human in book bouquet

読書を通じて「身体へ向かう思考」を展開していきます。

Can one speak about unspeakable? (4)

言葉は「ないものをあらしめる」ために生まれた。 その場にあるもの、そばにいる人を名指す必要は、本来はない。 身振りで伝わるからだ。時間的に、または空間的に、「ある」が「ない」に変わったもの。 あるはずがなくなったもの、あってほしいがないもの。…

Can one speak about unspeakable? (3)

→(1) →(2) × × ×「『沈黙に至る雄弁』というものを考えてみたのです」 「ふむ。つい最近どこかで聞いたような表現じゃの」 「……」 「……」「言うことがなくなって黙り込む、ということかな? もうおしまい?」 「いえ、ちょっと一人でデジャビュに浸っており…

Can one speak about unspeakable? (2)

→(1) × × ×「『沈黙に至る雄弁』というものを考えてみたのです」 「ほう。どこかで聞いたことのある表現だな。それは具体的には、どういうものかね?」「前に話していたように、言葉がそこには存在していないはずの沈黙という状態を言葉で表現したい、いや、…

お盆に姪甥と遊ぶ

先週末、タイに住んでいる兄一家が実家に帰ってきました。 それに合わせて僕も帰省して、午後いっぱいを一緒に過ごしました。9歳になった姪と、3つ下の甥と会うのは2年ぶりでした。 おてんばで多動症的だった姪(「あーちゃん」)は少し落ち着いた反面、「い…

「遺産過多」の時代、消費対象としての時間、キュレーションと自販機

(…)しかし、すでにシャトーブリアンがこの加速化の経験を旧秩序の廃墟の抗いようのない徴と見ていたし、[ロバート・]ムージルもまた「加速化主義(accelerisme)」という表現を作っている。アレヴィはその試論をミシュレの引用から始め、ヒロシマのその後…

自己の定点観測、「りんとした現前」、幅のある瞬間

『「歴史」の体制』(F・アルトーグ)を読了し、二度目の再読に入っています。 8割以上が理解できず、なんとか意味が汲み取れた2割の中で重要そうに思えて印をつけた部分の前後だけを読み返すという再読。 やはりすぐには終わらない。歴史の体制 現在主義…

「巣箱型図書館」をつくろう

オフィスに書庫を作ろうと思ったのは半年以上前で、相変わらず進捗は遅々としていますが、いつだったか、書庫の設計中に紀伊国屋で本を3冊買いました。設計用にと構造力学の入門書(結局読んでませんが…)と、図書館関係の本2冊。後者のうち読んでなかった…

のみのいちへいく

一冊の本を長く続けて読めないことを、能力の欠如(減退)だと思っていましたが、あるいはそれは、別の能力が発揮されたことの結果なのかもしれない。 × × ×電車の中である女性の顔に目が留まり、高校時代の友人に似ていると思ったあと、大学時代のサークル…

功利的な記憶、一億総葬送、そして椎名林檎

フランス革命の頃の、アントワーヌ・クリゾストム・カトルメール・ド・カンシーという人の文書から。 「誰が我々の精神にこれらの彫像が意味するところを知らせるのだろう? これらの彫像の態度は、何を対象にしているのかわからず、表情はしかめ面でしかな…

極北にて(1) - 想像の橋をリアルに渡る

今でもなお私は考え続けている。私がそれまでくぐり抜けてきた苦難を、それだけの価値はあったと思わせてくれる何かが、その飛行機に積まれていた可能性はあったのだろうか、と。 そこに何があったかではなく、そこに何があり得たかと、今こうして考えを巡ら…

ボルダリングジム遠征記録から何を生むか

ここ何週間か、忙しい日々が続いていたのが、今日でひとまず一段落つきました。仕事が立て込んでいるうえ、長距離ランナーの早朝ジョギングのようにボルダリングが完全に生活の一部になっていて、デスクワーク続きで調子が悪くなる前に登りに行っていたので…

高度情報社会と視線過敏症、いつも彼女たちはどこかに

「見る」ことと「見られる」ことの間には、バランスがある。 自分が誰かを「見る」とき、見ている分だけ自分は誰かに「見られて」いる。 たぶん、そういう視線交換回路、または視線交感回路のようなものが、人には備わっている。その回路は、生身の他者を前…

「"身銭を切る"は市場原理への反逆である」論

一人一人のアウレリャノがどういう人で彼が何をしてきたかを憶えていれば、何人アウレリャノが出てきても混乱はしない。そういう風に記憶していくためには、『百年の孤独』は一回真っ直ぐに通し読みしただけではダメで、読み終わったところを何度も何度も読…

極北にて(0) - マーセル・セロー『極北』を読んで

表題の通り、図書館で借りている『極北』を読了しました。貸出延長手続きを忘れて延滞になっていて、すぐ返す必要があります。 もちろんすぐ返すつもりですが、「読んでおしまい、さあ次の本だ」という風にはなりそうにない。 それだけ、これが僕が読みたい…

香辛寮の人々 2-2 「他愛のある人、自愛のない人」

フェンネルは居間のソファで寛いで本を読んでいる。廊下がゆっくりと鳴る音が聞こえる。フェヌグリークが姿を見せる。 「ここにいたのね、フェンネル。ちょっといいかしら」 「どうぞ」フェンネルは顔を上げて、向かいのソファを手で示す。フェヌグリークは…

極北にて、連想強化と無私

彼はよく言ったものだ。原始時代の泥の中から這い出して以来、我々は「不足」によって形づくられてきた。なんだっていい──チーズ、教会、作法、倹約、ビール、石鹸、忍耐、家族、殺人、金網──そんなものはみんな、ものが足りないから出現したものなのだ。と…

本の可能性を「草の根」で賦活するために

『「本の寺子屋』が地方を創る - 塩尻市立図書館の挑戦』(「信州しおじり 本の寺子屋」研究会)を読了しました。表紙裏に抜粋された、まえがきの一節には、こうあります。 「本の寺子屋」とは── 塩尻市立図書館が中心となって推進している取り組みで、 講演…

instinct resolution

保坂和志の本で「主体の解体」についての記述を読んで、「解」という字の不思議を感じた。 それについて以下に書く。 まず一言でいえば両義性ということなのだけど、あとで別の表現が出てくるかもしれない。本題に入る前に、…(以下後略)。*1 保坂氏は「主…

Can one speak about unspeakable? (1)

「沈黙について語る、にはどうすればいいか、考えているんです」 「それは、沈黙すればいいのではないかな? 文字通り」 「……そうですね」 「……」「いえ、その、言葉にしたいのです」 「沈黙を言葉にする? 沈黙を破って?」 「矛盾して、聞こえますかね」 …

Quindecim annos, grande mortalis aevi spatium.

伝記のエクリチュールにおいて、これらの時系列の省略と対比は、ある自己の経験、すなわち不可避なものの経験を通して、自己が自己に決して一致しないということを繰りかえす経験を表わす方法である。もしくは別の言い方で言えば、世界と自己の歴史性の意識…

保坂-森リンク、予感が賭けるもの

『血か、死か、無か?』(森博嗣)を図書館へ返却する直前に、剥がしてなかった付箋箇所を読み返すと、つい今しがた読んでいた『小説の自由』(保坂和志)へと連想が繋がる。シンクロニシティは客観と意味の結合だとか、図書館で借りる本は自分で購入する本…

鏡としての人工知能(森博嗣『血か、死か、無か?』を読んで)

『血か、死か、無か?』(森博嗣)を読了しました。 Wシリーズ第8作。血か、死か、無か? Is It Blood, Death or Null? (講談社タイガ)作者: 森博嗣出版社/メーカー: 講談社発売日: 2018/02/22メディア: 文庫この商品を含むブログ (4件) を見るここへ来て、…

トラックのダッシュボードにイリイチがある世界(1)

『街場の現代思想』(内田樹)を、学生の頃に好んで読み返していました。 こういう仕事がしたい、という明確な像を持っていなかったし、そもそも仕事に対する強い意志もなかった時期、大学院生の頃でした。こんな極端なニュアンスではなかったと思いますが「…

エンパワーメントサラダとパウリング

昨日歯医者へ行って、虫歯の治療跡に金属の詰め物をしてきました。 予定では1週間で済むはずが、一度目は衛生士の型取りが失敗して(とはあちらは言いませんでしたが)歯と金属が合わず、けっきょく仮のゴムゴムした詰め物で昨日までの2週間を過ごしました。…

しずか【静か】、連想と鍛造

草の芽の伸びる音さえ聞き取れそうにあたりは静か。 湖面が小波一つないほど静か。 生気に満ちた音がすっかり掃き清められたように静か。 冬眠中のリスのように静か。 休日の病院が墓場のように静か。 風鈴のかすかな音さえ騒がしすぎるほど静か。 耳がなく…

ラヴロフとシュレディンガ

スーパーで同じアパートに住むご近所さんを見かける。「あ、セイちゃんだ。わっほーい。買い物かのー?」 サキさんがこちらに気付いて、手を大袈裟なほどに振ってくれる。彼女は多動症かと思うほど元気一杯で、ふわりとしたスカートがいつも空気を巻き込んで…

香辛寮の人々 2-1 「脳の中の博物館」

時が離散的に流れている。自分の周りを現れては消える事物が、移動ではなく、点滅しているようだ。日の光が、雨の細やかな粒が、チャンネルを切り替えるように明滅する。昼と夜の違いが、左右の違いでしかない。左右とはつまり、決まりごとのことだ。一方で…

電車の中で小説を読むと起こること

村上春樹の作品はいつも何かしらを読んでいます。 併読書がたくさんあって、それらの読むスピードはまちまちですが、その中でちまちま読むものの中にハルキ小説が混ざっている、という感じです。 一つ前が『1Q84』だったか(完読できませんでした)、その後…

引っ越し後処理完了、ロフトとコーヒー、教訓と繰り返す失敗

引っ越しに伴う移行状態が、今日でひとまず収束しました。 旧居の退去立会いは荷物を引き上げてから間があいて、新居の廊下に積んでいた段ボールは少しずつ数を減らしながらも今日まで残っていました。廊下は狭いので、段ボールがある間はトイレも洗面所もド…

身辺雑記のはずが面倒な話

ずいぶん間があきました。忙しいのは理由の一つですが、「文章を書かずにはいられない」という状況が訪れなかった、ということもあります。 これはストレス、精神的な負荷があまりかかっていないと肯定的にとらえることもできます。 ただ、それだけでもあり…