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本格的に本と関わっていきます。

一本歯実践編2日目、鼻緒の調整法、弾み車を一定の速度で回すこと

昨日も一本歯ウォーキング実践編いってきました。

往路)大文字山登山口(スタート)〜旧登山道〜山頂〜池ノ谷地蔵〜比叡平
復路)比叡平〜池ノ谷地蔵〜大文字山山頂〜火床〜登山口(ゴール)

時間にして4時間ほど、休憩を5、6回しました。
ほんとうは比叡平から車道で滋賀まで抜けたかったんですが、予定していた池ノ谷から比叡平団地に入るまでにあるはずの道路が見つけられず(googlemapの地図表示にはあるんですが、戻ってから航空写真で見ると道があるようには見えませんでした)、団地に少々入ってから引き返したので往復の行程となりました。
復路は旧道ではなく火床経由のメジャーな登山道で、思えば大文字山を一本歯で下るのはこの日が初めてでした。
まだ歩き始めの頃↓に苦戦した凹凸がわかりにくい地肌(これを踏み損なって鼻緒が切れたのでした)は下りでも平気になっていましたが、階段状の地肌で幅が狭くて凹凸の激しいところなんかは見るからに詰んでいるというか「こける以外に手がない」有様で、実際何度かこけました。あとこれは山頂から池ノ谷の間でしたが若干ぬかるんだ地肌斜面を下るのが恐怖で、靴だと「バランスをとりながら靴裏を滑らせて下りる」が大抵の斜面でできるんですが(登山部の頃からよくやってました。下手するとこけるのでわざわざやるものではありませんが)、それと同じことを一本歯の歯裏でやるのが(一度まぐれでできたのを経験して)「恐怖的新感覚」でした。その時に、一本歯で下り斜面を目の前にするのはスノボで急斜面を下る時の感覚に似てるなと思いました。

cheechoff.hatenadiary.jp
(あれからもう4ヶ月も経つのですね…)


昨日は出発前に下駄の鼻緒の調整をしました。
つい数日前に鼻緒のすげ替えをしてもらって(交換前の鼻緒は5年くらい使ったことになるでしょうか)新品なのですが、一昨日の大岩〜二ノ瀬間で何度も足をひねりかけたせいで早速のびてしまったので、今回はこの動画↓の通りにM5&M8ワッシャーを使った留め方をやりました。

一本歯下駄 鼻緒調整 - YouTube

これで留めると鼻緒はほぼのびないらしいのですがやはりそんなはずはなくて昨日の行程でのびてしまいました(結び目が2個だったのが良くなかったのかもですね。きつく結んだつもりが、2個だと緩むんですねえ、びっくり)。
それで今日は雨だったので部屋でどう調整しようかゆっくり考えていたんですが、この留め方は(1)M8ワッシャーに紐二本とも通す(2)M5ワッシャー2つのそれぞれに紐一本ずつ通す、の二段階のあとに固結び(動画では3回推奨)をするというもので、留めて締めた後は穴の上はM8-M5(2つ)-結び目の順で上下に重なるわけですが、鼻緒が伸びてしまった時の調整方法としてはこれら上下に重なる物達の間に何かを噛ませることでできるだろうと考えました。
履物屋で留めてもらうともちろん穴の上にあるのは結び目だけなんですが、この結び目の下に布(僕がやっていたのは手ぬぐいの切れ端)をかませても穴に引きずり込まれたりして噛ませる効果があまりありませんでした。
という経験があったので、今回はM5ワッシャーと結び目の間に布を噛ませることにしました。ちょうどこの間は結び目の根元で紐をくぐらせる輪っか状のスペースがあるため、かませの固定もばっちりです。
(と言葉だけで書くと非常にわかりにくいですね。作業に熱中してしまって写真を撮るのは忘れてしまいました)

また、調整のついでに、これまで歩いてきて歯がけっこうすり減ってるんですが、すり減った分が木屑になって歯の角にまとわりついていたのを大方カットしました。
木屑と歯側面の間に砂や泥が入り込んでいたのできれいにしたかったんですが、この木屑がさらなるすり減りを抑制している可能性も考えて少しだけ残しておきました。
とはいえ、これで歯もスッキリシェイプになりました。

 × × ×

今日は雨だったし、明日からまた寒くなるので実践編はこの2日で一段落、しばらくおあずけとなります。
2日連続歩いて翌日の今日はふくらはぎがなかなかつらかったですが(山を下ったのが効いたのでしょう。ところで一本歯を履いて斜面を下るのは「とても高い所から下りる感覚」があってそれが恐怖になるわけですが、よく考えると視野の基点が(靴の時より)上になったというだけで下る高さは変わってないのです。火床のすぐそばの階段を下るときなどとてもそんな風には思えなかったんですがきっとこれは気持ちの問題で、慣れれば足への負担は靴とそう変わらない気もしてきます。強がり発言です。これ上に書く話ですね)、それでも夕方にプールへ行って一本歯で歩かない分水中ウォーキングを多めにやったんですが(足指を鍛えるために、プール底のタイルをつかむようにして足指と足の平だけで歩くようにしています)、脚を使い始めるとふくらはぎもわりと平気になってきて、これも慣れればなんとかなるかもしれません。

一日中歩いて宿に泊まって(風呂があれば入って)足をマッサージして、翌朝起きた時は筋肉痛で足が痛んでそろりそろりとしか歩けないように思えても、いざ出発すると足が目覚めてきてふつうに歩ける、というような。

ただ今の生活の中では一本歯で歩いた後にプール&サウナがつきますが、旅の中ではあっても風呂で、疲れは(全身において相対的に、という意味で)足に溜まりやすくなります。
これがどれほどの差となって効いてくるかわかりませんが、旅中ではマッサージを欠かさずやるのが大事だと思われます。

 × × ×

地図を読み始めています。
(下のリンクの一番上の地図です)

へんろみち保存協力会

遍路用品を買ったお店の人(歩き遍路を5回行ったらしい)に聞いた話では、「7時出発15時終了」の予定で歩けば途中で何かが起きても大体予定通り歩けるということで、普通の人なら休憩も込みで平均4km/hで歩くとして一日30kmは歩けるから1200kmの全行程は約40日でいけるとのこと。

これにならえば、一本歯の場合だと、今のところ平地で3km/hといったところなので8時間歩いて休憩の分を考えれば一日20km強、全行程は2ヶ月近くかかるということになります。

日数制限がない以上「どれだけかかるか」よりは「いかに継続して歩けるか」の方が重要なので、行程日数を数える意味はあまりありません(問題といえば、あまり遅いと終盤で日中暑くなってくるくらいでしょうか)。


ところで夕食時(外食はほぼしていません)に村上春樹の本を毎日ちびちび読んでいるのですが、つい昨日『村上春樹 雑文集』を読み終えたので今日から『走ることについて語るとき僕の語ること』を読み始めました。
本棚から選んで夕食をつくって(今日は鍋でした。魚介鍋ということでちゃんこダシに「うるめ若干」を入れてみました。焼き魚の時は頭を残していたんですが、鍋に入れるとなぜか丸ごと食べる気になります。頭をそっと噛むのは、何か尖った部分の心配というよりは情の発露を感じます)食べながら読み始めてから、この本が遍路歩きと深く通じ合いそうだと気付きました。

今日読んだ中では以下の文章に線を引きました。

 我慢強く距離を積み上げて行く時期なので、今のところタイムはさほど問題にはならない。ただ黙々と時間をかけて距離を走る。速く走りたいと感じればそれなりにスピードも出すが、たとえペースを上げてもその時間を短くし、身体が今感じている気持ちの良さをそのまま明日に持ち越すように心がける。長編小説を書いているときと同じ要領だ。もっと書き続けられそうなところで、思い切って筆を置く。そうすれば翌日の作業のとりかかりが楽になる。アーネスト・ヘミングウェイもたしか似たようなことを書いていた。継続すること──リズムを断ち切らないこと。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。しかし弾み車が一定の速度で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気をつかっても気をつかいすぎることはない
「2005年8月5日 ハワイ州カウアイ島」p.16

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)


いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。

2ヶ月の間歩き続けることも。