human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

重力距離の縮尺

「ピー、フィー」
 女は窓辺に駆け寄って、身をねじって探した。鷹の姿はどこにも認められなかった。しかし窓の外には思いがけない光景がくり広げられていた。向いの箱形のビルは黒々とそそりたつ岸壁に変わっていた。その隣りの白タイルの建物は山腹に横たう雪渓で、眼下の青葉を茂らせたニセアカシアの並木は、細長い森であった。女は森からたちのぼる甘い濃い香りを嗅いだ。山あいの村に、養蜂業者たちがトラックで運んでくる巣箱の周辺に漂う香りと同じだった。見慣れているはずの建物や街路に、いったい何が起こったのであろう。気温はさがっていないのに、女は急に肌寒さを感じた。自分が仕事をしているこの街は、たしかに都会の中心にあって、近代技術の粋をこらして造られている。でも実際は、はるか離れたあの山あいの村の模倣にすぎなかったのかもしれない。なぜならば高層ビルの山々と街路の谷間を見紛うことなく、断崖に巣くう土鳩をえじきにするために、鷹はこの都会にやってきたのである。女は両手で顔をおおった。あたしの目が鷹の目になってしまう……。

「主人公のいない場所 鷹の目」p.40-41
ジーンとともに』


人類は地球の陸地表面その一部に薄膜をめぐらせた。
道路も家も高層ビルでさえもほんの薄い膜の縮尺だ。
大地自然はその下とてつもない深さで蠢き活動する。
薄膜は破損しまた透けて見えるのは悠然とした大地。

自然は人の意識に関わりなく人の前に突然姿を顕す。
驚く人は自らが自然の一部であることを忘れている。
それから人は怯えうろたえはたと気付いて我に返る。
ちっぽけな自分は自然と一体であり全体でもあると。
 
安心するのも時にわからなくなるのもそのせいだと。
 
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