human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

Can one speak about unspeakable? (1)

 
「沈黙について語る、にはどうすればいいか、考えているんです」
「それは、沈黙すればいいのではないかな? 文字通り」
「……そうですね」
「……」

「いえ、その、言葉にしたいのです」
「沈黙を言葉にする? 沈黙を破って?」
「矛盾して、聞こえますかね」
「いや、言わんとすることはなんとなくわかる。まず、君が語りたいのは『沈黙そのもの』ではないね?」
「そうです。沈黙が、それを聞く人に伝わるように、語りたいのです」
「それが伝わると、どうなるのかね?」
「……きっと、それを聞いた人も沈黙するのだと思います」
「それで?」
「それだけです」

「ふむ。極めてシンプルで、極めて漠然とした意思だね。君はそれが実現すると、嬉しいのかね?」
「きっと、そうだと思います」
「そうか。君には世の中が落ち着きなく喧騒にまみれて見える。欲望と行動が乖離して、ただ騒いでいるだけ、まるごと全てが無駄に思える」
「いえ、そんなことは」
「まあいい、程度の問題だろう。君は少しでも人々が冷静になればいいと願っている。ひいてはそれが自分の冷静をもたらす。まわりくどい考え方をするものだ」
「……」

「話を戻そうか。沈黙を語るには、もとい、沈黙を伝えるにはどうするか。王道は、言葉以外の手段で伝えることだ。姿勢。身ぶり。背中、といえば少し格好良いな。とにかく、沈黙が状態である以上、面と向かってのコミュニケーションがなければ相手は感じることができない」
「はい」
「ところが君は、沈黙という状態を言葉で伝えたいと言う。つまり、沈黙を思い起こさせるような言葉を語ることで、聞いた人自らの内側で沈黙が芽生える。そういう、これをコミュニケーションと呼ぶのかは分からないが、そうだな、状態の伝播を望んでいるわけだ」
「状態の伝播、ですか。なるほど、そうかもしれません」

「人が沈黙するのは、それぞれ理由がある。そして、したくてする行為、というよりは、せざるをえない状況に至ってさせられる、受動的な状態だといえる。つまり、理由は外からやってくるが、その種は内に秘められていたものだ」
「いや、積極的な沈黙もあるのではありませんか? 流れとして、いや状況と言ってもいいですが、自分が自然に行動を起こす場面、あるいは起こしている場面で、ふいにそれを中断したいという意思が生じた時、その意思の実行が沈黙という形態で現れる。放っておけば溢れてしまうものを押し止めるためには、積極的な介入が必要です」
「うむ、そういうこともあるだろうな。ともあれ、沈黙は何かしら複数の要素が反応した結果の産物だと言えるのではないかな」
「そうですね」
「この表現を使えば、君はその沈黙反応を不特定他者において起こしたい、あるいは、その反応を媒介するものを投じたい。言葉という手段を以て」
「その通りです」

「ふむ。どうも話している間、『沈黙』の指す意味がぐらついているように思えるが。具体的に言うならばそれは、沈思黙考ということかね?」
「ああ、そうかもしれません。言葉を失う、という状態があります。あれは、安易に軽薄なことを口にすると、今自分が遭遇している状況がなにか致命的に損なわれてしまうという恐れが、頭の中に渦巻く思念のアウトプットを堰き止めている状態です。頭が真っ白になっているという自覚を伴う場合が多いようですが、実際は思考が暴走していて頭の回転状態を把握できていないだけで、それは言い換えれば意識の中では言葉を押しのけて言葉以前が席巻しているのでしょう」
「うん? その、言葉を失った者は、沈思黙考という落ち着いた状態からはかけ離れているように思えるが」
「すみません。ええと、精神の安定度という面ではずいぶん異なった状態ではあるのですが、今思い付きましたのは、その、僕がイメージする沈黙というものが、論理的な思考を口にせずに頭の中で展開しているという整然としたものではなく、『言葉を失う』という状態とある面で共通するように、言葉以前のものが脳内で活発に活動していて、その尻尾を捕まえるというか、下手に口にしてうっすら掴めそうだった感覚を失わないように冷静に対処している。そうですね、小説の一言一句をイメージ化しながら読み進めている状態に似ているかもしれません」

「その比喩が適切なら、みながみな、小説を読めばいいことになるのではないかね?」
「ああ、そうかもしれませんね」
「……本当かね」
「うーん、もしそうなら、『沈黙について語る』が『みんなに本を読んでもらう』とイコールになる、ということですか? それは……あれ、意外とそういうことなのかなぁ」
「ふむ、イコールにしてしまうのはいかにも大雑把に過ぎるが、そういう一面がある、くらいには言えそうだな」
「そうですね。そして、僕はそういう風に限定して考えたくはないです。やはりもっと、抽象的な問題なのです」
「わかった。だが、抽象的な問題は抽象的な論理で扱わねば解決できぬわけでもないぞ。問題の要点を具体例に落とし込みながら、かつ要所で次元を上げて抽象的な思考に戻ってくる。その往復運動が大事なのだ」
「わかりました。肝に銘じます」

「その心臓への記銘はもちろん比喩だが、その銘が言葉以前であれば、言うことはないの」
「……難しいことをおっしゃいますね」
「なに、話は簡単だ。君の墓石に写実的な心臓の彫刻がしてあるさまを想像すればよい」
「想像しました」
「それでよい」
「……?」
「死人に口なし、心に朽ち無し」
「……」

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