human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

変化のこと(6)-脱・首凝り族-

年末だから、でもないですが、生活の変化を振り返ってみます。
生活の細部を点検すると、変わったことと変わらないことがある。
でも変化には必ず「基準」があります。
果して「変化の基準」とは何か、そんなことも考えつつ。

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まず、肩と首の凝り具合が一年前とは変わっているようです。
一年前とは、ちょうど会社で部署が変わった頃で、あれは12/9でした。
異動して仕事が落ち着いてから、生活をゆっくり見直す余裕ができた。
余裕が出てきたのと一緒に、肩と首の凝りが始まったように記憶しています。

本当は、ずっと前から凝っていて、でもそれに気付けなかった。
身体感覚の一部をシャットアウトしていたのだと思います。
感度が正常だと簡単にやられてしまう状況だったのでしょう。
状況が要請していた鈍感が解除されて、身体の不健康が徐々に表面化した。

それで異動してしばらくして、首に二通りの凝りがあることに気付きました。
一つは明らかに筋肉で、曲げに抵抗感があり、揉むとやわらぐ。
もう一つがちょっと異常で、脚でいえば腱の痛みのような、神経の痛み。
寝る時に横を向いて寝入ってしまうと、朝に激痛が走ることもありました。

この二つ目が厄介で、枕を変えたり運動したりと色々試していました。
寝起きにそのままベッドで腹筋と背筋をしていた時期もありましたが、
これは面倒になったのかやらなくなり、今は寝起きストレッチに落ち着いている。
…思えば、一本歯で段ボール刀の素振りを始めたのもこのせいかもしれない。

最初は夜に首周りの運動をと思い、台所で「謎の踊り」をやっていました。
阿波踊りのような、フィギュアスケートのような、太極拳のような…。
その踊りの謎が深まりつつあった4月に読書のための、一人用ソファを買った。
ソファのキズ防止用の段ボールがやけに固くて、それを刀にすることに想到した。

首のために何か運動をしよう、でも面倒だから室内でできるのがいいかな、
という問題意識と、あとはブリコラージュの心得あってこその思い付きでした。
あ、よく考えれば、一人用ソファも「首凝りで読書がつらい」から買ったのでした。
なんだか今の生活の構成要素の多くが首凝りに起因する、と言えそうです。

話を戻して、この二つ目の凝り(痛み)は、なにか危険な香りがしていました。
「ある日突然首が回らなくなるんじゃないか」という。
「お金じゃ"実際の首"は回せないしなぁ…」というジョークも考えていました。
整体やマッサージの情報も会社で集めていましたが、それは結局行かなかった。

それで最初に言おうとしたのは、この二つ目の凝りがちょっと前に消えたこと。
頭を左(右でも可)に90度回して、そのままで体に対して前方に頭を倒す。
この前に倒す途中で、前は首に「危険な痛み」が、ズキッというのがあった。
夜に思い付いた時におそるおそるやっていたのですが、この痛みがなくなった。

首凝り対策はいろいろやっていて、どれが最も効いたかというのが正直不明です。
ただ時期的に、「朝晩の逆立ち」か「和歩」がトリガーになった気がしています。
和歩は身体の使い方がどう変わったかまだほとんど把握できていません。
逆立ちで肩を使うようになったから、と考えるのがまあ分かりやすいでしょうか。

ちなみに逆立ちは始めてひと月以上は経っていますが、あまり上達はしていません。
上達という言い方も変ですが、具体的には持続時間が初期と全く変わらない。
臍下丹田を意識すれば腕が震えないと前に書きましたが、
これを意識し始めてからむしろ逆立ちを維持できる時間が短くなった気もします。

まあ無理をする気はないので、短いなら短いままで構わないのですが…

そうだ、逆立ちを朝やっていて思ったことがちらほらあったので書いておきます。
「寝起きは頭に血が行かなくて…」という悩みがあれば、それはこれで一発解決。
最初はふらついて危険かもですが、慣れれば起きてすぐでもシャキッとできます。
あとなぜか、朝の逆立ちで鼻づまりもマシになります。なぜ?


項目が一つだけで長くなってしまったので、いったん区切ります…