human in book bouquet

司書資格を活かせる仕事を探していきます。

思考

「評価」から遠く離れて

司書講習は順調です。 ノートを採りすぎて右手首を痛めましたが。講義にもボルダリングにも大きな支障はなさそうですが、痛みが長引くか悪化するようなら整形外科に行きましょう。 左手首を治してもらったことだし、今度も行けば治るのでしょう。 × × ×講義…

棚をしまう/「無駄のない生活」とは?

『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆)を読了しました。 小田嶋氏の文章からはしばらく遠ざかっていましたが、思えば会社を辞めてからは本もネットコラム*1も読んでいませんでした。 小田嶋氏と内田樹氏の対談が巻末にあり、その中で「携帯電話が流通し、ネッ…

親指のスライス

クッキー周造(←九鬼周造のダジャレです)とは打って変わってマジメな話を書こうとして、でもその前に腹ごしらえをと夕食を作っていたら、セラミック刃のスライサーで大根と一緒に親指(のちょうどスペースキーを打つ部分)を3ミリほどスライスしてしまい、…

『家守綺譚』、いまさら反抗期、いやはや花粉症

小島信夫集成シリーズは『墓碑銘・女流・大学生諸君!』を読んでいたところだったんですが、先の一本歯実践編2日とその後の遍路準備的なあれこれがあって間があき、今日4、5日ぶりくらいに続きを読んで「墓碑銘」を読了すると、小島信夫熱が冷めました。…

自分の芝で

ちょっと正気に戻りました。「考えたくないこと」と昨日書いて気にかかっていました。 主観的に言えばそれで間違いはないんですが、ちょっと離れて見ればそれは「考えを強いられること」です。 強いられる、という言葉は強いですが、何事も縁として見る自分…

落ち着いて考える

体調を崩した時に考え込むと後ろ向きになるので、回復するまでは込み入ったことは考えない、という経験則があります。 一方でその「後ろ向きの思考」は、体調が万全で目の前だけを見て好きなことをやっている状態(もちろんこれは一つの幸福な状態)よりも冷…

「静的想像力」の涵養について

まえおき 昔、テレビで「炎のチャレンジャー」という番組があった。たしかウッチャンナンチャンが司会で、番組が設定した課題をクリアして100万円を手に入れるための参加者の奮闘を眺めるという番組。 その課題の内容が、「電流イライラ棒」(一本道の迷路み…

「一人寺子屋」で自分を知ってゆく

大切にしたいものは何??鶴見俊輔と中学生たち (みんなで考えよう)作者: 鶴見俊輔,南伸坊出版社/メーカー: 晶文社発売日: 2001/12/01メディア: 単行本 クリック: 2回この商品を含むブログ (2件) を見るcheechoff.exblog.jp今日1冊の本を読んで、触発されたこ…

『プラグマティズム』再読(1)

プラグマティズムはあらゆる学説の角ばったところを取り除き、それをしなやかなものに矯め直して、それぞれの学説を互いに円滑に働かせようとする。本質的に新しいものではないのであるから、それは古来のあまたの哲学的傾向とよく調和する。例えば、つねに…

昇華班活動事例研究

今日の本題です。前段やら話のつながりを意識し過ぎると書きたいことにたどり着けなさそうなので、 飛躍御免(お、いい言葉だ)でさらさら書いていこうと思います。 × × ×橋本治氏は「活字の鉄人」と言われるくらいすごいのですが、 それは著書の多岐にわた…

有用性、肯定性を「ずらす」ために

有用性で人をとらえることを断固として否定し、有用性を人の心に介入させない仕組み、相殺する世界観が心の更新のために必要なのだ。意味があるから生きているのではない。そこに戻るときに、人の心に更新される力が生まれる。心の更新 - 降りていくブログ昨…

「受け身派」擁護論

日曜午後は、先週から『私家版 日本語文法』(井上ひさし)を読んでいます。 初版が昭和56年(1981年)で、1つ前の『狩人日記』(安野光雅)に続いて古い本です。 では、文法の授業を暗記力の鍛錬時間にしないためにどんな方法があるだろうか。たとえば、「…

原爆・原発としての核、思想モデルとしての荒巻素子

三連休だったので、「籠り日」(「木漏れ日」と似てますが、えらい違いですね)の日曜を挟んで今日もVeloceへ行き、 『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 原子力を受け入れた日本』(田口ランディ)を読了しました。ランディ氏は本当にすごい人だと思います。 本…

教訓の主体的生成機能について

前にも「教訓」というテーマでがっしりとした話を書いた記憶がありますが(これ↓かな?)、 その前回とはおそらく違う結論が導かれるはずです。 cheechoff.hatenadiary.jp × × × 「あんな本を手にとって読む人がいたなんてなあ、信じられないよな」と詩人[…

「類似性と差異」の可能性、「閃きエネルギ」減衰の法則

具体的な経験の可能性を広げる、 たとえば連想を形成する繋ぎ目の種類を増やすような、 そういう抽象的思考には躍動感があります。 多くの経験は意識に上っているが、その周囲を莫大な無数の経験が囲んでいる。そしてこの宇宙[ジェイムズの言葉できう「談話…

一を知ること、集団について

小林 子供が一というのを知るのはいつとかを書いておられましたね。 岡 自然数の一を知るのは大体生後十八ヵ月と言ってよいと思います。それまで無意味に笑っていたのが、それを境にしてにこにこ笑うようになる。つまり肉体の振動ではなくなるのですね。そう…

「専門家」について(前)

というわけで、今日もVeloceで本を読んでおりました。 そんなそんな 先の土曜から読み始めた『人間の建設』(小林秀雄・岡潔)です。 そんなに厚くない文庫本で、一日で読了できると思いきや、そんなそんな。背表紙の紹介文が「有り体にいえば雑談である。」…

すべてが懺悔Fにならない

なみだがでたはなし 明日は友人の結婚式でした。何のぬかりもありませんでした。 習慣を重んじる僕は日曜に予定が入った場合もいつも通りの週末となるよう、 次の月曜の有休を、1週間前から申請していました。 (いつもは休む2日前に申請する習慣からすれ…

日本人における自然について

前の記事↓と繋がっている話ではあります。 cheechoff.hatenadiary.jpVeloceで読みながらメモしたことに、ちょっと加えて載せました。 筋を追って書けないのは力量不足です。+*+*+*日本人の造園術について。 自然を人工的に秩序立たしめるためには、自…

どちらへも向かうこと

最近思考がまとまりません。 難しいことを考えているというよりは、 あるトピックをあちこちに繋がり過ぎていて、 面白かろうそれらのどの部分かを言葉にしようと思うと、 収拾がつかなくなることが明らかで「やんぺ」となってしまいます。インプットの時期…

体癖論事始

ながいまえおき*1 人によって、どんなふうに体を動かすか、使い方には違いがある。それに応じて、日常的にどんな姿勢をとっているか、重心がどうなっているかも違う。そのことを精密に観察することをつうじて、外部から内部を見ることができる。 こうして、…

必然の必然性について

必然についてよく考えていました。いや、今も考えていますが、 つい最近そのことについて別の側面が見えたので、 ちょっとメモしておきます。+*+*+*必然が見えにくくなった、 あるいは確証が持てなくなったのは、 情報が手軽に大量に、かつ否応なく入…

「得をしない」≠「損をする」

「つぶやきなまし」祭です。このタグ名は「つぶやき」+「焼き鈍し」の造語なんですが、 なぜこんな名前にしたのか思い出せません。 語呂の良さにいい気になってロクに考えてなかった気も…まあいいか。「得になることをしなかった」ことと「損をした」ことは…

身体不離、臨終図巻、カラス・スナイプ

明日から雨ということで、今日はお休みを取りました。 というテキトーな理由付けでもしないと取り忘れてしまうのです。 それほど忙しいわけではないのですが、週休2日で生活リズムを作っているとそれを崩すのにエネルギィがいるのです(祝日は不可抗力なの…

「高一追想シリーズ」4冊目

先々週と先週はイレギュラでリュウ氏の新書を読みましたが、 今日から「高一追想シリーズ」最終の第4弾、『人と接するのがつらい - 人間関係の自我心理学』(根本橘夫)を読み始めました。 この4冊を今回読む順番はランダムにした(目を瞑って本棚から手に…

経済だけじゃない、『日本経済に関する7年間の疑問』(村上龍)

『日本経済に関する7年間の疑問』(村上龍)を読了しました。本書は新書なんですが、村上龍が新書を出してるんだと興味をそそられて手に取りました。 経済の本を買ったのは久しぶりで、今の僕は学問としての経済に興味はないのですが(院生時にスティグリッ…

「どちらの生き方を選ぶか」?

その結果、抑ウツ傾向のないふつうの人は七五パーセントも当たると当てた(傍点)と思い、何の根拠もないのに、状況をコントロールしていると思うのです。しかし、抑ウツ傾向の人はそうではありませんでした。たとえ七五パーセント当たっても、状況をコントロ…

観察主義者の素地について

『人間関係』(加藤秀俊)を今日から読み始めました。この本は前に書きましたが、高一の時に一度読んだ本です。 当時の出来事や考え方を思い出すかなと思っていましたが、文章としては「読んだことがある」と思わせる箇所は全くなく、グリーンの蛍光ペンで几…

「春日本」とのシンクロについて

純粋な情報量から言えば、ぼく以上にぼくについての多くを語ることのできる人間は、この世界のどこにもいない。しかしぼくが自分自身について語るとき、そこで語られるぼくは必然的に、語り手としてのぼくによって──その価値観や、感覚の尺度や、観察者とし…

「内側から補正するような何か」について

『経済成長という病』(平川克美)を読了しました。本書の全体について何か言えるほど考えはまとまっていません。 簡単な感想としては、こういうおじさん達の話をもっと聞いた方がいいな、と思いました。 個々の部分で思考を触発され、読中に書き込んだ所が…