human in book bouquet

本格的に本と関わっていきます。

ほんのマンガ/知識と思想の大循環

f:id:cheechoff:20160502191039j:plain
今手元にある「ほんもの」のマンガたちです。

どのマンガも本への好意が溢れていて、本読みにはたまりません。
右の三冊はブックガイドの要素が大きく、
書評本とはまた違った形で新たな本と出会わせてくれます。
(と書いてみたものの「どう違うか」は…考えておきます)

マンガは毎週日曜(今週は変則で有休とった月曜ですが)の夕方に読んでおり、
今日からは『草子ブックガイド』(玉川重機)を読み始めました。

f:id:cheechoff:20160502191051j:plain

カバー絵に描かれているのが主人公の内海草子で、
珍しくありふれた名前だなあと思ったんですが、
第一話を読むとやはり、「名は体を表す」でした。

と言いつつ分かったのは名字だけで、
名前の方は何だろう、とちょっと考えてみて、
叢(くさむら)かな、と思いました(叢書って言いますよね)。
読んでいけばわかるかもしれませんが。

ちなみに『くおんの森』(釣巻和)の主人公は魚住遊紙で、
こちらも最初を読めばすぐに分かるのですが、
彼の方は氏名共にわりと直接的な名前です。


読みたい本が増えると(積ん読が増えて)困る、と思っていた頃もありましたが、
そういう発想はもうしなくなったので本マンガも書評本もどんどん読んでいきます。
というのも、買った本に手を付けないまま売ることに抵抗がなくなったのでした。
「本は私有するものではない」というステキな考え方は池澤夏樹氏に教わりました。

 最初のうち、古書店というのは新刊の本屋では見ることもできない昔の本がたくさん並んでいて、しかも相対的には安い店として重宝した。そのうち、自分でもいらない本をおそるおそる売りにゆくようになった。これはただいらない本がお金になるということではない。書物というのは公共の財産であって、自分の手元にある本はたまたま仮の住処としてそこを選んだだけ、また旅立って新しい読み手を見つけるものなのだという、こちらの人生観に近い思想を古書店は象徴していた。店の利鞘はこの知識と思想の大循環のために最小限の経費にすぎない。実に美しい構図ではないか

「十六 本との別れ」p.226 (池澤夏樹『海図と航海日誌』)