human in book bouquet

司書資格を活かせる仕事を探していきます。

鳥歩の第十七歩

今日も昨日と同じように高野川で歩いてきました。

気づいたこと、考えたことをいくつか書いておきます。

(1)軸足意識へのシフト

前回(昨日)に歩幅が広がった話を書きました。

軸足(踏み出す方とは違う足)をなるべく長く地に着けておくことで歩幅が広がるんですが、実は今までは着地にばかり意識が向いていた(踏み込みに失敗したら足をひねりかねないわけですから最初は特にシビアでした)のが、今回の歩幅アップ歩行では軸足の歯がけっこう斜め(前傾)になるために、着地に専念していた意識の幾分かを軸足にも向ける必要があることに気づきました。
踏み出し足の着地や地を蹴る軸足の踏ん張りで足(下駄)がぶれると力のロスが生じるんですが、地を蹴る時に軸足の歯が斜めなほどぶれやすくなる*1ために、意識をこれまで以上に割く必要があるということです。

ちょっとした程度のぶれではなくこけるこけないの問題が最も生じやすいのは着地時なので、この意識のシフトは歩行姿勢をより不安定にさせることになります。
この不安定性の増大分は経験・慣れでカバーするしかありません。
今のところはできている気がしますが、調子に乗って歩幅を大きくしていくとこけるリスクがどんどん高くなるので、着地に向ける意識をちょっとずつ減らしていくとどういうことになるかを見極めつつ進めていきたいと思います。

(2)セキレイの歩き方

別の話から入ります。
日中に鴨川沿いを歩く時はだいたい川を見ているんですが、その理由の一つには動物の動きになんらかのヒントがあると思っているからです。

動物に対しては無駄のない動き、とか効率の良い動き、とかいった表現が使われるかと思いますが僕が見ようとしているのはそういう特徴ではなく、動物の動きがそのそれぞれの体(大きさ、重さ、手足のつくりなど)と調和している、その調和を見ようとしているのだと思います*2
この「調和」を具体的に説明するのはとても難しそうで、たぶん「美しい動きだ」みたいな感想としてしか言えないことのような気もします。
が、ある与えられた体がありその体における「調和のとれた動き」がある、というサンプルをいくつも見ていくうちに、その動きを見たことのない動物について「調和のとれた動き」を想像することができるようになる、というようなことがもしあるとすれば、これは人間の動きにも応用できるでしょう*3

本題に入りますが、セキレイは「ててーっ」という効果音が似合うような素早い足捌きで一目散に駆けるように歩くんですが、今日鴨川でそのセキレイ(たぶんセグロセキレイです)が歩くのを見た時に、地上(ちょっとした草むらか岩場だったか忘れましたが)にちょっとした凹凸があるのにセキレイの胴体がほとんど上下していないように見えました。
昔のアニメーションかなにかで、登場人物が走っているのを、背景だけを動かして表現するようなのがあったと思いますが(動く絵本でもありそうですね)、なんだかそれを連想しました。
つまり胴体だけが画面に固定されていて、背景と足が動いている(地面の高さに合わせて足が伸びたり曲がったりする)、というような。

一本歯歩行(に限らず和歩もですが)では胴体を上下に揺らさないことを心掛けているので、セキレイのこの歩き方を見て「おお!」と思ったのでした*4
具体的にどこをどう参考にする、という話は全然できませんが、動物に例(手本?)があるというのはなんだか心強いのです。

というわけで今日はセキレイ歩行をイメージして歩いていました(それでどうなったという話ももちろんできません)。
今思うとすばしっこいセキレイよりはダチョウの方が「時間の流れ方」の面ではイメージ近いかもしれませんね。
いや、あれはあれで躍動感がありすぎるか…
 

*1:と当たり前のように書きましたがこれは慣れの問題かもしれない…こともないか。歯が斜めになるほど接地面積が小さくなりますからね。

*2:「調和のとれた動き」と「無駄のない動き」はどう違うのか、と言われるとこれまた難しいのですが、「無駄」を「あそび」と言い換えてみるとよいかもしれません。あそびのない動きは、ある一つの目的を厳密に遂行するのに向いてはいても、おそらく周りの状況の変化に即応して動きを変化させる場合には向かないでしょう。そうだとすれば、「調和のとれた動き」は臨機応変の余地も含んでいると考えればよい。あるいは、例えば鳩は頭を前後させながら歩きますが、体の構造上そうしないと前に進めないとはいえ、頭の前後動作は人が見れば「無駄な動き」に見えるかもしれない、しかしその頭の動きも含めて鳩の歩行は「調和がとれている」。

*3:学問分野でいえば解剖学にあたるのかな?

*4:まあ、問題意識が先にあってセキレイの歩行をして僕にそのように見せた、とも考えられるわけですが、それじゃ面白くないですよね。