まったく逆の印象を持っています。

寂しいかどうか、孤独かどうかは、僕にとっては大して重要ではない。
いや、これは一般化できるとすら思います。
重要なのは、自分の身体の息づきへの感度を保っていられること。
何の重要性かといえば、「生きる意欲」にとって、です。


「人は他人のためならば生きられる」とは、僕もそう思います。
けれどもしかして、この源には「身体性」があるのではないでしょうか?
他者とじかに接して他者の身体の息づきを感じ、自らの身体がこれに応じて活性化する。
人の顔が見えないシステム化された会社では、他者は脳的にしか把握できない。

今の生活が「生きる間口を広げる」とは、こういう意味においてです。
何度も書いたことですが、正直に言って僕は、やりたいことがあるわけではありません。
(「君、図書館で働きたいと別に思ってないよな?」と、上述の慧眼I氏は見抜いていました)
やりたいことではなく、「こうありたい」という状態の志向がある。


今、これに別の表現を与えることができます。
生活(仕事)の充実とは、「生きたい」と思ってそれを営んでいくことです。
高度にシステム化された集団社会では、"時に"逆説的な事態が発生します。
意志として「生きたい」と思わない方が、現実として「生きて」いきやすい。

この逆説的事態は、もはや"時々"ではなく、"必然的に"起こると考えていいと思います。
多くの人が結集して丹念に作り上げたシステムは、その内部の人間に複雑な手間を要求しない。
生きること自体が手間のかかる無駄な営為だという根本的な認識に立てば、道理です。
それゆえ、システムの外に立つか、その内側でシステムとは別の「生の原理」を立ち上げる。


あるいは、上記の別の表現を、問いの形にすることもできます。
「どうすれば『生きる意欲』をもって生活していくことができるか?」
正確にいうと、より抽象的になりますが、こうなります。
「仕事の種類によらず、"それ"を実現するにはどうすればよいか?」

もし、この問いになんらかの答えが見出せたならば、それは僕だけの問題ではなくなります。
もとい、それは僕だけの「答え」ではなくなります。
そういう、「遠大な野望」があっても、いいと思うのです。
これもひとつの、「個が普遍につながる」形ではないかと思うのです。


これまでの「ゆくくる」ではやりませんでしたが、本の引用で締めたいと思います。
数ヶ月前から、橋本治の時評本『ああでもなくこうでもなく』シリーズを読み返しています。
院生時に精読して救われると同時に蒙を啓かれたこの6冊には、大量に傍線が引いてあります。
その、ちょうど最近読み返した部分と本記事の結末がシンクロしたのは、きっと偶然ではない。

「私が今年の初めに「算数が出来ない小学生のための算数の本」を書こうと思ったのは、正しく、「世界情勢なんかより、"自分は算数が出来ない"と思って、自分の誇りを埋もれさせてしまう人間を救うことの方が大切だ」と思ったからで、なんでそんなことを考えるのかと言えば、私が根本で、「世界情勢は結局のところ個々の人間が作るもので、それをへんな風に歪めないためには、個々の人間が誇りを埋もれさせないことが一番だ」と思っているからである。私はそういう風に、時代状況を一個人にシンクロさせてしまう
 そうでなければ意味はないし、またそれ以外に、私のような専門知識を持たない人間が世界に立ち向かう術もない。
「183 世界を作るのは、やっぱり、一人一人の人間である」p.242-243

 私は別に、シラタキが病気になったから、それで自分の原稿に個人的なメッセージを込めていたわけではない。それを言うなら、個人的なメッセージは、初めからある。あって当然だというのは、この原稿を受け取るのがシラタキで、この原稿を最初に読むのもシラタキだったからだ。(…)
 「あなたは、編集者としてこれを読むことによって、読者という公的な存在になる」──それが、書き手から編集者へ送られる私的なメッセージであると、私は信じている。
 だから、編集者は「一読者」になってはいけない。「読者であることを代表する最初の読者」にならなければいけない。その前提を捨ててしまったら、「読者へ送る」が、ただのトンネル仕事になってしまう。
 一個人は、同時にまた一公人である──これは、義務であり、権利である。この二重性がなかったら、「国民一人一人が国家のあり方を考える」ということは成り立たない。「個としての深み」は、「公としての広がり」とシンクロしていなければいけない。それであればこそ、「一人のあり方」は時代状況とシンクロしうるのだと、私は思う
「187 読者と書き手と編集者」p.254-255

「第四巻の第十四回 世界の中の一人(2003年6月・7月)」(橋本治『ああでもなくこうでもなく4 戦争のある世界』マドラ出版)

なんとか今年中に書き終えることができました。

どうぞ、よいお年を。
そして、来年もどうぞ宜しくお願いします。 23:45

chee-choff

*1:1/1追記:紹介にちょうどよい写真があるのを忘れていました。物珍しさか道中で散々写真を撮られたので、いくつかはネットに上がるだろうと思っていたのを思い出し9月末に検索して、3つほど見つけていました。これはその中の一枚。遍路道の終盤、香川県は84番屋島寺のある山頂へ続く参道にて。急傾斜に加えてつるつるの石畳の道だったので歯底が滑って大変でした。出典はこちら(元ページが見られなくなっていたので検索結果ですが)。
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コンポステーラの記憶、歩く必然

四国遍路の回想記↓は、序盤の山場手前で長らく更新が途絶えています。
司書講習が始まる前の、時間を少々持て余していた時期に書き始めたものです。
社会的立場は今もその時と変わりませんが、今はなかなかその時間が現れてきません。
大沢温泉(値段の安い自炊部)に連泊して、集中的に書く気がないでもありません。

とにかく遍路の話は、まずは回想記に書こうと思っていました、が。

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序盤の山場とは3日目の12番焼山寺の山越えのことです。
急勾配の山を越え、下りは長々と緩く、5日目は平地でお寺が密集した所を歩きます。
その後、たしか6、7日目だったか、「第二の山場」の麓まで進みます。
アップダウンの激しい2つの山と、それぞれの高所にある2つのお寺。

いろいろ名前を忘れていますが、その第二の山場の麓にある民宿での話です。


公式*1その民宿のほかに麓に宿がなく、僕が泊まった日は多くの宿泊客がいました。
夕方前に宿に着いて、早めのお風呂に入った時も、遍路が数人いました。
その中の一人、旅の年季の入った風体の男性から、湯船に浸かる間に少々話しました。
話したというより一方的に聞いていたのですが、淀みない口調も旅慣れたものでした。

ヨーロッパの巡礼で有名なのが、たしかスペインの「なんたらコンポステーラ*2」への巡礼。
男性は過去にその巡礼を行ったらしく、四国遍路との違いを説明してくれました。
国をまたがる数千キロの道のり、多国籍の巡礼者、巡礼然とした道と宿場街。
安く簡素な宿、街で素材を調達しての自炊、あって有り難い冷シャワー。

今追って想像するに、巡礼者の年齢層も、四国遍路とは違うのでしょう。
定年を過ぎた年配より、前途を見はるかす若者の方が多いに違いない。
歩く理由も、それに応じて違ってくるでしょう。
具体的に想像はつきませんが、「歩く理由の多様さ」という点において。

 × × ×

そんな大した記憶ではありませんが、今日ふとこのことを思い出しました。
例のごとく読中長編『特性のない男』の、ウルリヒの特性の描写にあたって。
そして自分の海外への興味について、新たな視点を得ました。
大陸へ行く必然は、定住ではなく巡礼にあるのかもしれない、と。


僕はビザを取ったことがなく、つまり日本を離れたことがありません。
外国への興味はつねにあって、そしてその内実は日本を外から見ることにある。
きっと自分はかなり日本的で、日本的な性質が好きで、しかし同時に嫌いでもある。
嫌いなのは、おそらく日本人の集団特有の、多数派的な諸々の性質。

そういった好きも嫌いも、日本で暮らし続けて感得するに至ったものです。
このことに良いも悪いもありませんが、この認識は固定化される運命にある。
いくら分析し掘り下げても、日本にいる限りは「身体丸ごとの視点」は変わらない。
その内容がどうあれ、自分のなにかが固定化されることは、好ましくない。

これが日本を外から見ることの動機で、しかしこれは単なる旅行では達成されない。
行きそして「戻ってくる」ことを前提とした旅行は、軸足を母国に残したままとなる。
そう考えると、自分の思想の基盤を揺るがす変化は、外国に住むことでしか起こり得ない。
異文化の異質に触れ、それが自分の身ぶりに決定的に影響するような状況としての定住。


と、こういった考えは今言葉にしてみて、そのまま持ち続けていることを知りました。
考えの中で想定した状況に至る必然の「ひ」の字もないことも含めて、そのまま。
この必然ということを考えた時に、巡礼と結びついたのは、それが「歩くこと」だからです。
歩くのが好きな僕は、どういう事情で歩くことになっても、難なくそれを受け入れてきました。

 それがどれだけ常識外れで、無意味で、徒労で、そして過酷であっても。

ここまで書けば、あとは簡単。
「認識の固定化」を打破する必然に、どうすれば自分は導かれるのか?
…歩けばいい。
大陸の「とある地点」に降り立ち、そこから歩き始めるだけでいい。

これも前↓と同じく、今の生活が許す奔放な想像の一例ではありますが。
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 × × ×

彼は、むかし旅の途中で汽車を降りてしまい、目的地に行かなかったことがあったなと、このときなんとなく思い出していた。なぜそうなったかといえば、やり手ばばあのようにいわくありげに、あたりの風景からヴェールを剝ぎとる澄みきった日が、彼を駅から散歩に誘い出した。そして日が暮れたころには彼は見捨てられて、荷物をもたずに何マイルも離れた村に置きざりになっていたからである。とにかく彼は、自分でもわからなくなるほど長時間外を歩いて、そしてけっして同じ道を戻らないという特性を、自分がつねにもっていたということを、いま思い出していた。

「第23章 ボーナデーア、あるいは病気のぶりかえし」p.158 (ムージル『特性のない男Ⅳ』)

*1:知る人ぞ知る、あの「黄色い地図」のこと。

*2:書き上げてから一応調べました。正式名称はこれのようです。 サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路 - Wikipedia

ありもの「野菜だし」、変化し続けること

半年ほど前に岩手に引っ越す直前、京都府立図書館の向かいの蔦屋書店でいくつか料理本を買いました。
その当時に自分が想像する食生活のベースになるだろうと思って、野菜スープ本、サラダ教本、玄米レシピ本の三冊を選びました。
そのうちの一冊↓は、今も料理する時に参照し続けています。

スープの出汁に、調理時に出た野菜の切れ端を利用するのがこの本の基本思想です。
ある程度切れ端がたまったら、昆布と料理酒を足して煮込むだけ。
できた出汁は冷凍保存します。
本では出汁を使ったスープのレシピが載っていますが、出汁でご飯を炊いてもいいし、僕がここ最近頻繁に作るようになったカレーに出汁を加えてもいい。

出汁を足して味がドラスティックに変わるわけではありませんが、料理のメイン素材の味をしっかり支えてくれます。
出汁で炊いた米(いつからか僕は玄米です)は、それだけで食べるとなんの変哲もないのですが、おかず(=スープ)と一緒に食べた時に、予想だにしない旨みが引き出されます。
素材が薄味なほどその化学反応が劇的になる点は、スープのレシピは洋風が多いものの、野菜だし自体は和食の思想をもつと言えます。


最近の話ですが、カレーを作り始めてから「食べたい野菜をとにかく放り込む」ようになり、使う野菜が増えました。
「食べたい野菜」というのは正確には、スーパーで買おうと思って手に取った野菜で、それには食べたいという意欲のほかに、安くて多い(それは旬の野菜であることが多い)、新鮮である、地場産である、などの理由が付随しています。
カレーは最初に作る時に素材が完結するわけではなく、残りを使い回す間に足したり、焼き野菜にして別途の具にしたりするので、主に単品野菜でつくる野菜スープより断然多種の野菜を使うことになります。

そのような背景で今日野菜だしを作った時に、今までより野菜の顔ぶれが一段と豪華だと思って、せっかくなので数えてみようと思い立ったのが本記事の発端です。
ついでに今までの野菜だしも載せようと思って(特に理由なく、岩手に来てから調理にまつわる写真を撮りためていました)、整理していたら今日作った出汁がちょうど10回目でした。
今年最後の出汁が節目で、充実もしていて、一年を区切りとしての有終の美となりました。

まずは9回目までの写真をまとめた一枚を載せます。
これはphotoscapeというソフトに写真をまとめて放り込めばちゃっちゃと作れます。
便利なものですね。

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そして10回目の野菜だしと、その詳細です。
写真は材料投入時と、煮込んだ後のもの。
材料を列挙すると豪勢に見えますが、これらは普段の調理屑をタッパーで保存していたものの蓄積で、こういうものを作ろうとしたのではなく、まさに「ありもの」の結果です。

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 <材料>
  ・玉ねぎ(の皮と、根)
  ・長ネギ(の根)
  ・ほうれん草(の根)
  ・ピーマン(のヘタと、内綿というのか種がついた部分)
  ・オクラ(のヘタと、先端)
  ・にんじん(の皮と、根の付け根)
  ・かぶ(の根の付け根)
  ・大根(の根の付け根)
  ・さといも(の皮)
  ・じゃがいも(の皮)
  ・ヤーコン(の皮)
  ・まいたけ(の石突き)
  ・エリンギ(の石突き)
  ・えのきだけ(の石突き)
  ・しょうが(の皮)
  (+ベースのだし用昆布と、どぶろく

そういえば「野菜だし生活」を始めた頃の記事↓には、「生ゴミ入れは今のところ必要ない」と書きました。
調理で出る生ゴミがほとんど野菜だしに利用されるためにタッパー保存されるからで、結局現在もシンクに生ゴミ入れはありません。
利用できない生ゴミで日常的に出るのは、卵の殻とバナナの皮だけです。
cheechoff.hatenadiary.jp

 × × ×

野菜屑を捨てるのは、残飯処理と同じ質の疾しさがあります。

人が集団で食事をする効率化された場所ではどちらも当たり前に行われていることで、例えば食事処の調理場などがそうですが、その当たり前を個人の生活にも適用してよいのかどうかは、一考の価値があります。
これは、環境問題とか、資源の有効活用とか、そういった大枠の話とは、関わるにせよ本質的に別問題です(この一文から、環境問題のグラスルーツ的解決のカギがこの「別問題」からのアプローチにあることが想像できます)。

僕がここで書いた「疾しさ」の原点は、食膳に供されたものは残してはならないというしつけよりも(もちろんこれがそのまたベースにあるのでしょうが)、ホテルのバイトをしていた時に立食パーティの残飯を無慈悲にゴミ袋に流し込んだ経験にあります。
もったいないからと捨てる前につまみ食いをする先輩がいましたが、そういった個人もとい数人が対応(=資源を有効活用)するには遥かに大量の料理が、その生殺与奪の権を与えられた自分の目前に広がっていたのです。
その場所、つまりパーティを終えたホテルの一広間も「効率化された場所」で、僕自身も料理人と同じ立場で割り切るのが職業柄というものですが、結局ひと月もたずにそのバイトを辞めた入学したての大学生であった僕は、涙を押し隠して、ただ「これは間違っている」と思いました。

その思いを十年変わらず抱き続けて今のような生活をするに至ったと考えると、
なんというか、面白いなと思います。
がらりと変わる多くのものごとの根元に、あるいはその片隅に、
ちょっとした変わらぬものがひっそりと息づいている、というような。

「変化し続けたい」という意志があって、
「変わらぬもの」がその変化を陰ながら支えてくれると思えば、
安心して変化し続けられるのかもしれません。

生活としてのボルダリング

ふと思いつき、ボルダリングのグループに参加してみました。
登壁について言葉にするモチベーションになるかと思います。

hatenablog.com

自分はスポーツとしてよりは、生活として登っています。
また、自分の興味関心との相互作用も念頭に置いています。
今即座に思いつく興味関心としては、身体性の賦活と、武道。
武道との関連は、前↓に一度だけ検討したことがあります。

本記事では身体性の賦活について少し具体的に書きます。

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まず、「身体を鍛える」という考え方をしません。
局所的に負荷を与える筋トレは基本は行わない。
具体的には、道具を使ったトレーニングはしない。
身体一つで行えるストレッチを登る前後にやるだけ。

体幹をはじめ腕力や脚力、指の把持力は登壁のみを通じて向上させる。
木登りやアスレチックを通じて運動能力を獲得していく少年のように。
だから登れるコースの傾向は必然的に偏ってきます。
現状をいえば、強傾斜と「指ガッツリ系」が苦手です。

逆にスラブは、他の壁よりも上級をクリアできる傾向があります。
僕の身体が、上半身より下半身の方が「出来ている」からだと思います。
継続的なスポーツの経験はない一方で、最近の歩き遍路の経験がある。
一本歯下駄で2ヶ月間歩き通して、それなりに鍛えられたはずです。

そのような現状をとりあえず自然状態として、全体的に伸ばして行く。
課題のクリアは、モチベーション向上の一種としてとらえる。
連想的思考の回転を楽しむためにクロスワードを解くようなものです。
懸賞を狙うわけでもなく、もちろん暇潰しではさらさらない。

僕が通う北上のジムでは、ジュニアスクールが週二で行われています。
入門的なベーシックコースと、高レベルのアスリートコース。
子どもは大人より体が小さいので、ジュニア用コースが別途作成されます。
大人では珍しく、毎週コツコツと増えるそのジュニア課題を好んでやっています。

また、コースに関係なくトラバース(横移動)もよくやります。
これをやるのもジュニア課題をやる理由と共通する部分があります。
とにかく、いろんな身体の動かし方をすること
覚えたムーブの活用は二の次で、即興的な登りの自然さを探索する。

もちろんシール付きの既定コースを練習することも必要です。
ジムの人がしっかり考慮したムーブのエッセンスがそこに詰まっている。
ただ僕の考え方としてそれは、どこまでも基礎である。
ムーブがどれほど難しくとも、ムーブ単体は「流れ」を形成するための基礎

といったことを考えながら、岩手の地で登り始めて、はや半年になります。

free dialogue in vivo 3

流れを断ち切らないような動き。
流れは速度とイコールではない。
自然と速くも遅くもなる一連の。
体幹とホールド群間の相互作用。

乗せる足先、踏ん張る脚、弛める股関節。
把持する手先、引き張る腕、支える背中。
末端の連動を安定させるのは中枢の連動。
上下の半身を分断しない流路としての腰。

流れの自然さは傾斜壁でより体感できる。
最低限の固定力が必要な溜めを決定する。
余力を残せるコースで身体に問いかける。
この登りは心地良いか、爽快か、充実か。

free dialogue in vivo 2

動きへの問いを生への問いに結びつける;

脳の先手。
頭が動きを想定し、身体がそれに追従する。
再現できれば良し、違えば問いを立てる。
想定は妥当か?
進路に対しての動き、身体に対しての動き。
進路に適っても、身体が対応し切れなければ再考。
身体がさばけても、進路に対して不自然なら再考。
想定通りに身体が動き、進路を遂げる。
脳と身体の対話がひとつ、立証される;

身体の先手。
動きを頭で想定せずに徒手で進路を行く。
思わぬ失敗と、思わぬ成功。
失敗は納得を呼び、成功は驚きを呼ぶ。
納得は頭の想定を再開させる。
驚きは対話の提案を生む。
元は身体の無言の提案;

身体は無数の提案を成す。
脳はそのごく一部のみ解する。
身体は対話を求めてはいない。
脳は必要最低限で済ませる。
一挙一動を膨大な検討で細分化はできない。
経験と、習慣に基づいた自然が、対話を最小限に留める。
動きの質を変えるには、最小限からかさ上げせねばならない。
同時に細分化で動きの流れを澱ませてはならない。
気にしつつ、気にしない。
脳のダブルバインド
身体はそれを待っている。
脳が主導権を緩める時を;

free dialogue in vivo

世のなかの疑問;

誰かのための行動が、別の誰かのためにならない。
選択と排除。
視野の広さと狭さが互いを非難していること。
ふたつの目で見える広さと、はりめぐらされた情報網の広さ。
身体と脳のバランス。
個の定義;

ひとりの人間が個だとすると、現代の脳は重すぎる。
ひとりの人間とは別の身体は定義可能か?
身体と脳のバランスがとれる、身体の範囲。
人の集まり? 人間以外も、ネットワークも含む?
最初の疑問、バランスがとれた状態とは;

脳のあくなき亢進を、どこかで鎮める影響力を持てる身体。
インターネットの構造上、それ単体では不可能。
それは、付帯的な作用に限定される;

拡大し続けないことを仕組みづけられた情報網。
新聞社のニュースの取捨選択はその一例になるか?
バナー広告のような金の回り方はまず排除せねばならない。
供給される情報が、有限の需要に対せねばならない。
選択肢の多さは、ある度合いを超えると選択の自由を劣化させる;

需給関係を淘汰圧で調整する市場原理。
必要が満たされても、回り続ける歯車。
必要の定義をどんどん変えて。
市場原理は脳と身体のバランスを考慮しない。
このシステムも、単体では不可能。
それは、付帯的な作用に限定される;

拡大された身体をたとえば社会として、それは個人の反映となるか?
技術革新以前の昔も、今も、おそらくなっている。
単純に昔の生活には戻れない。
技術を捨てる必然がない。
個人なら実現できても、現代で普遍性を持たない;

資源の問題、地球環境の問題。
南北問題、西洋の植民の歴史。
歴史は一つだが、遡れば無数にある分岐。
未来の一部は、過去のなかにある。
人間がその発生以来、多くの性質を持ち続けている以上は;

仕組みを考えるのか、生き方を考えるのか。
社会集団の価値観か、個人の価値観か。
ひとりがとれる解決方法は、はっきりしている。
身の丈の感覚をともなった、グラスルーツ行動。
ここに問題はあるようであり、ないようでもある。
必然に導かれる以上は、問題はありようがない。
あるとすれば、必然の見極めにある。
そこにしかない;

じっとしている、たえず動き回る。
いずれにせよ必然はそこにある。
必然には時間軸がない。
その必然は因果の連鎖ではない。
必然は個別具体的にしか宿らない。
その必然の見極めは抽象的視点にしか基づかない;

待つ間は待ち続け、風が吹けば動く。
待つ間は動くときのためにあるのではない。
身の丈感覚の維持は、動くためだけにあるのではない。
待つも動くも、身体はひとつ、必然もひとつ。
ただ脳だけが勘違いをやりたがる。
それもこれも繰り込み、待ち、やがて動く;

病中後の審美的生活メモ

今週は過動で体調を悪くして、寝飽きるくらいずっと寝込んでいました。
過労ではなくて「過動」(ボルダリングは生活の一部)、登り過ぎです。
一日おきの一日7時間は、あまり休憩を挿まないにしては負担が大きい、
という教訓を得ました(3日以上間を空けたのは初めてかもしれません)。

そういえばここひと月ほど、指の皮(指紋の部分)が薄くなってきて、
回復には3日(ジムのオーナ)から14日(いちクライマ)はかかる、
という幅広い情報を得ていていつ対処しようかと考えていたんですが、
これを機会に指の皮を分厚くして、発展的復帰を図りたいと思います。

体はまだ本調子ではなく、月〜木は一歩も外に出ず、
行こうと思っていた花南巻温泉へ金になんとか行き、
その日に月一で通う紫波図書館へもなんとか行って、
やっと今日掃除と洗濯ができるくらいになりました。

原因は過動だけではなく、生活習慣と衛生面にもありそうです。
一日二食はまあいいんですが、登った後の夜に食べ過ぎていた。
今後は腹八分目、「もう少し食べれる」の一歩手前で止めたい。
外食がラーメンか台湾料理のみなので、自炊の頻度も一定度は。

掃除を週に一度は必ずやることにしましょう。
講習中は終盤までなんとか守れていましたが、
寒くなってくると途端にやる気が落ちました。
埃が多いからですが、この時期はカビが大敵。

結露がひどくて、寝室の和室は天井の一部に水滴がびっしり付きます。
特定の場所なので配管か配線かと思いますが、油断すると畳に落ちる。
畳は布団を敷いていた中心付近に埃が溜まりやすい、どうしてだろう、
とメガネでよく見たらカビで、処理して布団を敷く場所も変えました。

このたびの体調悪化でとくに喉がやられたのはきっとカビが一因で、
今まで見たことのない所に発生するのを岩手に来て何度も見ました。
ペールボックス、まな板、しゃもじ、箸入れ、壁紙、掛け布団など。
今こう書きながら、根本的な湿気対策をする気に初めてなりました。

ちょっと調べて、氷水ペットボトルか竹炭をやってみようと思います。

<生活メモまとめ>
 ・週一で家を掃除する *1
 ・適度な運動量を探る *2
 ・腹八分目に食事する *3
 ・部屋の湿度を下げる *4

p.s.タイトルの「審美的」の意味はブラウザ次第で判明します。

 × × ×

昨日借りた6冊のなかに、こんな本があります。

今までにない職業をつくる

今までにない職業をつくる

「今までにない職業」とは甲野氏の古武術研究家のことでしょう。
こういう視点も今なら持てるな、と思いつつ読んでみるつもりです。

この本はいくつかの縁に導かれて借りました。
(Iターンの本などがある特設コーナ「まちづくり全般」に配架されていました)

つい最近連想した「限界芸術」と本書の副タイトル「市民芸術」との呼応。
これは連想元の『特性のない男』とも繫がる。
また、本書まえがき冒頭に宮沢賢治の言葉が引用されていたこと。
今住んでいる花巻は、宮沢賢治が生きた地域です。

その冒頭、『農民芸術概論綱要』の一節を孫引きしておきます。

 職業芸術家は一度亡びねばならぬ
 誰人もみな芸術家たる感受をなせ
 個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
 然もめいめいそのときどきの芸術家である

「止むなき」とは、それが必然であることです。

*1:登壁2日休みの二日目に。

*2:無理はよくないが現状維持でもない?
生活ボルダリングの目的たる身体性の賦活が「維持」かどうかは謎なので「探る」です。

*3:空腹と体重減を不安にしない。

*4:ホームセンターに竹炭を買いに行こう。

限界芸術と「身の丈、ありもの生活」

『特性のない男』の三冊目を今日読み終えました。
どの巻も最後の章はとくに思索に富んでいるのですが、
三冊目終章の以下の箇所を読んでいて、鶴見俊輔氏の「限界芸術(論)」を連想しました。

「限界」という単語がそうさせたのでしょうが、
この連想における双方の「限界」の使われ方が違っていて、
それが何か思考を生みそうな気がしました。

ああ、それだけではなく、
引用後半の「世俗の人間として」というのもキーワードでした。

ところで、この兄妹の間で進行していることの手がかりをまだつかめていないような人は、この報告をどうか脇に置かれるように。なぜなら、そういう人には、けっして是認してもらえないような冒険が、この報告には書かれるからである。すなわち、不可能なものや自然に反するものの危険、いや嫌悪の念を起こすものの危険に軽く触れながら、いやときにはそれ以上のことをしながらする、可能なものの限界への旅が、ここで記述されるからである。それは、真理に至るために、時折不条理な数値を利用する数学の自由をしのばせる、制限された特殊な妥当性の「限界のケース」(ウルリヒは、それをその後こう呼んだ)のことである。彼とアガーテは、神に陶酔したものの仕業と多くの点で共通性のある道に踏みこんだのだ。しかし彼らは、敬神の念もなく、神も魂も信じることなしに、もちろんまた彼岸や彼岸での再生さえも信じることなしに、この道に入ったのである。彼らは、世俗の人間として、この道に踏み入り、そして世俗の人間として、この道を歩んだ。そしてこれこそが注目に価することだった。

第2巻第3部 第12章「聖なる会話。波乱にとんだ継続」p.313(R.ムージル『特性のない男Ⅲ』松籟社

鶴見氏のいう限界芸術とは「限りなく芸術に近い、生活から生み出されたもの」です。
芸術性を意図せず、ただ生活を営む中で作られたものが、
審美眼に耐え、あるいはとてつもない美しさを獲得する。
たとえば、シンメトリでない和製陶器とか。
具体的なモノであったり、遊びであったり、その対象はいろいろで、
ちくま学芸文庫の『限界芸術論』にたっぷり書かれていますが、
具体的なところは忘れました。
(「遊び」は、歌留多とか、あるいは影踏みのようなものも含んでいたはずですが、
 これは限界芸術の例ではなく別の著作に書かれていたことかもしれません)

限界芸術における「限界」は、境界のような意味を指しています。
つまり、生活と芸術の境目のギリギリのところに限界芸術がある。
対して引用中の「限界」は、極限の意味をもちます。

極限だってある意味で境界ですが、違うところといえば、
極限にはその先、境界の向こうにあるものが分からないことです。
数学でいう極限、高校では数Ⅲで習う無限大(∞)がそのよい例です。

「限界」が境界と極限の2つの意味を持ち、
その2つは厳密には異なりながら共通した概念領域をもち、
だからこそこれらは同じ言葉で表されているわけですが、
このことが意味することもまたある気がしたのでした。

それを概念的に先に言えば「交換可能性」で、
今回の話では、「境界たる限界」は「極限たる境界」でもあるだろう、と。
この可能性は論理の正しさの水準で問題にされることではなく、
つまり言葉の緻密さではなく曖昧さに機能性を見出すことで生じます。


話を戻しますが、
限界芸術は「芸術に限りなく近いもの」で、
生活と芸術の境目、あと一歩で芸術の域に踏み入る創作物、
生活の必要から生じた「創作の意図のない創作物」ですが、
このような表現はそのまま受け取れば、
限界芸術に芸術へのベクトルを感じてしまいます。
芸術性への意図はないが、芸術に近ければ近いほどよい、というような。
(だからここでいう「ベクトル」は志向のことではありません)

上述の「交換可能性」の具体的なところを考えた時に思ったのは、
鶴見氏の表現の意図もたぶんそうだと思いますが、
限界芸術の「芸術への近さ」は「ある美しさを獲得している」ことしか意味せず、
限界芸術とは芸術とは方向性の異なる創作物である
、と。
つまり、共通の基準で限界芸術と芸術を比較することはできない、または意味がない。

芸術は、ある美しさの極限を追求する。
限界芸術は、芸術とは関係なく、また別の美しさの極限を追求する
「美しさの追求」という性質を持つ言葉が「芸術」以外にあれば、
もしかしたら限界芸術は、これとは異なる表現を得ていたかもしれない。

表現のことはつい思いついて書いただけであまり興味ありませんが、
限界芸術が美しさを追求するのはもちろん生活のなかであって、
僕はこの点に興味というか、魅力というか、当事者感覚をもちます。
「身の丈感覚」の「ありもの工夫(ブリコラージュ)*1」の生活
この全く創作と関係のない必要性に応じる生活が、
これを洗練させれば「ある美しさ」を獲得する可能性をここに見出せるからです。


自分の生活のなかでこのことでなにか具体例が出せるかな、と考えて、
上の必要性を必然性(というか「流れでそうなった」)に言い換えてになりますが、
今の生活の中心軸の一つであるボルダリングを思い浮かべました。
登壁にあまり思考を介在させないようにするために、
これまでボルダリングについて言葉にすることは(初期を除けば)控えていましたが、
まあこれもいい機会なのでちょっとやってみようと思います。

記事が長くなったのでこの話は次にしましょう。

 × × ×

限界芸術論 (ちくま学芸文庫)

限界芸術論 (ちくま学芸文庫)

*1:学術的にはブリコラージュは「器用仕事」ですが、これはカッコに入れて、自分で表現を考えてみました。語呂のよい七字になりました。