human in book bouquet

本格的に本と関わっていきます。

『共同幻想論』(吉本隆明)読了

共同幻想論』(吉本隆明)を本日読了しました。
4/16に読み始め、毎週土曜の午後にVeloceで読み継いでいました。
湯治に行ったりで2週分は読まなかったとして、
8週×4〜5時間くらいかかったでしょうか。


何が書いてあったか?

正直、読んで頭の中に残ったものを今書けと言われても、何も書けません。
が、読んでいていろんなこと(別の本の内容や僕自身の生活など)と繋がった経験は覚えています。
それらの経験は、その時の自分を躍動させたものとして記憶の底に降り積もったはずです。
本中の下線を引いた箇所を読み返せば「底をさらう」こともできるかもしれませんが、
それは大変な労力を要するし、僕の文章力のキャパシティをはるかに超える作業でもあります。
(そもそも本書の内容を「理解」できたとは到底思っていません)

でも、吉本氏の思想の内容ではなく、
思想に対する取り組み方、思考対象に対する姿勢のようなものは、
氏の直接的な言及からも、思想内容を語る語り口からも感じ取ることができました。
氏の思想のとてつもなさとは別に、その姿勢はとてもまっとうなものに思えました。

 × × ×

吉本氏の言論は、今現役の数多くの知識人に影響を与えたといいます。
このことは、これからの読書の中で吉本氏の思考の片鱗のようなものを感じる機会が、
数多く訪れるだろうことを予感させます。
本書を読んだ経験は「その時」に、記憶の底から浮かび上がり、
その経験と、「その時」に繋がったことについて書かずにはいられなくなることでしょう。


何かが起こることは予想できて、何が起こるかは全く分からない。

「変化の予感だけがある状態」は、脳の通常の価値観からすれば不安なはずですが、
今ここに、その不安はありません。
では楽かといえば、そんなわけもありません。
…と書いていると、抜粋したい箇所が思い浮かびました。

吉本 だから、若いときっていうのは、精神的な意味でもいろんな意味でもきつい。いまがきついから、だからもうちっといい加減齢くってきたら、なんかゆとりが……
鮎川[信夫] ゆとりなんて言葉を聞くのはちょっと珍しいね(笑)。
吉本 なんとなく眺望がきいてゆとりが出ることがどっかであるはずじゃないかっていうふうに思ってきましたけどね。どうも、いま考えているところでは、人間ていうのはそういうふうにできてねえんじゃないか、だんだんきつくなるっていうふうにしかできてねえんじゃないか
鮎川 きみの場合はそうだよ(笑)。(…)きみの場合はね、自分の言葉がすごく重荷になると思う、だんだんに。アラブの諺があるんだけど、言葉っていうのは、黙っているうちは自分が言葉の主人だ、だけどいったん口に出しちゃうと言葉のほうが自分の主人になるっていうのがある。きみの場合は出す言葉がかなりものすごいからね(笑)。
(『思想の根源から』「意志と自然」青土社刊)

解題 p.284 (吉本隆明『改訂新版 共同幻想論』)

そう、ここを読んだ時に、保坂和志氏を連想したのでした。
その時は「勇気」というキーワードだけが浮かび、
何の文章かまでは思い出せませんでしたが、
今机の上を見るとちょうど昨日の朝に読んだ文章だと分かりました。

日記は一九二二年から死の前年の八九年までに渡る。ただし几帳面に毎日つけていたわけではないので、すっぽり一年抜けている年があったりもする。それでも膨大な量だ。誰とどこで会ったという事実と、その日見た夢と、文学・美術・死などについての観念的な内容の三つに分けられる。日記に観念的なことを書くと青臭くなりがちだが、レリスの記述には現実の手応えがしっかりある。八十代になっても観念的な記述は減らず、私はそこに勇気づけられる。人生とは現実との闘いである以上に、観念・思考の衰えとの闘いなのだ

半歩遅れの読書術01
保坂和志氏HPエッセイ集のページより

「私はそこに勇気づけられる」という保坂氏の言葉に、僕は勇気づけられる。

 × × ×

話を戻しまして…

きっと将来この本を何度も参照したり引用したりすることになるだろう、と思い、
本記事を書いて「キレイさっぱり読み終えた」みたいな気持ちにはなりたくないと思い、
そういう思いは抱きつつ、一つだけ抜粋しておきたいと思って本記事を書き始めたのでした。

 わたしはここ[本書全体の内容]で拠るべき原典をはじめからおわりまで『遠野物語』と『古事記』の二つに限って論を進めた。もちろん『遠野物語』のかわりにべつの民譚集のすべてであってもよかったし、『古事記』のかわりに『日本書紀』でもよかった。じじつすべてを参照したい誘惑にかられたこともある。また、当りうる資料はおおければおおいほど正確な理解にちかづくというかんがえ方がありうるのをしっている。しかし、わたしがえらんだ方法はこの逆であった。方法的な考察にとっては、もっとも典型的な資料をはじめにえらんで、どこまで多角的にそれだけをふかくほりさげうるかということのほうがはるかに重要だと思われたのである

後記 p.264

僕は、
何かはっきりしたある目的を達成するための方法ではなく、
もっと大きな枠でいう、
「自分を生きる」方法において、
この姿勢を貫きたいと思いました。

つまり、僕が常々思っている「情報化社会で情報に振り回されない」という姿勢のことを、
氏はこのとき(本書の初版は昭和57年)既に言っていたのだと感じたのでした。