human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

-フランソワ・アルトーグ

「遺産過多」の時代、消費対象としての時間、キュレーションと自販機

(…)しかし、すでにシャトーブリアンがこの加速化の経験を旧秩序の廃墟の抗いようのない徴と見ていたし、[ロバート・]ムージルもまた「加速化主義(accelerisme)」という表現を作っている。アレヴィはその試論をミシュレの引用から始め、ヒロシマのその後…

自己の定点観測、「りんとした現前」、幅のある瞬間

『「歴史」の体制』(F・アルトーグ)を読了し、二度目の再読に入っています。 8割以上が理解できず、なんとか意味が汲み取れた2割の中で重要そうに思えて印をつけた部分の前後だけを読み返すという再読。 やはりすぐには終わらない。歴史の体制 現在主義…

功利的な記憶、一億総葬送、そして椎名林檎

フランス革命の頃の、アントワーヌ・クリゾストム・カトルメール・ド・カンシーという人の文書から。 「誰が我々の精神にこれらの彫像が意味するところを知らせるのだろう? これらの彫像の態度は、何を対象にしているのかわからず、表情はしかめ面でしかな…

高度情報社会と視線過敏症、いつも彼女たちはどこかに

「見る」ことと「見られる」ことの間には、バランスがある。 自分が誰かを「見る」とき、見ている分だけ自分は誰かに「見られて」いる。 たぶん、そういう視線交換回路、または視線交感回路のようなものが、人には備わっている。その回路は、生身の他者を前…

Quindecim annos, grande mortalis aevi spatium.

伝記のエクリチュールにおいて、これらの時系列の省略と対比は、ある自己の経験、すなわち不可避なものの経験を通して、自己が自己に決して一致しないということを繰りかえす経験を表わす方法である。もしくは別の言い方で言えば、世界と自己の歴史性の意識…

「現在主義」と終末論、知と地と血

壮大なる「時の知(chronosophie)」、予言と時代区分の混合、(…)普遍史の言説は、絶えず歴史につきまとってきた。未来への問いから生まれた、このような構成物は、その前提事項と同様、千差万別で(それらは総体的に、循環的にしろ、直線的にしろ、展望な…

境界の連想、ものさしの忘却

『歴史の体制』(フランソワ・アルトーグ)という本を読み始めました。序章の終盤に「境界」という言葉が出てきて、なにかが繋がりました。 「この繋がり方には覚えがある」と思い、「岬」がタイトルに入った本を連想して、ブログ内で検索すると『境界領域へ…