human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

無題7

「肝心なのは」彼女は指を一本立てる。「味噌汁における味噌は脇役ではなく主人公であるということなのよ。汁に味噌がなければただの汁だし、また具のない味噌汁はあっても汁のない味噌汁はないわけだし」
彼女の指が左右に揺れる。
「ダシのない味噌汁もあるわけだし?」
彼女は僕を無視して続ける。
「確かに具は味噌汁の骨格を成しているとも言えるわ。味の染み出してこない野菜なんてまずないし、カボチャや長芋みたいに自ら溶けて汁と融合しようとする野菜もいる。でもね、野菜を煮込んで味の深みが出せるのは、味噌というフィールドがあってこそなのよ。地面なくして深くは掘れない。深みのない穴なんてドーナツみたいなもんだわ」
「それじゃドーナツがかわいそうだよ」
僕は思わず感情的になって抗議した。
「ドーナツなんて、穴を埋めたってドーナツじゃない。あの空洞に存在意義なんてないわ」
彼女は目をみはってそれに答える。
「穴を埋めちゃったらドーナツじゃなくなるんじゃないかな」
「あら、そうなの? 甘く揚げて粉をまぶしたパンみたいなの、売ってるじゃない」
「あれはドーナツじゃないよ」
「じゃあ何なのよ」
「うーん、知らないけど」
「まあいいわ。とにかくあなたは味噌汁に対する基本的な認識を改めるべきよ。具にこだわる前にまず味噌にこだわるべきね。そうよ、いっそのこと自分でお米から作ればいいのよ」
僕は黙り込む。
ここは考えたふりで切り抜けるべきか、もう一度おどけて見せるか。
「ねえ、聞いてるの? あなたの考えをちゃんと聞かせてほしいわ」
まるで彼女自身の言葉には無関心のように、僕を見つめる彼女の目が何かを語りかけている。
そしてようやく僕はそのことに気付く。

「今日の服かわいいね。特にそのライトブルーのキャミソールが君によく似合ってる」
「…やだ、もうッ」