久しぶりに新しいタグをつくろうと思います。
要するに「記憶」なんですが、書きながらもう少し気の利いた名前を考えてみます。
きっかけになったのは、最近何度か引用している『アフターダーク』(村上春樹)の一節。
(今思うとですがこの引用部は、この小説にいくつかあるターニングポイントの中で最も大きなところかもしれません。本記事の内容とは関係ありませんが)
恐らくここを読んだことで、
生活の中で(主には読書中に)古い記憶が詰まった部屋をノックする機会が増え、
そのうちいくつかは、
ドアを開けてからその部屋が「これまで一度も入ったことのなかった部屋」であることに気付く、
という経験をしています。
「思い出」というほどセンチメンタルなものではないのは、引用を読めば「なるほど」と分かると思います。
「私はね、よく昔のことを考えるの。こうして日本中逃げ回るようになってからは、とくにね。それでね、一生懸命思い出そうと努力してると、いろんな記憶がけっこうありありとよみがえってくるもんやねん。ずっと長いあいだ忘れてたことが、なんかの拍子にぱっと思い出せたりするわけ。それはね、なかなか面白いんよ。人間の記憶ゆうのはほんまにけったいなもので、役にも立たんような、しょうもないことを、引き出しにいっぱい詰め込んでいるものなんよ。現実的に必要な大事なことはかたっぱしから忘れていくのにね」
コオロギはテレビのリモコンをまだ手に持ったまま、そこに立っている。
彼女は言う、「それで思うんやけどね、人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。ただの燃料やねん。新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙きれでしょ。火の方は『おお、これはカントや』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか『ええおっぱいしとるな』とか考えながら燃えてるわけやないよね。火にしてみたら、どれもただの紙切れに過ぎへん。それとおんなじなんや。大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料」
村上春樹『アフターダーク』
ところで、「古い記憶が新しく掘り起こされる」という実際的な効果とは別に僕が得たものは、次のような教訓です。
”やらなくて後悔するくらいなら、やって後悔した方がいい”
"旅の恥はかき捨て"
"つらかったことも恥をかいたことも、過ぎ去ればみんないい思い出"
というありふれた教訓に対して、
「そうだその通りだ」と思って行動する勇気を鼓舞されることもあり、
「でも全部が全部そうではあるまい」と逡巡してその勇気が挫かれることもあり、
でもその逡巡にもなにか意味があるような、
これらのありふれた教訓に対する釈然としない思いを抱いたこともありました。
そのわだかまりを形にしてくれたのがたぶんコオロギのこの言葉で、
彼女の言葉を借りて上の教訓たちをこう言い直そうと思います。
"やったこともやらなかったことも、記憶としては同じ"
「やらなかったこと」よりも「やったこと」の方が記憶に残りやすく、
どちらも記憶として再現される時はいい思い出になるという理由で、
非行動より行動が推奨されることは理解できるし、その通りだと思います。
でも、ありふれた教訓が言い落としているのは「両者の違いはそれしかない」ということ。
(この「教訓の言い落とし」自体は当然で、表現が簡潔だからこそ教訓たりえるのですが、ふと『三月のライオン』(羽海野チカ)の7巻で山崎順慶五段が同じことを考えていたのを思い出しました)
「やらなかったこと」は記憶に残らないのではなく、思い出すのが難しいだけです。
そして、「やらなかったこと」の中には、重大な決断のもとに選択したものもあるはずです。
一生懸命思い出そうと努力してると、いろんな記憶がけっこうありありとよみがえってくるもんやねん。というコオロギの言葉は、その後に続く言葉からとてもそう思えないかもしれませんが、
僕には確かに「記憶に対する祝福」だと思えます。
よし、タグ名は「きおくをことほぐ(記憶を言祝ぐ)」にしましょう。
音のリズム感が漢字よりひらがなの方がよく出てるので、ひらがなで。
主に小さい頃のちょっとした出来事や、習慣や、遊びや、風景について、
今後ちょくちょく書いていこうと思います。
埃を被って埋もれていた記憶と出会えた縁を、祝福するように。
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