human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

脳の新陳代謝、雲を食べること

国境の南、太陽の西』(村上春樹)を読んでいて、ふと「脳と身体の新陳代謝」というキーワードが浮かんできました。
ある一つの場面に対して連想が始まって考え込み、しばらく立ち止まってから読む方に戻り、また別の場面で先の連想に対する反応がある(連想の繰り返しというよりは、先の連想がその別の場面によって導かれたその続きが見えてくる)。

 × × ×

脳と身体はその動作、刺激に対する反応などの傾向が異なる。
ある視点で見れば、真逆だ、と言ってもいい。
だから脳と身体を抱えて生きていく人間には、根本的な矛盾が内在している。
矛盾がどうしようもなく深いところに複雑怪奇な根を張り巡らせているので、無理のない方針として、その矛盾を解消するのではなく、共存する、なだめすかしたり、時には見て見ぬふりをしながらもその存在を常に感じながら生きていく。

ある状態や状況が、どれほど心地よく、快適で、非の打ち所がないとしても、その状態や状況がそのままずっと続くうちに、だんだんと、取るに足りない些細な場所から、少しずつ具合が悪くなってくる。
長く続いていた状態が良いものであるほど、その維持の努力の裏でひっそりと起こる変化に気付くことができない(気付かないことも「努力」に含まれている)。
変化は起こるのが自然だと認識し、自分から起こす場合もあるが、ひとりでに起きたように思われた際には、それをまっすぐ見つめ、分析し、あるいは大きくとらえて、「流れ」に乗るかどうかの判断を下す。


身体は、自身が意志を持って、ある特定の方向に変わっていく、ということがない。
台風に意志がなく、ハチに意志がないように、人間の身体にも意志はない。
(意志は「あるといえばある」もので、「ハチには意志がある」と思えるなら、そこから「台風にも意志がある」と思うところまでそう遠くはない)

活性化と減衰は身体のマクロレベルでは成長と老化であり、その波は空間的に大小のスケールで振動し(身体各部から細胞の一つひとつまで)、また時間的にも同じく長短入り交じる周期で展開している(人体の八十年、細胞の三日)。

波の周期が様々なら、振幅も様々である。
たとえば風邪は、中期的な周期の、中程度の振幅の波の下方極値点である。
(波の比喩とは、具体的には正弦波を想定しているが、風邪のプロセスが波の下に凸の領域に該当するとして、ではそれに対応する上に凸の領域があるかといえば、ほぼないか、前者よりは明確に認識できない。変曲点より上側は、もっと無秩序な、周期も振幅も安定しないものなのではないか)


脳は、身体と反対に、自然に変化していくということがない。
これは脳の働きについて言えることで、つまり生理的には脳は変化していくが、機能的に脳はその変化を認識することがない、逆に言えば、脳が脳自身の(身体としての)変化を認識しないことは脳の重要な機能の一つである。
脳が変化をとらえるのは、自然に相対してのこと、いちばん身近では自分の身体が変化していくのを目の当たりにするからである。
脳は、身体を見て、自分も身体であることを思い出す。
それは脳にとって、面倒な作業、できれば避けて通りたいことだ。

脳は計算をする、いまだけでなく明日も来月も十年後も生きるために計画を立てるが、その目的は計画の成就ではなく、計画そのものである。
たとえば、脳にとっては、明日や来月の予定を立てるのは、昨日や先月の出来事を振り返るのと、そう違いはない。どちらも、脳が今現在機能していることに変わりがないから。
人間には意志があり、夢があり、その達成や成就に向けて努力するものだという建前は、人間の物語というよりは、脳の方便である。
身体は、その意志や夢に従事を促され、あるいは活かされることもあるが、本来は、身体はその意志や夢とは何の関係もない。


雲が、ふわりと甘そうで、食べたいと思って手を伸ばしても、掴めない。
届きそうでも実際は届かないし、届くようになっても実際はその手は空を切ることになる。
近づきすぎて当初の形を失った雲を吸い込んで「ああ、美味しい」と思う、雲を食べるとはそういうことである。

 脳の新陳代謝とは何か。

雲を食べたいと思うなら、その観察を怠らないこと。
手を伸ばす前に、自分と雲の間にあるものに考えを巡らすこと。
なぜ自分は雲を食べてみたいと思ったか。

それは、他ならぬ雲でなければいけないか。
それは、晴れた朝の雲か、夕焼けに重なる雲か。
それは、都会を歩く街並みを見上げる雲か、山に薄くかかった雲か。

雲はいつも、空にある。
いつもと同じように、またいつもとは違うように見える。
雲は儚くも、永遠の生を謳歌するようにも見える。


 雲は、脳とどこか違うところが、あるのだろうか。

 × × ×

僕はとにかく自分を忙しくすることに神経を集中した。僕は前よりももっと頻繁にプールに通った。毎朝のように休みなしで二千メートル近くを泳いだ。そしてそのあとで階上のジムでウェイトリフティングをやった。一週間ほどで筋肉が悲鳴を上げはじめた。信号待ちをしているときに左脚が攣って、しばらくクラッチを踏むことができなくなったくらいだ。でもやがて僕の筋肉はその運動量を当然なものとして受け入れていった。そのようなハードワークは僕に余計なことを考える余裕を与えなかったし、毎日しっかりと体を動かすことは、日常的なレヴェルでの集中力を与えてくれた。僕はぼんやりと時間を過ごすことを避けた。どんなことをするときでもいつも集中してやるように努力した。顔を洗うときは真剣に顔を洗ったし、音楽を聴くときは真剣に音楽を聴いた。実際のところそうしないことにはうまく生きていけなかったのだ。

村上春樹国境の南、太陽の西