human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

7日目:山上の二寺、素敵なペンション宿、囲炉裏ご飯 2017.3.7

登り登って、20番。下った先の、21番。橋の向こうにそびえる2つ目の山に、ため息をつく。もちろん21番太龍寺の姿は見えない。

山の斜面に忠実に登る形で出発した鶴林寺を擁する山と違い、山と山の間に通る道を進む。舗装されているが、アスファルトではない。薄い灰色の舗装で小石が混ざり、進む方向に縞状に波打っている。もちろん歩きにくいが文句は言わない。不平は畢竟すべて酔狂な自分に返ってくるからだ。

岩場がいくつもある。丸木石が階段状に並べられた地点に差しかかる。丸太の円頂を狙い、石の延伸方向と平行に歯を踏み込んでいく。踏み外すと大惨事が目に浮かぶので最初は慎重になるが、だんだんと慣れていく。一本歯操法の技術が向上していく感覚がある。

太龍寺に参り、再び下る。急な岩場を一歩ずつ踏み締めて下りる。段差が大きい所では左足を軸に右足を踏み降ろす癖に気付く。利き足の右の方が着地の狙いを定めやすいからだが、そうなると軸足の左の太腿が心配になる。左右均等がよいと思い、軸足を右に、左足で踏み降ろす歩き方を試す。ぎこちなく不安定だが、先のことを考えて危なくない範囲で実践する。

傾斜の緩い土道になってしばらくして、今日泊まる宿から電話がかかってくる。「今どの辺りですか?」さっき見た道案内の立て札の情報を伝える。「そこならもう数十分ってところですね。若い方だし、足も速いでしょう」一本歯の下り道はことのほか遅いのだ、と説明しようとして、どこから話せばいいのかを考えて面倒になり、やめる。「いや、たぶん、もうちょっと遅くなると思います」「分かりました。気をつけて下りてきて下さいね」思えば到着予定時刻はとうに過ぎ、日が暮れ始めている。急ぐと危険なので、ペースは変えずに、引き続きゆっくりと進む。

一面が木々の視界の先に、明るい光が小さく見えてくる。その光の中から短髪の女性が現れ、道を登ってくる。「…さんですか?」こちらを認めて、声をかけてくる。「よかった。すぐ下はもう車道です。車の中で待ってたんですが、遅いなと思ったので。随分かかりましたね…まあ!」自分の妙な歩き方にふと気付き、足下を見て驚く。とりあえず遅くなったことは納得してもらえたようだ。山を下り切り、22番平等寺に至る峠の手前、阿瀬比から車に乗る。

しばらく走った後、ペンションのような宿に着く。床はすべて天然板で、案内された食堂兼広間には囲炉裏がある。装いは新しいが、懐かしさを感じる。囲炉裏を実際にこの目で見たのは初めてのことではあるが。2階の個室も板間で、天井が高く、ベッドやテーブルもペンション然としている。非常に居心地がよい。玄関で拭きはしたが、砂まみれの裸足が申し訳なくなる。そうだ、あとで下駄の台座も拭きに行かなくては。

夕食は広間の囲炉裏で、鍋である。「お宿で野菜って、なかなか出てこないでしょう?」というおかみさんの配慮で、野菜がたっぷりと入っている。そば粉の元であるそばの実も入っているという。定食が主体だったこれまでの民宿の朝夕食とはがらりと変わり、味もよく、囲炉裏で車座という独特の座で楽しく食事をいただく。同宿者は小柄なおばあさんで、食事の間ずっと、食べ終えてサービスのコーヒーを飲んでいる間もずっと話をしていた。なにか、テーブルと違って囲炉裏には話さずにはいられない雰囲気をつくるものがあるのかもしれない。

おかみさんの話では、ペンションを始めたのは数年前、わりと最近のことだという。以前から所有の農園で果物狩りを運営していたが、この一帯、つまり20番鶴林寺の麓の宿から22番平等寺の間に遍路宿がなく、地域の要望があったという。確かに、麓の宿から平等寺そばの宿までは距離もありアップダウンもあり、健脚でないと一日では踏破できない。自分もそれが無理だから、この宿を知る前はどうしようかと悩んでいたのだ。その地元と歩き遍路の期待に応え、宿が遍路道から離れているため送迎をやることにして、ついでに宿を今のようなペンション風に改装したのだ。広間の壁には、おかみさんが地元の新聞からインタビューを受けた記事が貼られていた。歩き遍路のためにできた、遍路宿。大変ありがたいことである。

 × × ×

前へ
6日目:空海の気持ち、取星な話、雛祭り 2017.3.6 - human in book bouquet

次へ
8日目:思考即転倒、最長記録更新、遍路宿ネットワーク 2017.3.8 - human in book bouquet