星野青年と大島さんの対話より
それそのものではなく、
それがもたらしたものごとに目を向ける。
それとともにある時も、
それがそばにはいない時も、
それとの出会いをことほぎながら、
変わり続けるために。
「じゃあひとつ訊きたいんだけどさ、音楽には人を変えてしまう力ってのがあると思う? つまり、あるときにある音楽を聴いて、おかげで自分の中にある何かが、がらっと大きく変わっちまう、みたいな」
大島さんはうなずいた。「もちろん」と彼は言った。「そういうことはあります。何かを経験し、それによって僕らの中で何かが起こります。化学作用のようなものですね。そしてそのあと僕らは自分自身を点検し、そこにあるすべての目盛りが一段階上にあがっていることを知ります。自分の世界がひとまわり広がっていることに。僕にもそういう経験はあります。たまにしかありませんが、たまにはあります。恋と同じです」
村上春樹『海辺のカフカ(下)』
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