human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

<AR-F02> ある表情

 
 表情に自然法則を適用することはできない。
 物体ではある人の顔の、それは意味だから。
 表情のない顔と向き合うことを人は恐れる。
 しかし稀に、人を内省に誘う無表情がある。
 

 彼の顔から笑いが消えている。自分の回りの大地に気づいて目を凝らしているからだ。彼の顔は、ひとつの自然法則のようだ。つまり、人が疑問に思ったり、変えたり、哀願したりはできないもの。彼の顔のやせた頬のくぼみのうえに高い頬骨がある。冷静な落ち着いた灰色の眼。固く閉じられた、人を嘲笑しているかのような不敵な口元。死刑執行人の口だ。もしくは聖人の口か。
 彼は湖の周囲にそびえる花崗岩を眺める。彼は思う。切られて壁にするのにふさわしい石だ。木々を見る。割られて、丸太にするのにいい木だ。それらの花崗岩にはさびの一筋がある。 地面の下に鉄鉱石があるのだなと、彼は思う。鉄鉱石ならば、溶かされて空を背景に空を渡り空から現れるような梁にふさわしい。これらの岩は僕のためにある。これらの岩は、ドリルを待っている。ダイナマイトや僕の声を待っている。割られ、裂かれ、打たれ、再生されるのを待っている。僕の手がそれらに与える形を待っている。

アイン・ランド Ayn Rand『水源 The Fountainhead』(藤森かよこ訳) p.7