歩道の左側にはきちんと雑草が刈られた庭らしき敷地があって、間隔をあけて木が7、8本植えられている。
「モモが食べたいなぁ」
濃い目のピンクに染まった桜を見ながら先輩がそんなことを言う。
「どうしてですか? さっきの会議のせい?」
「違うよお。この木を見て言ってんじゃん。キレイな花、実がなりそうだよね」
「桜だと思いますが」
「今の季節はモモだよ。果肉がたっぷり潤んでて、わたしモモ大好きだもの」
鈴が転がるような声である。どうやら本当に桃が食べたくなったらしい。
「旬とかはよくわからないですね。スーパーには年中同じのが並んでますから。あ、でも僕はリンゴなら詳しいですよ。一年中食べてますから」
「あー、アメリカ人みたいに皮ごとガブッといくんでしょう。ワイルドだね」
映画の話だろうか?
「違いますよ。ラップにくるんで個分けにしますけど、でも皮は剥かずに食べますね」
「果物のいちばん美味しいところって、皮と中身の間っていうもんね」
「いや、そうではなくて。まあ人体実験ですかね」
「リンゴはもう季節終わっちゃったねえ。最近あったかいもんね、ほんと」
なるほど、テンポの良い会話の秘訣はテンポの良いスルーにあるらしい。清々しい笑顔には清々しいスルーが良く似合う。しかし見ている限り先輩は常に笑顔満面で、シワが心配である。「いいおばあちゃんになれますよ」なんて誉めてもノーリアクション請け合いである。
乙女心は春のモモ、果肉たっぷり花粉症。
そう、花粉症の旬はもう過ぎたのである。