human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

曲に刻む経験の強度、脳内BGMについて

『菅野満子の手紙』(小島信夫)の派生で『白衣の女』(ウィルキー・コリンズ)を読んでいます。
語り手が複数いて、「それぞれの場面で最も適切な者が語る」みたいなことが序文に書いてあります。
今日は一日読むかと思っていましたが、その一人目の手記が終わったところでちょっと気分を変えたくなって、その時ちょうど頭の中を流れた音楽に導かれて『晴子情歌』(高村薫)を読み始めました(ちなみに二度目の再読です)。

その音楽というのが、僕はやったことないですがRO2という(名前からして多分オンラインの)ゲームに使われているらしいYoru Voという曲。
この曲は僕にとってかなり濃厚に経験が刻まれた曲の一つで、というのは脳内BGMとは読む本や作業と一度結びつけると決めてそれを続けることで曲と経験が相互参照されるようになるもので、「濃厚な曲」は他にもいくつかあります*1

この曲は高村薫氏の「福澤家三部作」(『晴子情歌』『新リア王』『太陽を曳く馬』)を読む間ずっと頭の中を流れていて、それは読書記録によれば2010年10月〜11年8月末までのことでこれだけでも長い付き合いと言えるんですが、(今思うとこの長い付き合いの延長だったのかもしれませんが)そのあと修論を書く間もずっと*2聴いていて(これは研究室PCでイヤホンをして。だからふつうのBGMですね)、その修論執筆がというか所属した研究室が大変なところで、ただ今は「当時は閉鎖的かつ孤独だった」と言うにとどめますがつまりはこれによって小説の記憶に上乗せ*3して濃密な負の経験を背負ってしまい、卒業後就職してからもずっと能動的に聞く気にはなれなかったのですが、今年のGWに秋田の玉川温泉へ七泊八日の湯治へ行った時に*4、温泉に浸かっている間に流す曲はないかと記憶に検索をかけると、温泉家屋の総木づくりで古色蒼然ながら重厚な風情にぴったりだと思いついたのがまたこの曲で、負の記憶のこともあるが場所が非日常だからいいかと決めて、八日間に温泉場に入っている間はずっと流し続けていました*5

というわけでこの曲を聞けば連想されることがたくさんあって、一日中この曲を聴きながらぼーっと過ごせるんではないかと思えるほどです。


そういえば、内田樹氏が昔のブログに大瀧詠一さんのことをけっこう書いていて*6、その中の話で、「無人島に一冊だけ持って行ける本を何にするか」というアンケートがその昔業界人の間にあったらしく大瀧さんは「○○年のレコード年鑑」と回答した。これはある年(何年かは忘れました)に出荷されたレコードの詳細が一覧できる冊子で、つまり曲名(と歌手)を見ればその曲を頭の中で流せるからこの一冊があれば一生暮らせるのだと。

脳内BGMに対してこれほどの情熱を持つ人がいるのだということを僕はこれを読んだ時に初めて知ったのでした。

 × × ×

このブログに脳内BGMについて書いた記事が既にいくつかあるのでタグを作りました。
記事を読み返すと、なかなか面白いことが書いてありました。
2つ張っておきますので、興味があればご覧下さい。

cheechoff.hatenadiary.jp
cheechoff.hatenadiary.jp

*1:たとえば村上春樹の小説を読む時にいつも流す曲とか。何の曲かはまた機会があれば書きます…と打ち込む間にもう書いてあったことを思い出しました。興味があればどうぞ。マニアックな話ですが脳内BGMについて熱く語られています。

*2:本当にずっと、一日中聴くのを何日続けたか、というくらい。他の曲も時々挟んでいましたが。

*3:「上書き」ではないのですが、記憶の新しさのせいか体験の強度のせいか、曲を聴けばまず修論を思い出すのでした。

*4:そういえば湯治記がまだ途中でした。肝心の温泉治療のことをまだ書いていませんが…思い出すの大変かもですね。このすぐ下↓にちょこっと書いて、書いた気になっちゃいましょうか(笑)。そして湯治記のタグもつけちゃいましょう。

*5:ふつうの温泉旅行と違うのがこの長さで、源泉100%のお湯なんかはずっと浸かれない(治したい患部と感度の高い部分がヒリヒリというか、筆舌に尽くせないような「堪え難い状態」になるのですが、こうなるまでに「温泉皮膚炎」が生じてこれは効いてる証拠だという説もありますが、滞在が長くなるほど皮膚炎が発達して一度浸かった時に「堪え難い状態」になるまでの時間が短くなります。こんな具合なので源泉に浸かる時間よりそれ以外の時間の方が長いです)ので入っては出たり別の所(サウナとか、頭だけ出して蒸気で満たされた箱に入る「箱風呂」とか)へ行ったりを繰り返すんですが、この繰り返しをやるうちに二時間くらいは経って(つまり一度温泉場に行けばこれだけの時間滞在する)、体力が続けばこの繰り返しを一日三〜四回はやります。つまり僕の脳内では最長で一日八時間はこの曲が流れていたわけです。

*6:はっぴいえんど」というグループで一世を風靡した人らしいのですが、時代が違うので僕は全然知りません。ウチダ氏がどれほど熱烈な「ナイアガラー」かを氏のブログを読んで知るのみです。