human in book bouquet

図書館司書を念頭に、ボルダリングと読書の生活。

新しい仕事(0):磨耗を起こさない、風景との関係

前に書いた文章を読んでいました。
これが書かれた時の頭の状態が、読んでいると思い出されます。
眉間には軽く皺が寄り、口は意識的にぴたりと閉じられている。
真一文字を崩す口の端の歪みは、頭の潜行を許す身体の諦めの証。

cheechoff.hatenadiary.jp

この一節にふと目が留まりました。

「風景は、人が見れば見るほど磨耗する」。
これは通時的な現象ではなく、共時的な現象だと考えました。
つまりこの一言は同時に、

 人々から顧みられなくなった風景は、原石の輝きを取り戻す

ということも意味するはずです。

いま改めて引用するのは、これを書いた当時と違うことを考えているからです。
その当時の考え(の大部分である、文章に表れていないところのもの)はわかりませんが、
それと「これ」とが、違う、ということはわかる。

 × × ×

下線部から、どんな意味が汲み取れるだろうか。
見捨てられた観光名所の価値の再発見、という話ではもちろんない。

天空の城ラピュタ』の、廃れた文明の跡を覆う草原をふと想像しました。
でも、これもたぶん違う話です。
ここから言うのであれば、きっとこういうことになる。
映画のワンシーンとして多くの観客に「消費」され、この風景は磨耗する。
…話はまだ始まりから進んでいません。

 × × ×

これが、僕がやりたいことと関連するならば。

「人々から顧みられなくなった風景」を、

見つけたいのではない。
自分だけのものとして見つけたいのではない。
多くの他人が共感できるために見つけたいわけでもない。


逆から考えよう。

磨耗という。風景を主体とした表現では。
それを見る人々を主語にとれば、同じ現象を消費という。

消費という言葉に、今の僕はポジティブなものを認めていない。
ここには、未知で膨大なはずの「時間」がもつものを無化するはたらきが感じられる。
「時間」がもつものを怖れるがために、消費によってそれらを無化する。

消費という言葉は、その対象を蕩尽したとみなす効果をもっている。
対象との関係の、一定の落着を、あるいは終末を告げる。
だが、蕩尽? 対象は、ことごとく「尽きた」のか? 本当に?

そう思うのは、あなたが「消費」すべき対象が、多すぎるからではないのか?
始めるべきことが多すぎて、無闇に終らせようとしているだけではないのか?

 × × ×

磨耗を起こさない、風景との関係。
消費でない、対象との関係。

そういう関係を…

それは「時間」のなかにある。

そういう関係を、見つけたい。
人がそれを見つける、手助けをしたい。

(明らかなのは、発見も、手助けも、その人となり抜きでは成り立たないということだけ)

それを、これから考えていこう。

新しい仕事(0):本と自覚

仕事についてちゃんと考えておかなくてはと思い、その一方で直近にやる必要のあること(引っ越し準備など)が確定されてそちらに意識がとられていました。
やることが具体的なほど動きやすいけれど、抱えるタスクが具体的であるほど、それと同時に対面している抽象的な問題にはとっつきにくくなる

ここ何日か、引っ越し準備を少しずつ進めながら、それ以外の時間が「息抜き」というか、気が抜けた感じになっていました。
そんな時にturumuraさんの記事を読んで、頭が緊張状態を要求しているように思われたので、これを機会に考えるべきことを考えておこうと思いました。
タイトルの「イリイチ」に惹かれて読んでみて、自分がこれからしていきたいことに深く関わることが書いてありました。

kurahate22.hatenablog.com

新しい仕事の当面の主体は「機械設計」です。
大学時代の友人の助力を得ながら、個人事業として食べていけるようになることが第一目標。
このことについては別途詳しく書きます。
ここで考えたいのは、直接的にはその主体(設計業)と関わりのないこと。

自分がこれまでしてきた、あるいは考えてきたことを、自分の中で仕事に活かすだけでなく、可能ならばそのこと自体を仕事として取り組みたいという思いが、個人事業をする決意に伴ってはじめて生まれてきました。
それはたぶん、仕事の依頼者と「一人の人」として関わることになるから。
もちろん、人から依頼された仕事の内容をこなす、満たすことが求められる第一のことです。
でも、まだ想像の段階ではあれ明らかに思えるのは、組織の中で整然と分担された仕事を行う場合よりも、個人事業では人間性が問われる


「自分が好きなことを仕事にするな」とはよく言われます。
相手の依頼や要求があって始めて成立する仕事では、自分の好みを押し通すことが難しい。
自分の意に沿わない妥協が、自分の中で曲げられないこだわりと重なってしまうと、他者の期待に応える充実以上の苦しみが、時に生まれることになる。
僕が今書こうとしていることは、この格言に抵触するのかもしれません。
でも、しないのかもしれない。
…前置きばかりでは話が進みませんね。

「自分がこれまでしてきた、考えてきたこと」。
単語で言えば、それは本と、それから身体性。
どちらもかなり漠然としているのですが、まだましな方だと思える前者について書きます。


本は、自覚を目覚めさせます。
自覚することを知り、「スタート地点」に立つことができます。

物事の判断に際して、自分の頭で考え、納得したうえで行う。
いつもそういう進め方ができれば、理想的でしょう。
でももちろん、そうはいかない。
人一人の頭では到底追いつかないシステムが、現代社会を回しています。
自分の身の回りのことですら、そうです。
自覚とは、それを知ることです。

「自分の知らないことがたくさんあること」を知ること。
「自分の知らない多くのことによって自分の生活が成り立っていること」を知ること。
「自分の知らない多くのことのうちどれが自分が知るべきことか分からないこと」を知ること。
「知るべきことを知らないまま生活が回っている状態が好ましいかどうかも分からないこと」を知ること。

「自分の知らないこと」には果てがありません。
でも、それを知っていく。
物事を知り、考え方を知ることで、知っていく。
分かることが増えると、それ以上に、分からないことが増えていく。
これは、自覚に果てがないことと同じです。
自覚は安定状態を保ち得ない。
これでは十分ではない、という不安と渇望が、自覚を活性化させます。

上に張ったturumuraさんの記事、そしてその中から抜粋した以下は「人と人との出会い」について書かれていますが、僕は「人と本との出会い」についても同じことが言えるだろうと思います。

人が人たりうる状態が保たれるには、出来上がってしまったらまた過程の状態にもどすことを自分で気づいて自分で繰り返せることが必要だ。そうしないと腐る。

既知のもの(=利用対象になってしまったもの)になってしまった世界や他人との関係性が一新される事態が「出会い」であり、この「出会い」を繰り返すことによって人が人たる状態をもつことができる。

「本のことを仕事にする」。
正直言って、なにも具体的なことは想像していません。

司書講座の同期の人(卒業後、大阪の小学校で半年間臨時の学校司書をしていた)が、「一定予算で、依頼者の人となりに基づいて本を選定する」という書店員が実際に行っているビジネスがあることを教えてくれました。
おそらく、仕事や趣味やこれまで読んできた本など、読書に関係しそうなパーソナルな情報をアンケートに書いてもらったものをベースにして選書を行うのでしょう。
依頼者に、その人が読みたいと思うかもしれない、かつ選者が読んでほしいと思う本を渡すことができる、そしてそのことによって報酬が得られる。
うまく回れば、本好きな書店員には大きなやり甲斐が伴う仕事だと思います。
ただ同期の彼は、現実的なことも言っていました。
「自分(彼自身)の狭い趣味の範疇での選書だととてもビジネスにはならない。そもそも自分が読んだことのない本を薦めるわけにはいかないから、多様な依頼者の期待に応えるためには、自分が普段読みたいとは思わないような本を読まなくてはならない。そうは言っても、イヤイヤ読んだ本をオススメするのもあり得ない。単に本好きだからといって誰にでもできるビジネスではない」
これは、その通りだと思います。


自覚の話に戻ります。
人に自覚が芽生えることは、僕には希望になります。
ひとつは「非連帯的仲間意識」ともいえるものです。
そして、主体的に生きていく活力の源でもあります。

自分には何が足りないのか、何が必要なのか。
それを独自に探る人には、独特の生命力が宿ります

そういう人のそばにいると、自分の中の創造力が刺激されます。
あるいはそういう人がいると知っただけで、自分ももっと頑張りたいと思う。

これは、逆にもいえることです。
いや、むしろ「逆の経験の濃さ」が、僕に自覚への希望をつのらせた。
自覚を悉く喪失した人の傍らにいる、これは紛れもない「絶望」です


ちょうどさっき『三月のライオン(2)』(羽海野チカ)を読みましたが、
21話、安井六段との対局のあとの桐山零の叫びにグッときました。

零のように、何か(将棋)に「全てを懸けている」わけではない。
でも、こうも思う。
何もないからこそ、それに、その時に「全てが懸かって」いる。


 「生きたい」と強く願う人のそばにいれば、自分も「生きたい」と思う。
 「死にたい」と強く願う人のそばにいれば、自分も「死にたい」と思う。

前者はそう、でも後者はよくない、なんて言われそうだけれど、本来これは表裏一体のもの。
人として当たり前のこの感覚を、僕は殺さずに生きていければ、と思う。

今考えてみて、個人事業を始めることは僕自身、この点でとても前向きなことだと思えます。

 しかし、或いは遂に終りないかも知れぬ人類の前史にあっては、小さきものは常にこのような残酷を甘受せねばならぬ運命にさらされている。バラ色の歴史法則が何ら彼らが陥らねばならぬ残酷の運命を救うものではない以上、彼らにもし救いがあるのなら、それはただ彼らの主体における自覚のうちになければならぬ。願わくは、われわれがいかなる理不尽な抹殺の運命に襲われても、それの徹底的な否認、それとの休みの無い戦いによってその理不尽さを超えたいものだ。あの冬の夜の母娘のように死にたくはない。その思いは、今私が怠惰な自己を鞭うって何がしかの文章を書き連ねることの底にもつながっている。

「小さきものの死」p.13(渡辺京二『民衆という幻像』)

 × × ×

3月のライオン 2 (ジェッツコミックス)

3月のライオン 2 (ジェッツコミックス)

陸酔いとともに/新しい仕事

愛媛・松山車旅、無事帰還しました。

途中で何か書くと言いながら、書く余力がありませんでした。
考えることがあると言って、運転中は頭が空っぽでした。

日記というか行動記録は、五日坊主に終わりました。
ボーズではありませんが、旅用に買ったスピーカーは一度も使いませんでした。
宿でのストレッチ時に音楽を流そうと買ったのですが、
ストレッチをする余力があるはずもなく。

まあ、2、3日に一度ボルダリングジムに寄ったせいもありますが、
運転による身体的な疲労がほとんどないのはジムのおかげでしょう。


行程最終日、今日の話だけを書いておくと、
5時起きで7時に実家の大阪を出て、
8時に高速に乗って、
20時に高速から降りて、
買い物して21時前に岩手の貸家に到着しました。
 疲労困憊にもかかわらず野菜を買って自炊しました。
 「三陸わかめを練り込んだ中華そばを使った野菜やきそばアンチョビソース和え」
 野菜はもやし、ニラ、ピーマンで、とても緑々した洋風焼きそばになりました。
 意味不明な取り合わせでしたが美味しかったです。

行きは実家までたしか下道で5、6日かかったんですが、
高速だとひとっとびでした。
おかげでオカヨイというのか、今家でじっとしていて、
視界が揺れているのか頭が回っているのか、
脳みそを直に素手で触られているムヤムヤした感じがします。
吐き気とは違う、独特の気持悪さがあります。

なにはともあれ、無事でよかったです。
集中的経験により運転の苦手意識は随分克服されましたが、
やはり運転センスがないのは確かですね。
気を張り続けてなんとかゴールしたという感じ。
車を運転しなくてよい生活が望まれます。

 × × ×

旅の細かい記録は気が向けば書くとして、
旅の成果はきちんと書くことになると思います。

ふらふらの今はその成果をごく簡潔にだけ書いておきますが、

 仕事を見つけて、
 住む家も決めてきました。

仕事は、サラリーマンではありません。
家は大阪市内、鶴見区…やったかな?
長堀・鶴見緑地線学研都市線の沿線です。
6月上旬に引っ越します。

人脈がとても大事な仕事なので、
いろいろと外向きに変えていく必要があります。
このブログがどうなるかはわかりませんが、
仕事用に新たにホームページを作る予定です。
…とかいって、実家にいる間にちょちょいとお試しで作ったんですが。
Strikinglyのテンプレそのまま、内容はありません。
フォームに登録してもほぼ何も起きません(僕のメアドに情報が送信されるだけ)。
仕事の準備が進んで、まともな内容が増えたらまたお知らせします。

 (仮)有K無K on Strikingly

というわけで、以後よろしくお願いします。
拠点は大阪ですが、前の職場の人をはじめ旧知の方々とも仕事を通じて関わり合える余地はあると思っています

三度目の旅は軽四で

というわけで明日から岩手発の車旅です。
学生時代のチャリ旅(大阪〜北海道)、去年の歩き旅(四国遍路)に続いて、とうとう車でもやることになりました。
旅行というよりは、やはり旅ですね。モチベーションからいって。

デラシネ・フットワークを活かして、人の住むいろんな地方を見てきます。
ひとまずの目的は愛媛・松山市ですが(市北部にいい賃貸物件があったので)、それにとらわれず臨機応変に走ります。

途中で知り合いとの邂逅のため寄るところもいくつか。
大目的の間にいくつか小目的があると士気が上がるとは、そういえばチャリ旅の時に実感したことでした。
懐広き知人方に感謝。

 1.富山・高岡市…司書講習の同期
 2.兵庫・明石市…大学時代の仲間
 3.鹿児島?…旧職(研究所)の同期

地元が鹿児島の元同期にはまだ連絡していません。
彼はたしか3年目くらいに辞めたんですが(僕は6年半いました)、その時に僕に残したメッセージをふと思い出したので、道中で車旅に慣れてきたらメールしてみるつもりです(そういえば鹿児島って松山より遠いな…)。
「俺たちは兵隊なんだ。組織の歯車としてぐるぐる回るんだよ」みたいなことを(1年目に一緒に飲んだ時に)言っていた記憶があります。
彼の抱いていた野望がいまどうなっているのか、気になります。
あ、あと大阪の実家にももちろん、中継として寄ることになると思います。

主に地方の街を回るので「近く通るならウチ寄ってってよ!」てな人がいればお声かけ下さい。
京都までは日本海側を走る予定ですが、岐阜かな?もたぶん寄ります。


そして車中泊も辞さず、です。
今朝は常ならず早起きしたので、近所のスーパー(駐車場が広い)へ車中泊のシミュレートをしに行きました。
軽四ですが、後部座席が平たく倒れるので、助手席も倒して前後に板を渡せば寝るスペースは確保できました。
板の幅が45cmで狭いっちゃ狭いんですが…
今朝は100YenShopのクッションマットとタオルケットを板の上に敷いて、やはり少し硬いかと思って、さっき荷造り中に家捜ししているとヨガマットを見つけました。
枕は…衣類とタオルで適当にやろうと思ってたんですが、車だし荷物量にそれほどシビアでないので、いつもの枕を持って行こうかと今書きながら思いつきました。うん、そうしよう。
などなど、準備はしていますが基本は体調を崩さぬように、ホテル泊の合間に試してみるくらいが序盤の心持ちでしょうか。

ノートPCは持って行くので、Wi-fiが使える宿に泊まった時にまた何か書くと思います。
行きながら考えないといけないことがあるので。


つい1年前に生活の必要上で購入するまで車が嫌いだった人間が、果たして一日中運転×ウン週間、というような無茶ができるのか?
チャリでは1ヶ月(3000km)、徒歩では2ヶ月(1200km)を通しましたが、車の方が楽だとは、あまり思えません。
いや、楽かどうかではなく、身体に対する自然度の違いですね。
人の身体は、じっとするためではなく、歩き、走る、など動き回るためにできているからです。

無理せず、身体の調子を整えながら進みます。
そのために各地のボルダリングジムにも寄るつもりです。

愚かさと愛、ねじれ、ちいさな問題

『戦中派不戦日記』(山田風太郎)を読了。
橋本治氏の解説から2つ抜粋しておく。
太字は本文中傍点部。

 昭和十七年の春は、こうして軍需工場で働きながら医学校進学を目指すことになる。受験勉強は全くしていない。医者になるということは、一人で飛び出して来てしまった、自分自身の面子、プライドの問題であるという側面が強い。孤児である自分。愛情に飢えている自分。しかしそれを素直に言い出せない自分。そして、言い出したとてそれは決して理解されないのだということを知っている自分──深い認識の裏には必ず、それに見合うだけの、そしてその認識を役立たずにしてしまうだけの孤独がある

”日本は亡国として存在す。われもまたほとんど虚脱せる魂を抱きたるまま年を送らんとす。いまだすべてを信ぜず”──そう終えられるこの四十年前の記録は、”いまだ”の一語で四十年後の現在[昭和六十年]に直結しているように思われる。四十年の時間を超えて、暗い空から真っ白な雪が吹きこんで来るような気がする。愛せると思えたものが、実は同時に愚かでしかないものであるということが分かってしまった──そのことが今も続いているのなら。
 分りうるということを知ってしまった人間は、それ故にこそ分ろうとしない愚かしさを憎むものだ
(…)
『戦中派不戦日記』の読み取り方は色々あるだろう、しかし私にとってそれは一つである。山田誠也青年はただただ、愚かしさだけを呪っている、と。愛しうるものが、何故こんなにも愚かでなければならないのか、と。

 × × ×

『さようなら、ゴジラたち』(加藤典洋)も少し前に読了。
同じく抜粋。
返却日が今日で思考する時間足りず。

 ずいぶん昔のこと、カナダに三年ほどいた頃、親しくなったアメリカ人の友だちから、こんな話を聞いた。たとえば、待ち合わせをすることになって、渋谷のハチ公前で会おう、という時、先に来たほうが、そのハチ公前には立たないで、そのハチ公前が見える別の場所に位置して、相手がハチ公前にくるのを待つ、ということがある。ハチ公前で待っていると、いつどの方向から相手がくるだろう、いまいかいまか、というので疲れる。そんなところから、こういう待ち方が生まれたのだろうが、そのもう一つの待ち場所のことを、英語では”shooting spot”というのである。つまり、シューティング・スポット(狙撃地点)とは、自分からは相手が見えて、相手からは自分が見えない場所のことを言う。これと同じことが思想についても言える。ものを考える上で大切なのは、むしろ自分を狙撃される位置、ハチ公の位置に立たせることだ。そうでないと、その「考えること」は、結局その人自身の身にならないだろう──

p.47-48 「戦後を戦後以後、考える」

これは前に抜粋した「思想のオーソドクシー」と関係が深い。
いや、同じ話だと思う。

「ねじれ」を生きるとは、面倒なことではない。「ねじれ」をいかなる意味でも回避しないこと、つまりふつうの場所から、そこだけを信じるべき思想研磨の場所として考えていくことをそれは意味している。そのふつうの場所が「ねじれ」ている場合、それは、その「ねじれ」を映すにすぎない。その背景にあるのはつねに思想のオーソドクシーに従うという原理なのである。

p.143 「戦後から遠く離れて」

この太字は引用者。
そこは「ふつうの場所」。
それは、「思想」もしくは思想(が見出される)状態だと思われる。

今の自分に「ふつうの場所」はありません。
今いる場所は「仮の場所」とでもいうべきところ。
明日、この「ふつうの場所」を定めに出掛けてきます。
これについてはおいおい書くはずです。

 一九七九年、村上春樹という若い小説家がある文芸雑誌の新人賞を受賞する。そこで彼は戦後の左翼文化に一つのさよならの挨拶をする。その小説『風の歌を聴け』で、村上は、『気分が良くて何が悪い?』という好きな小説家のエッセイ集を愛読する主人公が、「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ。」という比較的金持ちの家に育った、いわば六〇年代(左翼)風の感性を持つ友人が没落していくのを、深い哀惜のまなざしで見送る物語を書いた。「気分が良くて何が悪い?」しかし飢えた子供たちがいる世界の中で「気分が良い」ことは、それまでなら、「悪い」とはいわないまでも、「後ろめたい」ことだった。それはまともな人間なら、ほんの少しは、良心の呵責をおぼえろよ、といわれるようなことだったのだ。
 しかし、ムイシュキン公爵がイッポリートに「私たちの幸福を見逃してください」といったように、私たちは、よその世界に飢えた子供たちがいることを知ってはいるが、「気分が良い」ことを恥じないようにしないと、ものごとをもっと堅固には考えられないのではないだろうか。私たちのすぐ隣りで、「気分が良い」ことをしている人々を、私たちは、そのもっと遠いところでは人々が飢えているのを知っているとしても、その「気分の良さ」に対しては、祝福したほうがよいのではないだろうか
 なぜなら、そのように「気分が良いこと」、幸せであることを、求め、めざして、いま飢えている人を含め、広くすべての人は、生きているのだからである
 私にこの村上の直観は、左翼性から離れても、人が他人のことを思いやり、社会のことを考え、まともに生きられる、そんな考え方のみちすじを作らなければ、これからやってくる社会には対応できない、という予言として受けとられる。

p.230-231 「六文銭のゆくえ」

この一節に自分は強く心を動かされました。
また時間のある時にゆっくり考えて書きたいと思います。
ちなみにこの「左翼性」については『貧乏は正しい!』(橋本治)に分かりやすく書かれています。
これも関連させて、また。

 × × ×

『小商いのすすめ』(平川克美)から。
上の加藤氏の引用と、同時に読んでいたからか共鳴する部分を引いておきます。
引用中「大きい問題」と「ちいさい問題」が何度も出てきます。
「大きい」方は、経済問題やら社会問題など。
「ちいさい」方は、ヒューマン・スケールの小商い、日常生活など。
とりあえずそうとらえておいて差し支えありません。
本旨は引用部だけでは分りませんが、僕の意図はその紹介ではありません。

 何度も繰り返しているように、問題のスケールが「大きい」か「ちいさい」かということは、どちらがより重要かということを意味しません。では、何が違うのかといえば、語り手である「わたし」の位置取りが違うということなのです。
「大きい」問題では、「わたし」はただ背景のひとつとして視野のどこかに現れるにすぎません。そこでは「わたし」の願望や、意思というものはほとんど問題にはなりません。いや、「大きい」問題を処理する場合には「わたし」は、問題を考える思考にバイアスをあたえてしまうだけの躓きの石なのです。「大きい」問題では、個々人の意思や願望がなぜ、そのまま実現されずに、思わぬ結果となって招来するのかという理路を理解することが重要なことだとわたしは考えています。
 しかし、「ちいさい」問題を取り扱う場合には、必ず「わたし」がその問題を引き受け、どのように行動し、どこまで責任を負うのかということが重要になります。
大きい問題」と「ちいさな問題」では、その中に含まれる不合理性の処理の仕方が違うのです

p.131 「第四章 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ──東日本大震災以後」

平川氏のいう「不合理性」と、加藤氏の「ねじれ」とが、僕の中で共鳴したのでした。

思想は、「大きい問題」か、「ちいさな問題」か?
僕は「ちいさな問題」だと思っています。
そう思わなければ、それを常識に登録しなければと思います。

あるいは本を通じてその実践が仕事としてできれば、喜ばしいことかもしれません。

自主コース作成、綱渡りの極意、漢方クライマー

手首と指を痛めているが、相変わらず週3で壁を登っている。
その内容が、現状なりに変化している。

左手を突っ張る登り方ができない。
よって、もっぱら引き上げる動作主体になる。
またホールドに飛びつく(ランジ)こともしない。
キャッチ直後に自重が手首にかかって痛むのである。
スラブ、垂直壁のバランス系と、ヒール等足多用の強傾斜が中心となる。

ジムの設定課題は多種多様なので、ムーブ制限から多くは取り組めない。
よって自主課題の作成が多くなる。
これまでその場限りで即席のコースを作ることはあった。
考える時間が増えた最近は、作成コースの完成度にも配慮している。
どういう動きを取り入れるか、特徴的なムーブがあるか。
自分は背が高めなので、ホールドの間隔にも気をつける。

全体的なバランスが取れれば、A4用紙にコース構成ホールドをスケッチする。
各傾斜の壁が背景に描かれた紙が、クリップボードに挟んで置いてあるのだ。
ジム利用者が作り溜めた「課題ファイル」に、自分の作成コースも加える。
他の人がファイルを見て自分が作った課題を登るのを見るのはなかなか楽しい。
自分の想定しなかった登り方を見て勉強にもなる。
こうした過程を経て、コース作成のコツがだんだん分かってくるようである。


昨年暮れだったか、ジムの中央スペースに「ベルト」が設置された。
綱渡り用の平べったいゴムベルトを足場のみの平均台に張ったものだ。
ゴムとはいえ伸びないし強烈に張ってあるが、それでも上下左右に振れる。
ベルトのビヨビヨする撓り方は、ロープとは異なる独特なものである。
設置当初から、腕が疲れた時に休憩がてら渡って遊んでいた。
それが最近は上記理由で、半腰くらいの本腰を入れて取り組んでいる。

数日前にそのベルト渡りの、ちょっとした極意をつかんだ感触があった。
体の振れがほぼ抑えられ、リラックスして渡れるようになった。
このコツを言葉にしてみようと思う。

 まず一言でいえば「体の振れを足もとに伝えない」といったところ。
 体が左右に振れれば、重心をベルトの真上に戻すべく何がしかの動作をとる。
 両手を細々と振る、片足を横に振り上げる、胴体をひねる、等々。
 その動作は大仰にせず、体全体のバランスを崩さないのが肝心である。
 とはいえ最初の重心の振れが大きいと、それを戻す動作も応じて派手になる。
 繊細な動作はバランスを安定させるが、振れた重心を戻す効果も減じるのだ。

 このトレードオフを解決するのが「重心周縁部位による重心回復動作」である。
 …正確を期して仰々しい表現になったがそれはさておく。
 実際的には、上記の手や足を振る動作をベルト支持部に伝えないようにする。
 支持部とは、ベルトに立つ足のこと。
 両足で立つなら左右の足、片足を振り上げているなら他方の側の足である。
 たとえば、胴体と両手を使ってバランスをとりにいくとする。
 そのとき、上はどう動いても腰から下はベルトに対し鉛直の角度を崩さない。
 全身が一本の棒のようにゆらゆら左右に振れるヤジロベエはこの最悪の例である。
 理想は、腰にヒンジが一つ通い、T字の両手と上半身のみが振れるヤジロベエ。
 …いや、理想化しすぎてダメかもしれない。部分的な例としておこう。
 そうか、この例を敷衍して、上半身の振れが下半身で相殺できればいいのかな。

 理論的な表現をしてしまったので、理論的に考えてみる。
 「重心周縁部位」を大きく動かして、重心に近い部分はあまり動かさない。
 なぜなら、バランス制御における閾値が、前者の方が高いからである。 
 前者は大きく動かして微調整が効くが、後者は少しの振れが増幅されてしまう。
 モーメントの問題かな? と思ったが、これは違う。
 近いイメージとしては「地震波の減衰現象」だろうか。
 身体末端の動作は、重心に至るまでにその振れが減じて伝わる。
 …なんだか無機物で喩えると、どれも今一つという感がある。
 
 とにかく「身体の芯はまっすぐ」と意識して重心回復動作を行えばよい

ともあれ、綱渡りスキルがここ最近で顕著に向上したのは確か。
つい昨日には初めて、後ろ向きで最後まで渡ることができた。
他の人がやっているのを見ていると、渡る動作はいろいろあるようだ。
両足をベルトに着けたまま、ズルズルと引きずって進む「ナメクジ渡り」。
両足の位置関係を変えずに、両足同時に踏み切って跳び進む「歌舞伎渡り」。
あくまで体幹向上を主旨として、他の動きもやってみようと思う。

 × × ×

上の左手首の痛みについて、たぶんTFCC損傷です。
指の痛みは右小指関節で、付け根の痛みと「ばね指」の症状が強い。
どちらもそれなり対策をとり始めました。
効果が見られればまた何か書きましょう。

Keywords : 漢方、マッサージ、栄養療法


4/17追

上記のうち、漢方療法の話。
TFCC損傷に対しては疎経活血湯が効いているもよう
服用を始めて3日ですが、症状に改善が見られます。
ばね指には効いていないようです。
TFCC損傷は関節異常で、ばね指は腱の異常らしいのでもっともですが。

なので別の漢方薬を探してみました。
ばね指治療の候補としては当帰四逆加呉茱萸生姜湯温経湯
参考ページは前者が東海大の漢方教室資料、後者が日東医誌の臨床報告↓↓。
クラシエのラインナップにあるので前者から試してみようと思います。

商品に書いてある効能だけでは漢方薬の見極めがきかないようです。
前者の効能は冷え性等、後者は月経不順等。連想も難しい。

一つの漢方薬の効能が多種多様なのは、人体の不思議なしくみの体現ですね。

積極的消極主義

「先程きみは驚くほどはっきりと、ぼくのことを消極主義者だといったね。でも、それには二種類あるんだ。消極的消極主義、これはヴァルターのもので、それと積極的消極主義!
「なんなのよ、積極的消極主義って?」と、クラリセは好奇心に駆られて尋ねた。
「囚人が脱獄の機会をうかがっている態度さ」
「なあんだ」、クラリセはいった。「言い逃れね」
「まあね」と彼[ウルリヒ]は譲歩した。「ひょっとするとね」

ムージル『特性のない男Ⅰ』p.132

Q:囚人は何の罪を犯したのか?
A:何も犯していない、あるいは任意である。

Q:なぜ収監されたのか?
A:自分から入った、あるいは抵抗しなかった。

Q:脱獄する気はあるのか?
A:意思はあり、意志はない。

Q:収監は彼の望んだ事態か?
A:ひょっとするとね。

『14歳のバベル』(暖あやこ)を読む

ちょっとした縁があり、『14歳のバベル』(暖あやこ)を読んだ。
SIMは途中からSF度が増してきたので魔法都市ゴドランド
原曲はごちゃごちゃしているが、頭の中でBGMを流すので「実際」はシンプル。
以下、思ったことをちょっと書いてみます。
(SIM : Synaptic Imaginative Music、脳内BGM。造語です)

キーワードはとりあえず(1)「一気読み」と(2)「親切な小説」。

(1)
一つ目はAmazonか何かのレビューでちらりと見た言葉。
なるほど仰る通り、先へ先へと導かれるように読んだ。
これは自分が普段読む小説とは違う性質で、疲労があった。
現象的には逆なはずなのだけど、不慣れという意味で疲れたということ。

基本的に「一気読み」は読み物におけるポジティブな特徴とは思っていない。
 一つ、立ち止まって考えさせるところがあってほしい。
 意味の不明瞭(不思議な比喩とか)にせよ、行間に漂う存在感にせよ。
 二つ、いったん読むのを止めて間を(読者に)おかせる性質も好ましいと思う。
 内容が時間をかけて身に染み込む、あるいは形を変える過程も読書の醍醐味である。
これらがあまり起こらないのが「一気読み」できる本だ。

先にネガティブな言い方をしたが、これはもちろん一面である。
逆に言えば、話の展開にスピード感があり、それを臨場感として味わうことができる。
些細な(本筋と関係ない)表現にいちいち立ち止まって気を散らされることが少ない。
どちらがよいかは読者の趣味で、自分は前者というだけである。

両者は、フィクションの現実(生活)への影響度の差として比較できる。
「一気読み」を好む読者は、小説を読む間はフィクションにどっぷり浸かっていたいと思う。
そうでない人(たとえば自分)は、フィクションの生活に対する何らかの影響を期待する。
フィクションに限らず、自分は読書とはそういうものであるという認識がある。

(2)
「親切な小説」とは何か。
ここでいう親切とは、作者の読者に対する配慮を指す。
上に書いたことも関係するが、それ以外にもある。
 たとえば、伏線に対する配慮。
 伏線にそれとわかるマーカーをつける、後で必ず回収する、回収時にも目印がある、等。
 たとえば、物語進行の理解に対する配慮。
 登場人物の発言に心情描写を足す、登場人物の行為に「神の視点」の説明を加える、等。
これらの配慮は、必要性の程度が読者によって変わってくる。
多くの読者に読んでほしいと思えば、作者は配慮を念入りに施すかもしれない。
ただ一方で、(様々な理由で)説明過剰を嫌う読者がいることも確かだ。
自分もその一人である、が、個人的な理由はさておく。
かわりに、今書きながら内田樹メディアリテラシー論を連想したのでそのことに触れる。

 新聞の読者減少傾向はずっと続いている。
 制作側の対策の一つとして「より読みやすい紙面構成への切り替え」がある。
 その具体例としては「大きな活字」「表現の平易化」「難読漢字の不使用」など。
 後ろの二つは、活字離れが言われる若い読者に向けられている。

 読解力が低下した若者にも読めるように、紙面の文章も簡単にする。
 それで読者が増えないとも限らないが、問題は別のところにある。

 読者の文章理解力に新聞が同調すると、その理解力の低下は止められなくなる。
 読解力のつく文章とは、そもそも読み手の能力をいくらか上回る文章ではないのか?
 そして活字に興味を持ち、向上心を刺激する文章も、それと同じなのではなかろうか?

書きながら別のことを思いついた。
物語のストーリー把握は、読解力とは別の問題ではないのか、と言われそうだ。
小説は読解力を鍛えるためではなく、物語を楽しむために読むものだ、と。
大筋はその通りだが、自分についていえば、全面的にイエスとはいえない。
なぜなら、読書の幅を広げたいと思っているから。
「今は手が届かずともそのうち読めるようになる本」も読みたいから。
これは「物事を知るとは”分からないことが増えていく”ことである」のと関係している。

…と当てずっぽうに書いたが、どう関係しているか?
すぐに整理できなさそうなので、保留にしておきます。


小説の内容にほとんど(というか全く)触れませんでしたが、以下少しだけ。

 × × ×

物語の現在時から8年前に、日本で「大きな事件」が起こったという。
主人公の14歳の少年は、その「事件」がきっかけで精神に深い傷を負う。
 「事件」によって、日本のあちこちに居住不可能地域が出現した。
 居住不可能地域では「メーター」が振り切れ、緑地や農作物が汚染された。
 また「事件」は「サイバーテロ」でもあったという。
 「事件」が起こって日本ではネットが使えなくなり、海外との通商が激減した。
 携帯電話がなくなり、脱「ペーパーレス化」が進行し、ハンコ屋が繁盛する。
ハンコ屋というのが面白いんですが、それはさておき。
「事件」について、物語の中で何度もその断片的情報が開示されます。
が、実際にどういうことが起きたのかは具体的に書かれないまま結末を迎えます。
「メーターが振り切れ」と言われれば、なんとなく原発が関係していそうです。

日本が半鎖国状態になる、という展開はいいなと思いました。
養老孟司氏が「参勤交代のすすめ」と併せて鎖国を提唱していたのを思い出しました。
物語内では「鎖国によって日本国内で均質化が進んだ」とありますが、
江戸時代の幕藩体制を思い浮かべると必ずしもそうなるわけではない気がします。
(地方の特産物という概念が生まれたのがたしかこの時代だったはずです)

ポジティブな「鎖国小説」を読んでみたいなとふと思いました。

 × × ×

14歳のバベル

14歳のバベル

九条と自衛隊、思想のオーソドクシー、手続きのまっとうさ

『さようなら、ゴジラたち』の「戦後から遠く離れて」の章を読む。
憲法改正手続き法案が衆議院を通った頃の、憲法九条論。

『九条どうでしょう』(内田樹ほか)は前に読んだ。
加藤氏はこの本所収の内田樹の主張にほぼ賛成している。
(以下、いろいろ混ざった私的要約)

 現実と矛盾する九条をどうするか。
 矛盾、九条一項と、実質的に軍隊たる自衛隊の存在。
 ソリューションは三つ。
  一、憲法を改正して現実に合わせる。軍隊合憲、疾しさのない集団的自衛権の行使。
  二、現実を憲法に合わせる。自衛隊の縮小解体。
  三、現状維持。九条もそのまま、自衛隊もそのまま。
 最も正しい選択肢は三、現状維持である。
 
 平和憲法自衛隊は、戦勝国アメリカにとって矛盾のない解であった。
  一億玉砕の危険な国に、もう戦争をさせてはならない。
  一方で、アジア圏の秩序や対ソ連にとって衛星的な軍隊駐留地が必要である。
 アメリカの論理明快な政策を「矛盾」とみなしたのは敗戦国日本の側の事情である。
 
 「敵国に攻撃されるのはイヤだが、もう他国を侵略する過ちは繰り返したくない」
 九条と自衛隊の相補的な存在が、戦後の国民のまっとうな思いに応えてきた。
 戦後七〇年、自衛隊が外国で一人も殺さなかったのはその功績である。
 今すべきは「矛盾」に正当な位置を与えること。
 「矛盾」による役得の認識、とその経緯、たとえば軍事的属国の認識。
 アメリカからの押しつけ憲法というなら、国民投票で選び直しをする。改憲せずに。
 北朝鮮からの侵略に対しても、改憲がその解ではないことの認識。
 実際の軍事攻撃の「誰得」、東アジアのパワーバランス、日米安保条約

加藤氏は九条の本質は理念にあるという。
この点は「矛盾」そのものを本質とする内田樹の論と異なる、と氏はいう。
理念、世界平和という現実からかけ離れている理想。
高邁な理想は、空想であり現実とかけ離れているかもしれない。
それでも理想が大事なのは、それが意識され続けることで現実に影響を与える点にある
あるいは、理想そのものの偉大さや美しさよりも。


この理念の力に関して、吉本隆明の発言が紹介されている。
この中の「思想のオーソドクシー」というキーワードに、惹かれるものがあった。
 思想は一般人の考え方にくっついていくものであるべきである。
 追従という意味ではなく、庶民の考えとつねに火花を散らす位置にいること。
 人々の日常に寄り添い、影響を与え合って、形を変えていく思想。
 そのような思想が、まっとうさとリアリティを獲得していく。
自分がつねづね考えている「グラスルーツ」と、これは同じ基盤をもつ。

思想のオーソドクシーから、ふとハイゼンベルクの自伝の一節を思い浮かべた。
量子力学者の彼の対話的自伝は『部分と全体』という。
その中にあった「手続きのまっとうさ」という判断方法に関することである。
記憶を頼りに書いてみる。

 第二次大戦期のドイツで、ハイゼンベルクは研究のかたわら大学の教壇に立っている。
 ある時ナチス親衛隊に心酔する若者が研究室に彼を訪ねてくる。
 若者はナチスの理念、前大戦で屈辱を受けたドイツをいかに甦らせるかを滔々と語る。
 そしてハイゼンベルクがなぜナチスに賛同しないのかと彼を責める。
 彼は静かに答える。
  ナチスは正しいことを目指しているのかもしれない。
  彼らに従うことでドイツはよくなるかもしれない。そうならないかもしれない。
  そのどちらになるかは自分には分からない。
  しかし、暴力によって、反対者に対する粛清によってそれを目指す手続きは正しくない。
  自分は「まっとうでない手続き」が数多くの災厄を引き起した歴史に学ぶべきだと思う。
 若者は納得した顔を見せないが、彼は自室のピアノを弾き、彼らは和解して別れる。

主張の内容よりも、その主張のされ方を重視するという判断。
未曾有の混乱期、未来に何が起きるか誰にも分からない状況では、数少ない解となる。
けれどこの見識は、平常時でも変わらぬ効果を備えているはずである。

独裁者が大きな改革を断行するのではなく、成員の一人ひとりがその判断にたずさわる。
そのためには、個々人に理解が行き届くような長い議論も辞さない。
また、習慣の別名である現状維持が倣いの庶民の生活感情も無視しない。
劇的に変わるべきことも、段階を経て、あるいは迂回しながら、少しずつ変えていく。
民主主義のまっとうな発現の、これは一つの形かもしれないと思う。

「思想のオーソドクシー」は、民主主義が機能することを助ける。
「手続きのまっとうさ」は、民主主義が機能していることの一つの指標となる。

連想のつながりは、こういうものであったかもしれない。

 × × ×

 思想のオーソドクシーというのは、鶴見俊輔とともに筆者にとってかけがえのない意味をもつ、吉本隆明の用語である。思想の科学研究会編になる『共同研究 転向』所収のある座談会で、吉本は、こう述べている。
 

僕がどこに正当(ママ)性を認めるかということになるのですけれども、大衆の大多数が向いていく方向にどこまでもくっついていくのがオーソドックスだとかんがえます。大衆の動向に追従していくのではなくて、それと緊張関係にあって対決しながら、どこまでもくっついていくべきだというのが、僕が大よそ考えているオーソドックスであるわけです。

 思想はあくまでも世のマジョリティーの人々を相手にするのでないといけない。どんなに右寄りに保守化しつつあると見えても、彼らを否定せず、どこまでも彼らの動向に寄り添いつつ、「それと緊張関係にあって対決しながら、どこまでもくっついていく」。その働きかけを通じ、かつそのことを試練とすることで、思想は自ら深まり、生き生きと、人々にとって意味あるものであり続ける。筆者が考えるに、吉本の思想のオーソドクシーを、そう考えている。

「戦後から遠く離れて」p.105-106(加藤典洋『さようなら、ゴジラたち』)

「あれは想像です」、TVピープル、道路地図

土曜日の昼過ぎに呼び鈴が鳴る。
戸を開けると佇む女性。
日蓮宗の分派の勧誘。
歴史の遺物だと思っていたが。

キリスト教の、あの…シト…」
「ああ、エホバのことですか?」
「そうです。あれに比べると、規模は小さいようですね」
あれは想像ですから

勧誘員の、まことに当を得た一言。
それでもこの分派は日本全国で二百万人も会員がいるという。
50人に1人。
地域差は大きいようだが、珍しいという比率ではない。

「人は死んでから2時間ほどは耳が聞こえているといいます」
「亡くなられた方の耳元で念仏を唱えると、血の気が戻って髪も黒くなるんです!」
「…そういうことも、あり得ると思います」
「(笑顔)」
日蓮宗って、他の宗派より身体を使いますもんね。踊り念仏でしたっけ?」
「いいえ、踊りません」
「ああ、いや、起源としては、ということですが」
「?」

正直なことが言えず、ひたすら相手の話を聞いていた。
端的に伝えても気を悪くするだけだろう、と思い。

宗教に興味はあるが、自分が信仰を持つことはない。
関心があるのは「人がどのように宗教を必要とするのか」、
あるいは、宗教を媒体として前面に押し出される人間性

科学も宗教的な性質をもつが、それはひた隠しにされている。
「迷信じみた宗教を否定する合理性」という表の顔のもとに。
ただ、人類の宗教との関わりは文明以前に遡る。
科学が宗教性を隠すほど、宗教が社会の中で大きくなっていくのだろう。

p.s.
この記事を書き終えた直後に、また件の女性が来た。
話を聞くうち年配の女性も加わり、宗教を軸に政治や歴史の話をする。
そのあいだの2時間、玄関の板間に正座していた。
足の痺れはそれほどなく、冷えたのでお湯シャワーで膝以下を温めた。

脚の忍耐力も大したものである。

 × × ×

とても、ものすごく、よくわかる。

 TVピープルが部屋に入ってきてから出ていくまで、僕は身動きひとつしなかった。一言も口をきかなかった。ずっとソファーに横になったまま、彼らの作業を眺めていた。不自然だとあなたは言うかもしれない。部屋の中に見知らぬ人間が突然、それも三人も入ってきて、勝手にテレビを置いていったというのに、何も言わずに黙ってそれをじっと眺めているなんて、ちょっと変な話じゃないか、と。
 でも僕は何も言わなかった。ただ黙って状況の進行を見守っていた。それはたぶん彼らが僕の存在を徹底的に無視していたからじゃないかと思う。(…)目の前にいる他人からそんな風にきっちりと存在を無視されると、自分でも自分がそこに存在しているかどうかだんだん確信が持てなくなってくるものなのだ。ふと自分の手を見ると、それが透けて見えるようにさえ感じられる。それはある種の無力感だ。呪縛だ。自分の体が、自分の存在がどんどん透けていく。そして僕は動けなくなる。何も言えなくなる。(…)うまく口が開けない。自分の声を聞くのが怖くなる。

村上春樹TVピープル

カフカの作品は寓話ではない、と保坂和志はいう。
ところでこれは寓話である。
でも話は簡単じゃない。

この話が寓話であるのは、テレビが寓話的であるという意味においてだ。
言い換えると、「現に(たとえばリビングに)テレビがある生活風景」としては現実的である。

三人のTVピープルは寓話的存在だが、彼らは現実の生活に登場する。出没する。
そして、現実に触れることで寓話的でなくなるTVピープルは、寓話以上の存在である。

だから怖い。恐ろしい。

TVピープルを見ることは、
自分もTVピープルになることだから。

 × × ×

ツタヤに行って「全日本道路地図」を買いました。3300円。
岩手で花粉が猛威を振るい始めたら、南へ逃げます。
「事のついで」に。
ふふふ。